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時紡ぎと呪われた×××  作者: ながる
第3章 The more one has, the more one wants.

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3-1 再会に余裕はない

 薪の量に目処がつくと、シェスティンは一日薪割りという生活から少し普通の町娘の生活を始めた。

 何を持って普通とするのかは難しいところだが、薪割りに行かない日は洗濯して掃除して買い物に行き、毛糸を見繕っては冬用の小物を編んだり、時にはそれを売って小銭を稼いだり。放浪の生活から見たら、随分と穏やかで普通だ。


 着ている物も動きやすい男だか女だか判らないものではなく、周囲から浮かないようなシャツにカーディガン、スカートやワンピースなどを合わせていた。

 時間があるからと、時には髪を纏めたり編み込んだりしている時もある。

 正直、スヴァットには意外でしかなかった。竜の背に乗り、竜騎士だとはしゃいでいた人物と同じだとは思えない。

 当のシェスティンは「長く生きてるんだから、そこそこで溶け込む術を知っていて当然だろう」と笑うだけだった。


 スヴァットは、怪しい露店や宝石としての『人魚の涙』を売っている高級店、潮の匂いがする妙な雰囲気の人物が時々通う酒場(バー)など数ヶ所を巡回していたが、近頃はそれに病院も追加された。

 大体は窓の外から眠り続ける男を確認するだけだったが、時々は中に入り込んでその顔をつついたり、呼び掛けたりもしてみていた。

 看護師に見つかり追い出されたり、尾行を撒いたりするのも、中々刺激的で楽しんでいる。


 その日も看護師に見つかって、スヴァットは廊下を駆けていた。

 恒例行事となりつつあるそれを、他に楽しみのない入院患者や常連の年寄りが微笑ましそうに見守っている。

 ちょうど出口のドアが開いたので、これ幸いと突っ込んでいったら、嗅いだことのある匂いがして思わずその顔を見上げた。


「う、わ……っと……」


 背中に大荷物を背負ったその男と、黒猫の目が一瞬だけかち合う。金属や革やその外の雑多な物の入り混じった匂いの中に、ほんのり薬の匂い。ここは病院だからそのせいかとも思ったけれど、驚くその顔は確かに見知ったものだった。

 しばらく走って、病院から離れてからスヴァットは振り返る。向こうも振り返って彼を追おうとしていたが、どういう訳か、彼を追いかけてきた看護師に捕まっているようだった。


 スヴァットはここで会ったのなら、そのうちまた会うだろうと、さっさと踵を返した。問題はどちらかというと、これをどうシェスティンに伝えるか、だ。

 空を見上げても相変わらず雲は多く、月は望めそうにない。彼かシェスティンを案内する方が現実的だろうか。

 今日は尾行がないことを確認して、スヴァットはシェスティンの寄りそうなところを覗きつつ、崖の家まで戻ったのだった。

 彼がドアを爪で引っ掻きながら鳴くと、人の気配が近付いてくる。細く開くドアから暖かい空気が漏れてくるが、それを堪能していると怒られるので、急いで身体を滑り込ませた。


「おかえり、スヴァット。今日は早いんじゃないか?」


 足を拭いてもらいながら、な! といかにも何かありましたよ、という顔でシェスティンを見上げる。彼女はストーブの上でミルクを少し温めて皿に入れてからテーブルに置き、自らも椅子についた。彼女のカップはすでにテーブルに乗っており、うっすらと湯気が揺らめいている。


