婚約者と近衛隊長
「フェルプス・グイニーケです。」
「マークウエル・ファス・サミョルウです。」
深緑の髪に赤い瞳のフェルプス、赤茶の髪に紫の瞳のマークウエル。フェルプスは最近まで国境警備を、マークウエルはつい先日士官学校を卒業したばかりだ。
「キャスター・ユインスキーです。よろしくお願いします。」
ガタッと大きな音を立てて立ちあがり、ガバッと頭を下げたキャスター。相変わらずに擬音が聞こえる動きをしている。見ていて飽きない。
「殿下。」
フェルプスが前に一歩進み出た。
「家具は壊すな。」
私が言い終える前にフェルプスは、残念男に近付くとその頬に拳を放った。
うん、躊躇いもない見事な一発だった。
「心配させやがって。」
「すまない。」
大人しく殴られた残念男も理由は分かっているのだろう。フェルプスは残念男の良き先輩だからね。
「殿下、副長を代えてもよろしいですか?」
ああ、あの副長か。マリークライスを崇拝している。あの男を副長にする条件でフェルプスを国境から呼び戻せた。
「騎士団長を説得出来るのなら。」
近衛隊を含む騎士団の団長は、マリークライスの叔父に当たる。
私の妃がマリークライスが相応しいと思い込んでいる一人だ。部下である騎士たちにもマリークライスが妃として相応しかを説き、マリークライスの魅力だけを広めた。その結果、マリークライスは騎士たちの中で、女神でもあるかのように偶像化されている。崇拝度は当たり前だが、貴族子息であるほど高い。
だから、入団したてでまだ洗脳されていない実力のあるマークウエルが私の近衛隊に選ばれたのだ。
だが、一連の出来事で騎士団の偶像に皹が入っているようだ。
「陛下にダメ出しされたから大丈夫でしょう。」
フェルプスはニヤリと笑った。
ああ、図書室の一件か。
警護対象のキャスターから、勝手にマリークライスの護衛についたのは明らかに職務放棄になる。
「口添えがいるならいつでも。」
副長になれるほどの実力がありながら、騎士としての職務を疎かにいる者などいらない。
彼女が起きたときの障害になる。
マリークライスが絡む不手際が目立ってきている。ソーリマもいなくなる。騎士団長も近々交代になるだろう。
「そう言えば、エドヴォルドは何故ここへ?」
アンタイルは私が呼んだ。
彼女を守るための魔道具を見てもらうのに。
「王宮で何かあったと。ティアの、ティアシャルドネ様の様子を見に。」
王宮で騒ぎがあったことを聞き付けて、慌ててきたということか。
彼女を愛称で呼べるようになったのだね。けれど、もう返せないよ。
食後のお茶になり、私は今朝からのことを掻い摘んで話す。
「ソーリマ側妃殿下は・・・。」
「右腕を失った。容態が安定しないらしい。」
処置が早くて命に別状はないのだが、重体扱いにしてある。見舞い客を少なくするためと、病にかかりやすかったと印象つけるためだ。
「フェルプスとマークウエルは、千年樹の蜜を見ているな。」
はっ、と声が聞こえる。
キャスターが内ポケットから小瓶を取り出した。
本当に小さな小瓶だった。握って隠せるくらいの。
「これが千年樹の蜜・・・。」
無色透明で傾けても振っても水面が動かない。液体だとしたら、粘度がかなり高いのだろう。
「匂いには、催眠効果があるらしい。」
アンタイルも残念男も小瓶を凝視していた。
「千年樹の蜜、普通に考えてテオの雫の元か?」
触りたそうにウズウズしているアンタイルに私は苦笑する。
危険な物のように見えないから、質が悪いとしかいいようがない。
私は、飾ってある花を一輪取り、小瓶に当てた。
当たった部分から黒ずみ、ボロボロと崩れていく。
アンタイルも残念男も顔をしかめている。
キャスターに花を握らせる。キャスターが持った花を小瓶にグリグリと擦り付けても花は花のままだった。
私がありがとうと言うとキャスターは慌てて小瓶を内ポケットにしまっていた。
優しい彼のことだ。誰かが触ってしまうのが怖いのだろう。
「アンタイル、これを保存できる何かが作れないか?」
アンタイルは、銀色の髪に手を入れ彼女を見た。
「むきん?むじゅう?むさんそ?なんかそんなヤバい物を保管するのがあったと思うが・・・。知識はそこだ。」
彼女が起きないと分からないか。
ガックリと音が聞こえそうなくらいにキャスターの肩が下がった。
むきん?
空気の中に″きん″がいない?
だから、体が弱っている人を″むきんしつ″に入れて病気にかからないようにする?
きん?とは?
目に見えない小さな生き物?
チーズもお酒も菌が作っている?
パンに黴が生えるのも空気中の菌のせい?
異世界は、細かいことまで調べているのだね?




