婚約者とビスケット
短編の『婚約者と護衛騎士』の直前の話です。
彼女との距離を詰めようと頑張ってますが・・・。
彼女が関わらなければ、模範的な王子のはず?
まず、私のことを説明しよう。
レオンクラウド・ヒロド・ファス・コードストブール
コードストブール国の第一王子だ。
髪は穂を垂れた小麦の色、瞳は若葉色だ。
容姿は、端正だの、端麗だの、言われているから整っているほうなのだろう。彼女が見て不快に思わない顔であるならそれでいい。他人の評価など気にしていない。
背は高く、鍛練を受けているため引き締まっており軟弱な優男ではないと思う。
魔力持ちで、風と土の魔法が得意だ。水もまあまあ使えるほうだ。
性格は・・・、良い方ではない。何処まで良い方でないかは内緒だけどね。
表面上は、品行方正を装っていてそれが概ね評価されている。
国王である父には、正妃と二人の側妃がいる。三人も妃がいるのは、勢力のパワーバランスをとるためだ。
父には五人の子がいて、私は正妃の子で長子でもある。
私の妃は、一人だけ。彼女以外は必要ない。
そのために何も言わさないように十分な力もつけた。
それを理解しない人が多く、今だに婚約者のことで煩く騒がれている。
もしもの場合の亡命先も手段と資金も準備してある。
私には、異母弟と同じ歳のとてもとても可愛らしい婚約者がいる。
ティナシャルドネ・フェス・イハヤタカ。
イハヤタカ侯爵家の令嬢だ。
イハヤタカ家のことは、また違う機会に説明しよう。
私は、彼女を親しみと愛情を込めて、シャルと呼んでいる。
青銀色の髪と湖の底のような青い瞳を持っているとても美しい女性だ。
そして、とても珍しい異世界の前世持ち。
この部屋にも彼女と同じ色を持つ残念男がいて、滅多に笑わないから、『氷の貴公子』や『青銀の騎士』など冷たい異名を持っている。
彼女も『寒月の姫君』とか『青氷の令嬢』など冷たい異名をつけられているが、それは見た目だけの印象だ。
まあ、学園では笑わないからその異名が罷り通ってしまっている。
前世持ちだと嫌悪して壁を作り、彼女を人の輪から閉め出している人たちに笑いかける必要なんてあるかい?
彼女が私の婚約者であることも閉め出されている原因の一つになっているは分かっている。
いい加減あの態度を直させたいが、下手に口を出せばますます彼女の立場が悪くなるという悪循環を抱えている。
私は今年学園を卒業だが、彼女はあと二年通わなければならない。今、厳重に処罰すればその二年間が地獄になるのが分かっていた。
前世持ち嫌いの筆頭が、私の異母弟だからね。
何度も注意しているが、私が学園を去ったあとどんな行動に出るかと心配はしている。
そうなる前に手は打つけれど。
どんな時も背筋を伸ばし、凜とした彼女の姿はとても美しく、ついつい見とれてしまう。
その姿を見たくて放置しているわけでは決してないから。
時間が許す限り学園では彼女と行動を同じにするようにしているが、学年が違うために儘ならないことも多いのも確かだ。
己の力不足を強く感じる。
だから、氷のような冷たい女性と簡単に彼女を語らないでほしい。
コロコロと変わる感情豊かな表情、優しい真っ直ぐすぎる性根と簡単に騙される素直な心。
内面もとても魅力的な女性なのだから。
彼女は、いとも簡単に私の罠にかかっていつも可愛らしい表情を見せて私を癒してくれる。
今もその下準備をせっせとしている。
「殿下、それでは汚れてしまいます」
侍女が見かねて声をかけてくるが、ソレが狙いだから。
彼女に試食してもらうビスケットにタップリとジャムを盛る。
「そうだね、タオルと濡れタオルを準備してくれるかな?」
タオルも彼女の異世界の知識から作ったものだ。
まだまだ改良の余地はあるが、布よりは手触りがよく水の吸収もいい。
便利だから、早く量産できるようにしたい。
彼女の知識から作り出した物でお金を稼げていたりする。
心配しなくても結婚資金に当てる予定だから。余った分は、生活費に回して誰よりも贅沢な暮らしを保証するよ。
彼女は、贅沢よりも質素を好むから宝飾品の贈りがいがないのが残念だ。
私の贈り物で着飾った彼女が見てみたい。
「おみえになりました」
やっぱり今日も彼女は美しくて可愛らしい。
金糸の刺繍がある若緑のドレス。
礼儀正しい彼女は私が贈ったモノをきちんと着てくれる。
青銀の髪に触れたら嫌がるかな?
