第97話 棺の中の覚醒
ダダダダダダダダダッ!
けたたましい音と共に寝床が激しく揺れ、修馬は訳もわからぬまま一気に目が覚めた。
「何ごっ!!」
条件反射で上半身を起こすも、すぐに額を何かにぶつけ元のうつ伏せ状態に戻ってしまった。真っ暗でよくわからないが、何やら極端に天井の低い場所で寝そべっていたようだ。
ダダダダダッ! ダダダダダッ!
その間にも続く、建物解体現場の中心にいるような非日常的な音と揺れ。状況が飲み込めない修馬は、手探りで辺りを確認する。どうやら細長い木箱の中に閉じ込められてしまっているようだ。それは例えるなら、人1人が入れる棺桶のような箱の中。ん、棺桶?
そこで修馬は気づいてしまった。ここは異世界で、ライゼンによって首を引き裂かれて死んでしまった自分は、棺桶に入れられて今まさに土葬されているのではないかということに。
「ス、ストーップ!! 生きてる!! 生きてるからっ!!!」
大きく声を上げると、鳴っていた地獄のような音と揺れがぴたりと治まってくれた。嫌な汗をかいたが、どうやらこちらの生存は伝わったようだ。折角生き返ったというのに、生きた心地が全くしない。
修馬は棺桶の蓋を足で蹴り開けると、眩しい光が差し込むと同時に上に乗っていたであろう土がばらばらと降ってきた。むせながらも手で粉塵を払い、ゆっくりと体を起こす。そして口の中に入った砂と土を吐き出した直後、穴の上にいる何者かが「うわっ!」と声を上げた。
「死んだシューマが魔物化したっ!!」
そう言ってきたのはココ・モンティクレールだった。彼こそまさに棺桶に入れて土葬しようとした張本人に違いない。
「いや、死んでないから! 生きてる、ギリで!」
修馬の言葉を聞き、ココは怪しげに目を細める。
「……うーん、原因はわからないけど確かに生きてるっぽい」
己で掘ったであろう穴に滑り降りてくるココ。そして修馬と鼻の先を合わせると、恋人同士のように近距離で見つめ合った。
「やあ、おはようシューマ。今日はいい朝だね」
「おはようじゃないよっ! 俺のこと生き埋めにしようとしたでしょ!」
状況的に仕方がないことだとは思うが、殺されかけたことに対して強い怒りを表す修馬。ココは「まあ、まあ」と言いながら、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「シューマ、ライゼンって人に斬られて、首から噴水みたいに血が噴き出しながら倒れたから、もう死んじゃったのかと思ったよ。けど傷口も回復してるみたいだし、黄昏の世界の住人は頑丈なんだね」
ココは過去の笑い話のように明るく語る。修馬はその時の絵面を想像して、顔が青くなった。頸動脈を切られて、よく生き返れたものだ。
「事情があって、俺はこっちの世界では死なないらしいんだよ。まあそんなことよりも、あのライゼンって野郎絶対に許せねえ……。あいつ、あの後どうなったの?」
そう聞くと目の前のココは「うーん」と唸る。友理那から聞いた話では、この辺りには『奇術師』と呼ばれる人さらいがいるということだった。ライゼンがその奇術師かどうかはわからないが、子供をさらうということだったので、ココが無事なのは不幸中の幸いだ。
「とりあえず上に上がろっか。棺の中は何だか落ち着かないよ」
難しい表情をしていたココだが、修馬の腰に手を回すと持っている振鼓の杖をカロンと鳴らした。
「悠久の時を廻る風の精霊よ、その清らかな歌声をここに奏で給え」
次の瞬間、ココと修馬の体がふわりと宙に浮く。そして優しい風に乗ると砂埃の漂う穴から上昇し、草花の生える地面へとゆっくり舞い降りた。体感したことのない、心地よい浮遊感。
「あのライゼンとかいう男、中々手強くて、一時は追い詰めたんだけど、結局最後は姿を消してどこかに逃げられちゃったんだ。何か、隠れるのが上手いみたい」
ココはそう言って、着ているポンチョについた泥を叩いて落とした。
「そうか……。けどそのおかげで、俺が直接復讐出来るチャンスが残されたわけだな」
強気な口調でうそぶく修馬。本当のことを言えば、ココに倒して貰えればそれに越したことはなかった。というか、ココが互角の相手では、自分では太刀打ちするのが難しいと思われる。
「そうだね。けどあの人、奇妙な術を使うから気を付けないといけないよ」
「奇妙な術?」
そう聞き返すと、ココは大きくこくりと頷いた。
「魔法ではない変な術。あの人、人間じゃないのかなぁ?」
「それってもしかして、ライゼンって男も天魔族だってこと?」
「うーん、天魔族かぁ……」
珍しく言葉を詰まらせるココ。人間でもなければ天魔族とも異なるようだ。ココも知らないような新たな種族が、この異世界には存在するのだろうか?
「よくわからない相手だから、無理に戦わない方が無難かもしれない。僕たちの旅の目的とは本来関係ない人だし」
ココなりの結論が出たようだ。俺たちの目的は、帝国に向かい皇帝に謁見すること。変人の相手をすることではない。
戦わないでよい理由が出来た修馬は、どこか安心したように両手を腰に添えた。
「そうだな。相手に不足はないけど、時間を無駄にする余裕はない。あんな雰囲気イケメンは無視して、とっとと帝国に向かおう」
旅立つ気が満々になった修馬を、横にいる背の低いココは見上げるようにじっと見つめてきた。
「どうかした?」
そう尋ねると、ココはポンチョのポケットからきらきらと輝く胡桃くらいの大きさのガラス玉を取り出した。
「そういえば、シューマ用の墓穴を掘ってたらこんなものが出てきたんだけど、いる? 石碑の近くから出てきたものだから、勇者モレアに関連するものかもしれないよ」
差し出されたガラス玉を受け取る修馬。大きなビー玉のようだが、上下に貫通した穴があいており、内部には特殊な細工が施されているようだ。
「何だろこれ? 宝石ではないよね?」
「単なるガラス玉みたいだね。だけど元々は、魔玉石みたいに魔法が込められた可能性があるよ。微かに光属性の色が感じられる」
「ふーん、魔玉石ねぇ……」
魔玉石とはセントルルージュ号で運んでいた『星の鼓動』のように強い魔力を秘めた宝石の総称だ。その価値は、戦争の引き金にさえなりかねないほどのものだとか。
修馬は片目を瞑りガラス玉を高く掲げると、木々の間から零れる日の光を当てた。内部の細工が波打つように虹色に輝いている。
「何だかわかんないけど、荷物になるものでもないし貰っていこうか。きらきらして綺麗だし」
「綺麗なガラス玉だよね! もしかしたら盗掘の罪になるかもしれないけど」
「えっ! 盗掘!?」
権利を持たない土地を掘削し、そこから埋蔵物を略取する行為。それが盗掘。
「けどまあ、インターポールが科学捜査で調べるわけじゃないだろうし、大丈夫だろう」
これが勇者モレアに関連するものであるならば、龍神オミノスの討伐に関わる道具なのかもしれない。そう思えた修馬は、ガラス玉をポケットの中に入れ、自らが居た穴を埋めるように土の山を蹴った。