婚約者とヒロイン(中)
回りの人は聞いているだけです。
短編『婚約者とヒロインの迷走2』を7月10日に投稿します。
「ワナミタ王妃は、ゲームでは私の婚約者は違う者だと仰られた。それを知っていたから、″うそ″と言えた。」
シャリーブロン子爵が額に汗をかきながら、懸命に弁明しようとする。
「そ、それは、娘が田舎者で知らなかっただけで。」
「″うそ″という言葉は、違う者だと思っていたということだ。私がイハヤタカ侯爵令嬢ティアシャルドネを選んだとき、国中の話題になったのに。」
婚約者候補でもなかった彼女を選んだ。予想もしなかった相手に隣国の大使たちもびっくりしていた。
「それに、″可笑しい″、″間違っている″は、ゲーム通りにいっていないと言っているように聞こえる。」
相変わらず彼女を睨み付けているシャリーブロン子爵令嬢に私は言った。
「何故、ゲーム通りに進まないか教えてあげようか?」
シャリーブロン子爵の肩が揺れる。
「努力しなかったからだよ。ゲーム通りに進めるのに一生懸命で、この世界で生きていく努力をしなかった。」
シャリーブロン子爵令嬢の視線が彼女から私に移り、その瞳には戸惑いの色が混じっている。
「ワナミタ王妃曰く、ヒロインは『善人』なんだ。思惑などなく何事も一生懸命に生きている。成績が悪ければ、いい点数が取れるように勉強をする。ダンスが下手なら上手になれるように練習する。ゲームのヒロインは、攻略対象者と恋するためだけに学園に来ていなかったはずだ。」
無知で無垢だから、『善良すぎる悪』だけどね。
シャリーブロン子爵令嬢の目が大きく開いていく。
「この世界は、ゲームの世界とよく似ているだけで別世界だ。リセットボタンなんてない。だから、生きるために一生懸命でなければならなかった。」
ガタッとシャリーブロン子爵令嬢の肩が落ちた。
己の愚かさを理解出来たのだろうか?
「そんな、私はヒロインじゃないというの。うそよ。そんなの。ここは『月明かりのワルツ』にそっくりなのよ!」
『月明かりのワルツ』が、ゲーム名か。
これで終わってくれると良いのだが。
「あんたのせいよ。あんたがレオンクラウド殿下に告げ口したんでしょ。悪役令嬢を失脚させたのもあんたでしょ。」
ギラリと光る目が彼女を見つめていた。
私は彼女を背中に庇った。
「シャルは、乙女ゲームをやったことがない。ラーシナカ家は自ら自滅した。」
こんな目をしたヤツは何をするか分からない。
はやく拘束させたほうがいい。だが、誰も動かない。いや、何故か動けない。ゲームの話を強制終了させようとするのを拒むかのように。
「そんなの″うそ″よ。都合のいいように言っているだけよ。」
禍禍しく笑うシャリーブロン子爵令嬢は、とても醜かった。
「あなたは、何故、そんなにゲームに拘るのですか?」
私は、背中から聞こえた声にゾクリとした。
「私がヒロインだからよ。」
毒々しく返される声に彼女が小さく息を吐いたのが分かる。
「ヒロインだから、何をしてもいい?当たり前?ゲームの世界だから許される?みんなこの世界で必死に生きているのに!」
あっ、ヤバい。彼女が本気で怒っている。
たぶん呼び掛けても無視される。
「シャル?」
「あなたのせいで、何人もの女性が泣いています。攻略対象だか何だかしりませんが、婚約者の様子が変わってしまって。」
あっ、やっぱり無視された。
こうなった彼女は、怒りが治まるまで待つしかない。
「ヒロインだからって全て許されると思っているのですか?」
「私は、ゲーム通りにしただけよ。」
シャリーブロン子爵令嬢、ふてぶてしくして彼女を煽らないでほしい。
「それは、ゲームの世界だけでしょう。ここは、現実世界です。ゲーム世界ではありません。」
静かに怒る彼女にゾクゾクする。私が怒られているわけでもないのに身を小さくしてしまう。
うん、いつも私に怒っているのはすごく可愛い怒り方だと分かっているよ。
「助けられる人がいても、ストーリー通りだから助からなくて当たり前だというのですか?」
「そっ、そうよ。」
シャリーブロン子爵令嬢にとって、ここはあくまでもゲームの世界ということだ。
「私は、戦争が起きると分かっていたら、起きないようにしたい。ゲームとよく似た世界なら、その前世を生かしてこの世界を少し良くしたい。それでストーリーが変わってしまっても人が死ぬのは嫌です!」
だから、彼女は魔道具の開発に協力してくれている。
この国が、この世界が、暮らしやすくなるように。
「それでバットエンドになったらどうするのよ!」
バットエンドは、ヒロインが幸せじゃない終わり方だね。
身分剥奪、修道院送り、娼館送り、国外追放、処刑等々。
「ならないように頑張ります。」
言い切った彼女にシャリーブロン子爵令嬢が目を剥いている。
「リセットボタンは無いのよ!やり直しきかないのよ!!」
「だからです。一度しかないから、私は後悔しないようにしたい。」
もう呼び掛けても大丈夫かな?声の勢いが弱くなってきたから。
少しは落ち着いてきかな?
「シャル。」
私は、きつめに彼女を呼んだ。
「はい。」
小さく震える声で彼女が答えてくれた。
私はいつもお菓子を持ち歩いている。
彼女が本気で怒ったときように。
本気モードになっているときは、お菓子でも誤魔化されてくれないけどね。
こんなモノで誤魔化さないで!とお菓子を捨てたときは、本気モード。
怒りモードが解けたとき、床に落ちたお菓子を見て、泣きそうになっているのがこれまた可愛い。
弱々しく謝るのもすごく可愛い。
だから、たまにね、本気モードにさせている。
食べ物は大事にしようねで頷く彼女も可愛い過ぎるから。
食べ物を大切にしていないのは、殿下です。




