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貧富の差  作者: 柚原タケヒト
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第一部

 「夕方のニュースの時間です。昨年度から引き続き、国民一人あたりの所得は過去最低を記録しています―――」

 この国では近年政府の経済政策が悉く失敗し、崖っぷちに立たされている。初手、AIの導入は一次産業、サービス職や事務職だけでなく薬剤師や大工と言った技術職の人間までも無職に追い込んだ。辛うじて生き残った他の職業従事者も、明日は我が身と震えて眠る日々を送っていることだろう。

 次の一手はボランティア促進政策だった。そもそも「ボランティア」とは一個人或いは一団体が自発的に社会活動などへ無償で参加することであって、それを促進しようなどと言うのはいったいどういう話の筋なのか。なにはともあれ、この政策によって意欲的な社会人や学生はボランティアへと意を投じ、災害の復興支援や外国人向けの案内人や通訳などに勤しんだ。

 王手を掛けたのは税金の増加だ。政府は社会保障充実を目的に税率を上げた。ほぼ全ての国民は反対したにも関わらず、国のトップはそれを強行した。集めたお金がどこに行っているのかは一国民の与り知らぬところである。


 思い起こせば、あれは純粋にタイミングが悪かったのかも知れない。数十年国際的体育大会の主催国となったのは良いが、異常気象の激化と度重なる天災によってこの国は各地がボロボロだった。ニュースでは報じられていないが、一部有識者からは海外援助の金額が国内への支給と比べて大きすぎるとの指摘もあった。援助先の国が発展した時の利権に投資をしているのだろうが、そんなことは今を生きる者たちにとってはどうでもいいことである。

 国の存亡がかかっていると言っても過言ではない時に政府が取った行動は、特別予算を組むことでもなく、先の大会主催国辞退でもなく、国のトップを決める選挙の開催である。この国を裕福にするはずが逆に一億総低流化を成し遂げた者が、再選を果たすべく再び「裕福」を叫んだ。これはさすがに暴動が起きるのではないかとインターネット上では心配の声が多く上がった。しかし、それを杞憂に終わらせるかのようにテレビは芸能人の結婚と不倫を映し続けた。


 「父さん。ユーフクってなに?」と中学生ほどの少年が訪ねた。学校でもこの手の話題はしきりに取り上げられているようだ。テストで満点を取ればお前は頭が良いから良い大学に入っていっぱい稼げるぞ、などと言われることもあったらしい。お金を稼ぐことがとても良いことのように語られるなか、この少年はひとつ疑問を抱いていた。お金を稼ぐことが良いことならば、なぜテレビで非難されている人はお金持ちが多いのだろう、と。もしかしたらこの言葉の意味は違うのではないかという興味が父との会話の切り口となった。

 「難しいことを聞くなぁ」と眉間に軽くしわを寄せて父は返す。自分が中学生の頃にこんな質問を親にできただろうかと自らを振り返り、我ながら賢い子供を持ったなぁと感慨深げに子を見つめる。学校では稼ぎが多いことを裕福だと教えているらしいが、果たしてそうだろうか。確かに、小さいながらも会社を経営し、猫の額ほどの不動産を持っている身としては、いままでお金で苦労をしたことは少ない。しかしそれを裕福と言えるかどうかは別の話である。

 ズズッと茶を啜ると、父は口を開いた。稼ぎに稼いだお金がその価値を発揮するのは、自分が欲しいものと交換した時だ。価値あるものと交換したときだ。財布や口座に入れているだけでは、ただの紙切れに過ぎない。では、どうやってその「価値あるもの」を見つけて交換していくのか。それを為しえるのは教養である。教養とは物事の本質とその価値を見出す力の事である。どこかのゲームでは、対象をスキャンするとそれに含まれるものとその価値が表示されるアイテムがあった。教養とは、まさにそのようなものである。例えば一つの石像を見た時に、美術史を学んだことのある人間はその美術的価値に酔いしれるかもしれない。地学を学んだことのある人間は、その石に含まれる鉱石に心を躍らせるかもしれない。もしある人間が美術史も地学も学んでいたとしたら、その石像の価値への理解度は単純に計算して倍になるのだ。

 こうして見出した「価値あるもの」を手に入れたいと思った時、その対価としてほとんどの場合お金が要求される。ここにきてやっと、お金が大事になってくるのだ。つまり裕福さとは、どれくらい教養があるかなのだ。


 一頻り話し終えた父はフゥと軽く息を漏らして湯飲みに残った茶をあおり、急須からぬるくなった茶を注ぎ入れた。父の話を聞く息子の顔は、父の顔に釣られていた。眉間にしわが寄り、一言一句聞き漏らさんとするその意欲は、見開かれた目から見て取れた。

 ふと集中が切れた時、揚げ物のおいしそうな匂いがしていることに気が付いた。

「ご飯できたよー」と母が呼ぶ。食卓にはきつね色の衣をまとった豚カツが瑞々しい千切りキャベツの横に整列していた。自分の皿に数個取り分け、まずは塩をかけて食べた。父がそうしているのを見て真似しているだけであるが、これがまた美味しいのである。次にソースをかける。揚げたての油の匂いに香辛料の香りが混ざり、なんとも食欲をそそった。少しソースの染みたのを選んで口に運ぶ。じゅわっと口に広がる脂肪と肉汁はソースと混ざり合って大きな美味しさへと進化する。

「母さん、美味しい!」と口にしたところで、先の教養の話を思い出した。自分はこの豚カツの美味しさを知っている。そしてソースの美味しさを知っている。何も知らなければ、これはただの加熱された死肉であり、どろりとした木の実の汁だ。そうか、これが教養か。

なんとなくわかっていたつもりでも、自分なりに理解してみるととてもスッキリするものだった。食事もいつも以上に美味しく感じる。これがほんとの「腑に落ちる」ってか、などとくだらないことを考えていたら無性にニヤついてきてしまった。

「ニコニコしちゃって、そんなに美味しい?嬉しいなぁ」と母は上機嫌な顔をした。


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