婚約者と護衛騎士
短編の『婚約者と護衛騎士』のシリアス版です。
殿下が彼女を婚約者に選んだ日を十三歳に統一しました。
私の名前は、エドヴォルド・ファス・ラーシナカ。
ラーシナカ公爵の三男である。
嫡男(長男)は跡継ぎ、次男は嫡男のスペア、三男には特に重要性がない。需要があったらどこかの高位貴族に婿入りするだけだ。
だから、三男の私は早々に自分で生きる術を身に付けなければならなかった。
幸いにも私には剣の才能があり魔力も持っていたため、士官学校を主席で卒業後、魔法騎士として近衛隊に配属された。
それが三年前のことである。
昨年からは第一王子レオンクラウド殿下の護衛騎士をしている。
今は、殿下の婚約者を家までお送りしている。
殿下の婚約者は、ティナシャルドネ・フェス・イハヤタカ。魔術師を多く輩出しているイハヤタカ侯爵家の令嬢だ。
彼女は、私と同じ青銀の髪と深い青い瞳をした今年十六歳になるとても美しい令嬢。
髪と瞳の色が同じのことで分かるように、彼女とは血縁関係にある。
彼女の母上は私の父の妹であり、彼女は私の従妹に当たる。
そのためか、殿下が彼女を家に送れないときは私がその役目を任せられる。
だが、私と彼女の交流は数年前に途絶えている。
五年前、殿下が十三歳のお誕生日に彼女を婚約者と選ばれた時から。
幼少の頃から、殿下の筆頭婚約者候補であり、そして今でも殿下を慕っている妹のこともあり、イハヤタカ侯爵家と絶縁状態にある。
つまり、我がラーシナカ公爵家は妹のマリークライスも殿下の隣を、妃の座を今も狙っている。
それはどこの貴族も同じであった。
前世持ち、それも異世界の前世を持つ彼女を誰も未来の王妃と認められないからだ。
彼女はとても疲れた表情をして、瞳に戸惑いの色を浮かべて、縋るように私を見ている。
気持ちは分かる。
私に聞きたいことも。
殿下は、私たちに見せ付けるためにわざと彼女を困らせるようなことをする。
今回もそうだ。
わざとビスケットにジャムを多量に塗り、彼女の手が汚れるようにした。
それを甲斐甲斐しく世話をするところを我らに見せ付けてきた。今回はやり過ぎのような気がしたが。
彼女の指についたジャムを極上の雫のように舐めとる殿下は、男の私でもドキリとしてしまう色気を出してみえた。
その色気を一身に受ける彼女は、真っ赤になってどうすることも出来ず、ただ震えているだけだった。
誰も助けてくれない状態で、婚約者だからするのだよと色気全開で殿下に言われた彼女はとても気の毒に見えた。
『この世界の婚約者たちは、いつもこんな感じなの?』
目の前に座る彼女の目がそう聞いている。
異世界の前世を覚えている彼女からしたら、殿下の行動は摩訶不思議に思えるらしい。
私からしてもそうだ。
確かに婚約者を大切にする。これは当たり前のことだ。
だが、殿下のような態度は・・・、稀といえるだろう。
「エド兄様。」
答えが欲しくて、弱々しく彼女が懐かしい名で私を呼ぶ。
だが、今の私にはそれに応えることは出来ない。
「寵愛をいただいていると自慢したいのか」
彼女は悲しそうに俯いた。
私はあの日からずっと彼女にこんな顔をさせている。
「今日の殿下は、特にすごかったなー」
同じ殿下の護衛騎士であるケインがポツリと言った。
ケインは宰相の手の者だ。娘がいない宰相は自分の姪を殿下の妃と狙っている。
「目のやりどころがありませんでしたわ」
グラスハイム公爵の親類である侍女が同意をしている。
グラスハイム公爵家も我がラーシナカ公爵家と同じ娘を殿下の妃にとチャンスを待っている。
城に戻る馬車の中だ。
彼女は、魔術師長であるイハヤタカ侯爵が張った結界に守られている屋敷に帰っていった。
そこは、殿下の私室と同じくらい安全な場所だろう。
昔はよく出入りしていたが、今は玄関先で失礼をしている。
帰りは見張りで御者の隣にいたケインも馬車の中に座っていた。
彼女を婚約者の座から引きずり下ろし、妃の座を狙う者たちの中でこの三家の力が最も強い。
だから、今日の殿下の私室の護衛に、給仕の侍女に選ばれた。
殿下が彼女を手放す気が無いことを分からせるために。
「拷問だよなー、毎回、アレ見させられるの」
「そうですわ、口で仰るだけではなく、早く辞退なさったらよろしいのに」
「全くだ。前世持ちに王妃なんて務まるか!」
私は、二人から視線を外す。
みんな勘違いをしている。
彼女が、殿下を選んだのではない。
殿下が、彼女を選んだのだ。
彼女の全てを受け入れる覚悟で殿下が彼女を選んだ。
そして、彼女にはそれを拒否する権利がないことを。
その事実に誰も気付こうとしない。
いや気付いても気付かないふりをしている。
私もソレに蓋をする。
我がラーシナカ公爵家のために、愚かな妹マリークライスのために。
彼女が殿下に相応しくないと思うようにする。
暴走する王子のストッパーのはずでした。
違うに暴走する残念男になりました。