婚約してもうすぐ五年だよ。
まあ、こうやって会えるようになったのはここ一年くらいだけど。
エスコート以外でも頻繁に触れ合いたい。
もちろん健全な範囲でね。
もう何度もこの部屋には来ているのに、慣れなくて居心地悪そうにしている姿も、お菓子を目の前にして喜ぶ姿も、可愛らしすぎるよ。
「前にジャムがついたビスケットを言っていただろう?作ってみたんだ」
新しい商品の試食ということで彼女を呼び出した。
そうでもしないと来てくれないからね。
もうすぐ学園も夏の長い休みに入ってしまう。
婚約者なのだから、用事がなくても遊びに来てもいいんだよ。
公務で相手できないかもしれないけど、私が会いたいのだから。
ほらほらちゃんと持たないと、ジャムが手についてしまうよ。
うん、どうやっても手が汚れるようにジャムを盛ったんだけどね。
指しか汚れなかったかー、残念だ。
胸の辺りに落ちてくれても良かったのに・・・。
汚れた彼女の手を取って、ペロリと舐めとる。
意図してやったことではない。
とても美味しそうで思わず舐めてしまっただけだ。
そして、やっぱり美味しくて止まらなくなってしまっただけ。
予定ではタオルで綺麗に丁寧に拭くだけだった、本当だから。
細い指だね、もう指輪も用意してもいいよね?
花嫁衣装は手配済みだよ。
うん、美味しい。
ジャムは甘すぎて苦手なのだが、彼女の指についたのは絶品だ。
あまりにも美味しすぎて指先を口に含んでしまったのは、しょうがないよね?
これでも我慢しているのだから。
彼女は固まってしまっている。
青くなって、赤くなって、助けを求めて、視線をさ迷わせて。
予想通りの行動だ。
無駄だよ、言ってあるから婚約者の私が全てすると。
うん、そうだよ、婚約者だけの特権なのだから遠慮しないでね。
だから、侍女がタオルを持っていても手を伸ばさない。
私が綺麗にしてあげるのだから、大人しくしていて。
残念男からの視線が刺さるが、無視しておこう。
彼女に一番近い場所にいたのに、手を伸ばさなかったあの男が悪い。
猶予期間は一応与えたよ?気がつかなかっただけで。
私の伴侶という立場は余りにも自由が少ない。
彼女のためにも諦めようとも思った時期があったんだよ、一瞬だけど。
時折ビクリと反応する彼女がとても可愛くて愛しい。
あぁ! 彼女が涙目になってきた。
抑えきれないかも、私の理性が。
今すぐ寝室に連れ込みたくなる。
さすがに唇の端についたのは、舐めたらいけないよね?
これ以上怯えさせて嫌われたら大変だ。
仕方がないから指で取るよ。
「殿下」
残念男が、声をかけてきた。
「時間、か・・・」
間が良かったのか悪かったのか、今から公務が入っている。
けれど、こんな可愛い状態の彼女を置いていくのは凄く辛い。
連れて行ったら駄目かな?
駄目だね。可愛すぎるから恋敵が増えると困る。
しばらくこの部屋でゆっくりしてから帰るんだよ。
「仕事をしてくるよ。帰りの馬車は用意しておくから」
戻るまで待っていて欲しいとは、まだ言えない。
帰したくなくなって、泊まりになってしまうから。
今はまだ逃がしてあげる。
けど、いつまで逃がしてあげられるかな?
こちらも片付けなければいけないことがまだ色々あるし、ね。
「エドヴォルト、彼女を頼む」
残念男に声をかけて、私は部屋を後にした。
変態を本文に書いてしまっので、ネタが・・・。
我慢の限界もきていたから、ちょうど良かったけど、残念男には、何かしてあげないといけないね。
あんな可愛い彼女の側を早く離れさせたのだから。
うん、今日も彼女は、可愛いかった。
私の悪戯に震えながらも耐えて。
ご褒美をあげないといけないね。
あの店のお菓子を贈ろう。
もちろん、買いにいくのは、残念男だよ。
本当に残念男です。二人とも。