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時紡ぎと呪われた×××  作者: ながる
第3章 The more one has, the more one wants.

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3-13 告白に誠意はない

 波の音が聞こえる。

 潮の香りもする。

 私の暮らした場所はこんなにも近いのに、それに触れることも出来ないなんて。


 四角い小さな空間。

 そこが彼女の今の棲家だった。

 柔らかい布団に、薄布のひらひらした綺麗なドレス。三食に甘いデザートもつくけれど、ドアには常に鍵が掛けられ、自由に出歩くことは叶わない。


 ……彼女はどうしたかしら。

 母を見失って、泣いていた子供。

 人の子はひとりでは生きていけないのではなかったかと、岩場に散らばる宝石を拾い集めて手漕ぎのボートに一緒に乗せた。

 時々人の姿が見える浜に送ってそっと様子を窺えば、宝石にばかり輝く目を向ける人相の悪い男たちが、彼女を乱暴に運び去るのが見える。

 焦った私は海の魔女に相談して、声と引き換えに二本の足をもらったのだ。おまけで人の服もつけようと魔女は笑った。

 彼女を引き取る旨の手紙をしたため、代理人のふりをして浜から続くお屋敷を訪ねたのだけれど……


 優しい笑顔の青年は、私が彼女を抱きしめる前に私を拘束させ、ナイフを突きつけた。

 それから彼女に言ったのだ。

 泣け、と。

 髪を掴まれる痛みとナイフへの恐怖、そして、何が起きているのか理解できないパニックで、涙を落としたのは私だった。

 頬を転がり、宙へと放たれた滴は白く丸い真珠に変わる。

 ころころと転がったそれは青年の足先で一度揺れて、止まった。


 彼はそれをつまみ上げ、しげしげと眺めると満面の笑みを私に向けた。

 駆け寄る少女を乱暴に振り払ったのは、私を拘束していた男。

 私たちは引き離され、私は小さな部屋に詰め込まれた。

 せめて、声を失っていなければどうにかできたかもしれないのに。

 誘惑の歌も歌えなければ意味がない。

 悔しさと悲しさと怒りと……さめざめと泣いて、色とりどりの宝石が音を立てて散らばった。


 なだめ、すかされ、時に殴られ……彼らは私を泣かすのに手段を選ばない。

 笑顔の青年は笑顔のまま私を無理矢理自分のものにした。

 君の美しい涙をもっと見たいと(うそぶ)きながら。

 涙が枯れてくると、その囁きはさらに毒を持つ。


 ――君が泣けないなら、あの子に泣いてもらおう。


 彼女が泣いても宝石は生まれない。気付いてないのね。

 どうしてかしら。彼女も涙を隠してる。

 でもきっと正解。彼女がただの子供だと知れたら、彼らはあっさりと彼女を捨てる。

 文字通り、捨てる。

 放っておけばよかったかしら。

 いいえ。無理ね。心が震えてしまった。母を呼ぶ声に。


 ぽろりと零れる真珠。

 ここしばらく彼は来ていない。人相の悪い奴等ばかり。

 悪いことが起きてなければいい。

 どうか、無事で。


 ぽろり ぽろり。


 足音が近付く。食事を差し入れ、彼らは宝石を回収する――



 ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇



 モーネは水を吸うようにするすると文字を覚えていった。

 スヴァットと表で会話できるまでにそう時間はかからず、どちらかというとやる気のない礼儀作法に割く時間が増えている。

 計算も教え始め、刺繍のための針を持つことに許可が出る頃には、パートからシェスティンへの食事の誘いは週の半分におよび、それを彼女はどうにか週一度に留めていた。


 表による筆談はスヴァットに任されている。急に人が入ってきても猫と遊んでるようにしか見えないからだ。

 モーネはまだ少しびくつくことがあるものの、ある程度はスヴァットと上手くやっていた。少しずつ聞き出したところによると、彼女は何処かに捕らわれている彼女の知り合いを助け出したいらしい。彼女が人魚なのかと直球な質問には答えてもらえなかった。完全にシェスティン達を信用した訳ではないのだ。


