婚約者と婚約破棄
私は周囲の制止の声を聞かず、窓から身を乗り出した。
マントをハンググライダーに変え、学園を目指す。
学園の上を飛ぶ。校舎に人気がない。
私は中庭に降りたって、報せに書いてあった場所に急いだ。
始業式が行われた講堂だ。
中に入るが、私に気が付く者はいない。
みんな講堂の中央に集中している。
私も人の隙間から、その場を覗き見た。
予想した通りの展開になっていた。
複数の者を侍らし女王のように君臨しているマリークライス。
彼女はその向かいに一人で立ち、大勢に囲まれながらも背筋を伸ばし凜としていた。
その美しい姿にうっとりしそうになる。
私は早く彼女の元に駆け寄りたかったが、射すような視線を感じそちらを見る。
壇上の上からエマコトオ司教が私を見ていた。茶金の髪の得体のしれない神官だ。
私と視線が合うとニコと笑う。
だが、その目は乱入を許さないと言っている。
その側に異母弟もいる。エマコトオ司教に止められているようだ。
しばらく静観していろということか。握り締める手に力が入る。
彼女に向かって冷たい声が放たれる。
「聖女様のお気持ちを考えなさい!」
マリークライスは何も言わない。
傷ついたような笑みを浮かべて、全て回りに言わせている。
「誰も彼もがマリークライス様の気持ちを踏まえて動かねばならないのですか?」
臆することなく答える彼女は、やはり綺麗だ。
「傲慢なことを。異世界の知識でレオンクラウド殿下たちを惑わせているだけでしょう?」
それは、私や他の者たちを侮辱していないかい?
彼女に騙されるような者だと。
「乙女ゲームで知った知識を使って。」
「ゲームの登場人物にするなんて、失礼にも程がありますわ!」
「皆さん、わたくしが至らなかったばっかりに。」
いかにも自分が悪いと言いたげにマリークライスが顔を伏せる。
その目尻には光るものまで。嘘泣きだろうね。
「「可哀想なマリークライス様。」」
「「お気の毒な聖女様。」」
この茶番を何時まで見ていなければならないのか?
可愛い彼女を早く抱き締めて安心させたい。
「レオンクラウド様は、ご自分の意志で行動されるお方です。私ごときに騙されたなど侮辱なさらないでください。」
彼女の静かに怒った声が聞こえた。本気で怒っている時の声だ。
「私のことは、どう罵られてもかまいません。レオンクラウド様を軽んじる発言はお止めください。」
嬉しい。彼女が私のことで怒ってくれている。
うん、これを聞けただけでも我慢したかいがある。
「なんですって!」
「あなたが、レオンクラウド殿下を誑かしたのでしょ!」
「罪深き盗人が偉そうに。」
「お止めになって。私がレオンクラウド様の心を繋ぎ留められなかったから。」
マリークライスの言葉にもう我慢が出来なかった。
私は、一度たりともマリークライスに心奪われたことはない。
彼女が誤解しそうなことを言わないでくれるかな。
「発言の度に聖女様の光が増している。全く素晴らしい聖女様だよ、レオンクラウド殿下。」
エマコトオ司教が私を見て仰々しく声を張り上げた。
私に視線が集まった。
何故、そんなことを言うのか意図が分からない。
その言い方では、マリークライスを誉めているようにしか聞こえない。
この場に聖女と認められているのは一人しかいないのだから。
「私が知る聖女の中で最高の方だ。」
マリークライスが頬を染め、恥じらうように微笑んでいる。
だが、その目には勝利を確信し酔った光が見える。
彼女は、真っ直ぐ私を覚悟を決めた目で見ている。
視線が合うと笑った。だが、その笑みは悲しそうだった。
そんな顔をさせたのは、私だ。
私も覚悟を決めなくてはいけない。
広がる彼女の悪評、高まる聖女への信仰。
第一王子として、この国を統べる者として、決断をしなければならない。
私は、この国の王になるために生まれてきた。
逃げたいが、逃げられない事実。
「エマコトオ司教、ティッオ、この場で何が起こったか証人になっていただけますか?」
私は、壇上の二人に声をかけた。
高位神官と第二王子、そして講堂にいる者たち。
今から行うことの証人にちょうどいいだろう。
「兄上、何を?」
「ティッオ、ちゃんと見ていてくれ。」
異母弟が不安な顔をしながら、それでも頷いてくれた。
「何があったのか証言するだけの立場なら。」
エマコトオ司教は、楽しそうに笑っている。
エマコトオ司教を殴りたい衝動を押さえながら、私は彼女の側に立った。
マリークライスが何か言いたそうにするが、私は視線で止めた。
「シャル、すまない。」
彼女は、悲しそうな笑みのまま分かっていると言いたげに首を小さく横に振った。
気にしないで、と云われた気がした。
目を伏せて深呼吸をする。
間違えてはならない。
この国のためにも、彼女のためにも。
「ティアシャルドネ・フェス・イハヤカタとの婚約を破棄する!」
私の宣言に歓声が沸き起こった。
悲鳴も聞こえる。″守る会″だろう。
「あ、あにうえ?」
異母弟の狼狽している声が聞こえた。
冬が終わる前に雪遊びをしよう。
″かまくら″というものを作って、中でおやつを食べよう。
二人だけで雪合戦もしよう。
もうすぐ新年だ。
その前にクリスマスというものがあったね。
異世界の神様の誕生を祝うのか。
プレゼント交換とケーキだけ食べよう。
バレンタインとホワイトデーは、絶対にするよ。
バレンタインは、美味しく食べてあげるから。
ホワイトデーは、美味しく私を食べてくれる?
現実逃避中の殿下です。