「人魚の情報か?」


 んなっ、とスヴァットは首を振る。シェスティンは少し首を傾げて人差し指を頬に当てた。


「彼が起きた?」


 これにもスヴァットは首を振った。シェスティンの顔が厳しくなる。他に思い付くことがないようだ。一旦立ち上がって空の様子を見に行くと、溜息を吐きながら戻ってきた。


「もどかしいな。何か危ないことか? 死んでないのがバレたとか」


 ふるふると振られる首に、多少安堵した様子で、シェスティンはカップに口をつける。


「ヒントとか、関係のありそうな物は何かないか?」


 家の中をぐるりと見渡して、シェスティンが出かけるときにつけているベルトの小物入れを見つけ、スヴァットはテーブルから飛び降りた。

 ひっくり返して器用に開け、中からお目当てのものを探し出し、咥えて戻る。シェスティンは不思議そうな顔をしていた。


「そんなとこに何かあったか?」


 彼女の前にそれを置いて、ちょいちょいと手招きする。近付いた彼女の頬に爪を出さぬままスヴァットは引っ掻くように触れた。

 銀色の小さな丸い缶を手に取り、スヴァットの触れた頬に手を当てて、シェスティンはしばし考え込む。


「……薬。薬師、か? あの、行商の薬師に会ったと?」


 なーん、とスヴァットは頷いた。


「何か言ってたのか?」


 否定の首振りにシェスティンはどこからか街の地図を出してきた。観光用なのか、大雑把な地図だが、場所を示すなら充分だ。


「どこで会った?」


 テーブルの上に広げられた地図からスヴァットは病院を探し出して、たし、とその手を置いた。


「病院? それも、彼が入院してるところか……コネがあると言ってたから、そのうちのひとつなのかもな。泊まっている宿が分かれば訪ねていくか?」


 自問するように(おとがい)に手を当てて、シェスティンは呟く。それから少し首を傾げて小さく首を振った。


「いや、向こうが会いたいのかも分からないしな。何も言ってなかったんだろう?」


 スヴァットは微妙な顔をしてテーブルの端まで下がると、勢いを付けて走り出し、シェスティンの横に飛び出した。

 彼女は少し呆れたようにスヴァットを振り返る。


「もしかして、すれ違っただけなのか?」


 肯定するスヴァットを見てシェスティンはまた少し考え込む。


「じゃあ、向こうが気付いてない可能性もあるのか」


 なぁん、とスヴァットはそれには否定を主張する。あそこで彼が看護師に捕まってなければ、きっとスヴァットを追い掛けてきたに違いない。


「気付いてはいる、と言いたいのか……どうするかな……」


 シェスティンは指でテーブルを叩きながら、温くなったお茶を啜る。

 じっとスヴァットは彼女を見守っていた。

 やがて、一息つくとシェスティンはスヴァットを見下ろしながら言った。


「手紙を、書こう。明日準備するから、スヴァット、身に付けててくれるか? 次に会ったとき渡して欲しい」


 んな! と、了承して彼女の膝に上ると、細い指がスヴァットの喉元をくすぐった。


「ついでに泊まっている宿も分かれば嬉しいな」


 そのくらい、言われなくても、と意思を込めて鳴く。伝わったのか、伝わらないのか、シェスティンは小さく笑って夕食の準備にかかったのだった。



 ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇



 次の日シェスティンは雨の中小さなカードを調達してきて、早速薬師へのメッセージをしたためていた。何を書いているのかと、スヴァットは横から覗き込む。


『お探しですか? 連絡は黒猫へ K』


 それだけだった。

 スヴァットは思わずカードを二度見する。ふたりが顔を合わせる日はまだ先になりそうだ。いっそどこかでばったり会ってくれないものか。

 詮無いことを考えて、スヴァットは溜息を吐いた。

 シェスティンは必要最低限しか外に出ない。なるべく目立たないように、誰とも深く関わらないように、けれど怪しまれない程度の愛想はふりまいて。


 そこまでする理由を、まだスヴァットはなんとなくしか理解していなかった。

 竜の言ったように彼女に触れたから絶対に死ぬ、ということではないらしいというのは分かってきた。あの薬師も、傭兵もまだ生きているのだから。傭兵は大っぴらにシェスティンを口説いていたようだったから、それで死ぬ目に合ってるのかとも思うが、しっくりはこない。

 暴走馬に踏まれて死んだ医者は彼女に触れてもいなかったが、薬師の代わりに死んだという訳でもなさそうだった。


 法則らしい法則はシェスティンが薬師に言っていたように、彼女を害する者と彼女を愛する者なのだろう。気持ちがどちらに振れても『死』を呼ぶなんて、確かに交流を避けたくなるのかもしれない。

 けれど、一緒にいると、竜への態度を見ても、自分への接し方を考えても、ひとりが好きなわけでも平気なわけでもないと分かる。


 どちらかというと女性にだらしない自分の行動は彼女の気に障るようで、うっかり下心を口にしたり態度に表すと冷たくあしらわれたりもするが、それでも長くは続かない。少なくとも寝るときに布団には入れてくれる。話す猫くらいの認識しか与えないこの姿の恩恵は意外と大きいのだ。