 月も変わろうかという頃、シェスティンはその週何度目かの食事の誘いを見張りの男から聞かされていた。


「今週はもうご一緒しましたし、そう何度もは……」

「主は遠慮など必要ないと言っている。食事くらいなんだというのだ」

「では、あなたもご一緒しませんか? ふたりでは緊張してしまって……」

「我々があの方とテーブルを共にすることはない」

「では、私も食事を共にする資格はありませんわ」


 男はいらいらと舌打ちを響かせる。


「貴女は選ばれているのだ。資格など、もとより必要ない」


 いつになく食い下がる男の言葉に、シェスティンは大げさに溜息を吐いてみせた。


「勉強の時間が削られるのは、本意ではありませんの。そうね。モーネも一緒なら、お受けしてもいいわ。彼女にもテーブルマナーを教えたいと思っていたところですし」


 話を切り上げたくて、シェスティンは無理を言ってみた。

 それは無理だ、という答えを期待したのに、男は酷く顔を顰めたまま「分かった」と言った。

 そのまま部屋に通されてほっとするも、一抹の不安が過ぎる。

 その不安は次の日、的中することとなった。


「モーネ嬢もご一緒にと。問題無いな」


 自分の耳を疑って、シェスティンはまじまじと男を凝視してしまった。


「本当に、モーネも一緒に?」


 男は深く頷く。


「主が直々に迎えに来るそうだ」


 いつもの勉強セットをシェスティンに押し付けながら、男はぼそりと続けた。


「主に逆らうな」


 逆らうなと言われても、恋人のある身で毎日のように若い男の雇い主と食事を共にするというのは、普通褒められた行為ではないだろう。シェスティンにさえ分かるのだ。彼が何を考えているのか、周りの人間が気付かぬはずはない。

 押し込まれるように部屋に入ると、モーネが訝しげに顔を向けた。


「……こんにちは。モーネ。あのね……」


 腕に抱えた道具類を机の上に並べながら、シェスティンはまだ自分自身も半信半疑の事をなんとか咀嚼しながら言葉にする。


「パートさんが、夕食を一緒しましょうって」


 モーネはそれが? という顔をして首を傾げた。シェスティンが毎日のように見張りの男と問答しているのを知っているのだろう。


「あなたも一緒に」


 首を傾げたまま、しばらく動きを止めていたモーネは「えっ」と声を上げて慌てて自分の口を両手で塞いだ。

 にゃあん、とスヴァットもバスケットから抜け出してこちらを見上げる。


「スヴァットも、きっと一緒よ。モーネをサポートしてあげてね。モーネは、教えた挨拶から見せてあげて。食事の作法はその場で順に教えるから」


 口を押えたまま顔を顰める様子に、シェスティンは黒板を取って書きつけた。


『お願い。今日はおとなしくしてて。急すぎて何も考えてないの。また機会は来るから』


 彼女と一緒で許可が出たということは、きっと次も彼女は誘われる。場所はどうせいつものように別棟の別室なのだろう。渡り廊下にも見張りは立っているし、闇雲に逃げたとしても掴まってまた閉じ込められるだけだ。


『お願い』


 散々迷って、モーネは渋々と頷いた。

 散歩と称してスヴァットを偵察に向かわせ、モーネには作法の復習をさせる。午後は慌ただしく過ぎて、あっという間にパートが迎えに来た。

 打ち合わせ通りに、モーネが仏頂面のままぎこちないレディの挨拶をしてみせると、パートは声を立てて笑った。


「あぁ、モーネ。素敵な貴婦人(レディ)だ。今夜は私たちだけだからね。失敗を恐れずにしっかり学ぶんだよ。シェスティン、なんて素晴らしいんだ。ねぇ、なんで君は彼のものなのかな」


 パートが一歩シェスティンに近付こうとした時、小さな振動が部屋を揺らした。ほんの短い間だったけれど、それはパートの気を削ぐのに充分だったようで、彼は軽く眉を寄せると先に立って歩き出した。シェスティンはモーネの手を引いて後に続く。


「なんだか忘れた頃に揺れるね。以前はこんなに頻繁には揺れなかったと思うんだけど。小さいからどうということはないし、だんだん慣れてきた気もするけどね」

「大きな地震の前触れかもしれないわ。注意はしておかないと」

「心配性なんだな。大丈夫。俺が護ってあげる」


 自信たっぷりにそう言うパートに、彼女達を挟むように後ろからついてきた見張りの男が頷くのを、モーネは横目に映していた。

 スヴァットの報告通りいつもより見張りの数は多く、モーネが駈けだしたとしても、渡り廊下に行き着く前に誰かしらに捕まってしまうだろう。人相の悪い男たちの前を通り過ぎるモーネにも、それは肌で感じられたに違いない。

 四人がけのテーブルに、いつものように食事が並んでいる。いつもと違ったのはモーネの部屋の前で見張りをしている男が部屋の中でドアの前に立ったことだ。

 何気なく目が合うと、小さく顎をしゃくられテーブルにつくように促される。


「シェスティン」


 待ちきれないと呼ぶような声に、シェスティンはあえてゆっくりとテーブルに向かった。




 食事自体は和やかに終わったと言えよう。

 慣れないナイフとフォークに格闘する子供を微笑ましく見守る両親。そんな空気をパートが作りたかったのだとシェスティンはすぐに理解した。

 食後、モーネは見張りの男に連れられて部屋に戻り、部屋を出ようとしたシェスティンはパートに袖を引かれて引き止められる。


「ねぇ、シェスティン。契約を一生のものにしないか? 先生から、モーネの母親に役どころを変えよう」

「私は誰にも……」

「もちろん、それでいい。今まで通り……いや、今まで以上に報酬は払おう。トーレさんとも今まで通りで構わない。この家の中でだけ、家族を演じてくれないか」

「それは……」

「あぁ……俺の気持ちはばれてるんだね。そうだよ。シェスティン、君を愛してる。どうにかして君の傍にいたいと思う愚かな俺を笑ってくれてもいいんだ。ね。モーネのためにもどうか、考えて」


 シェスティンの袖を掴んだままだったパートの手に、スヴァットが飛びかかる。

 袖はあっさりと離されたが、パートの絡みつく視線は熱を帯びた。


「彼に店を持たせてあげられるよ。一人立ちさせてあげたくて、お金が欲しいんだろ? 彼と住んで、ここに通えばいい。充分にサポートできる。うちからの協力だってできるかもしれない」

「お気持ちは……充分……」


 スヴァットを抱えて、踵を返したシェスティンをパートの声が追う。


「待つよ。いい答えが聞けるまで。ずっと」


 足早にその場を去り、玄関前で待つ馬車に乗り込むと、シェスティンは呼吸を整えながら固く握りしめていた拳の力を抜き、ゆっくりと開いていった。

 掌にくっきりと爪の痕が残っている。


「スヴァット、褒めてくれ。アイツを殴らずに済ませられたことを」


 黒猫はその様子に少し驚いて彼女の膝に乗り、投げ出されている掌の爪の痕を丁寧に舐めた。


「…………ありがとう。スヴァット、ちょっとした賭けに出てもいいか? 失敗したら『人魚の涙』は遠くなるが……もう、あの男に関わりたくない。賭けても賭けなくても、彼の運命が変わりそうにないなら早く終わらせよう。モーネも……連れ出してやりたいが……」


 スヴァットはシェスティンを見上げて明るく鳴いた。

 賭けなんて、勝つに決まってる。存分にやれと、言っている気がした。

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