 もちろん、彼女に手を出すなんて(猫の手とはいえ)ことはしない。この体は残念ながら人間のような欲情にはかられないので、そこは救いなのかも。

 ……時々、彼女の方が無意識に抱き締めてきた時に()()()柔らかいものを微動だにせず受け入れるのは、役得だと思ってるけど。


 ――ともかく、そんな風に寂しがっているのなら、もう少し人と繋がってもいいんじゃないか。好きになっても触れなければ死なないというのなら、自分が気を付けてやればいいんじゃないか。

 そう、思ってしまう。

 彼女を害そうとする者はまた別の話だ。

 シェスティンは彼女を害そうとする者には非情とも言える。だが、そういう奴等が皆、勝手に死ぬというのなら、彼女自身が手を下す必要はない。放っておけばいいのだ。

 でも、彼女はそうしない。そう、出来ないのかもしれない。何か理由があって、引導を渡してる、ような。

 時々聞こえる、あの声に理由があるのかも。『愛してる』と囁く、どこかで聞いたことがあるような、あの声に。


 スヴァットがそんなことを考えている間に、シェスティンはカードを小さく折りたたみ、黒いハンカチに軽く縫い付けるとそのハンカチを細長く畳んでスヴァットの首に巻き付けた。


「思ったより目立たないな。上出来上出来。頼んだぞ」


 返事もせずにじっと見上げるスヴァットに、シェスティンが少し首を傾げたので、慌てて、な! と返事する。


「今日は雨だし、明日からでいいからな」


 シェスティンはそう言うが、その割には雨の中カードを選びに行って、楽しそうにメッセージをしたためていた(内容はアレだが)。あの薬師も病院で黒猫を探しているんじゃないか。同じくらいの時間に行けば、あっさり会える予感がスヴァットはしていた。

 シェスティンがマイペースなのは、それだけ彼女に時間があるからなのか、あの薬師とこのまますれ違って会えなくても別に構わないからなのか。後者のような気はするが、あの街で別れた時は随分名残惜しそうだったのを彼は覚えている。

 これはお節介してやった方がいい案件なのかもしれない。

 にやりと笑ってドアの前に移動したスヴァットに、シェスティンは怪訝そうに眉を寄せた。


「行くのか? 何か変な事考えてないだろうな?」


 なー、とスヴァットはドアに手をかける。

 シェスティンに細く開けてもらったドアから雨の中に飛び出すと、彼は一目散に病院に向かった。




 いつものように窓越しに男の寝顔を確認してから、入り口前で雨宿りを装って座り込む。しばらくすると、ドア横のガラス越しに看護師が気付いたようで、彼が中に入ってこないかと鋭い視線が飛んできた。

 外にいる分にはそれ以上追われることもないので、スヴァットは素知らぬ顔を続けていた。


 すぐに会えると高を括っていたのに、日が傾いてきても男は現れなかった。何か用事があったのか、スヴァットが思うほど彼等に会いたかったわけでもなかったのか。少しがっかりした気分で雨が落ち続けている暗くなった空を見上げていると、病院の中から急ぎ足でやってくる足音が聞こえてきた。

 勢いよくあけられたドアに反応して振り返れば、白衣を着た男が立っている。


「……やっぱり!」


 そう言った男にやにわに抱き上げられて、スヴァットは焦った。拘束から逃れようと体を捻って爪も出す。


「こら、大人しくしてくれ。シェスティンの連れていた猫だろう? 彼女はどうした?」


 辺りをうかがいながら、こっそりと囁く男の声にスヴァットは動きを止めて彼を仰ぎ見る。所々残っていた剃り残しの髭も無く、髪も綺麗に整えられていて、パリッとしたシャツの上に白衣を着ている。どこの医者かと思うような格好だったが、薬品の匂いに混じって微かに香る彼の匂いは確かに薬師のものだった。

 驚きのあまり固まってしまったスヴァットを白衣の内側へ仕舞い込んで、彼は続ける。


「大人しくしててくれよ。見つかったら、色々うるさい」


 されるがままにして、スヴァットは頭の中に疑問符を並べていくのだった。

メモのイニシャルが「K」なのはシェスティンの綴りが「Kjerstin」だからです。

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