第95話 あの真相
「魔王ギーの城……?」
友理那の言った言葉を繰り返す修馬。その名は過去に何度か耳にしたことがある。目に障害を持っているという天魔族の王。展開的に禍蛇同様、倒さなければならない相手になるだろう。何しろ魔王だからな。
暗雲に包まれた草木の生えぬ島の中央に佇む、どす黒い外観の古城。そんなスタンダードな魔王の城を思い浮かべ、ぼんやり前を見つめていると、突然、友理那の頭頂部が虹色に輝きだした。これは何事か?
シャボンのような透明な球体が膨らんでは消えていく。そして輝きと共に姿を現したのは、シンプルな陶磁器のように滑らかな純白色の飛竜。それは、友理那を加護する『ディバイン』という名の神様だ。
「あの時のひょうろくだまが、短期間で一端の戦士みたいな面構えになったねぇ。大したものだわ」
修馬の顔を見るなり、伸びをしながらそう吐きかけるディバイン。そんな彼女なりの誉め言葉に返答したのは、修馬の右肩から不意に出現したタケミナカタだった。
「軍神であるこの儂の加護があるからな……。当然の結果と言えよう」
ソフトボール大の大きさで登場する黒い球状のタケミナカタ。ここは神域なのに何故このサイズなのか?
「えっ!? 軍神っていうことは、まさかこれが修馬を加護しているっていう建御名方神なのか?」
今のやり取り目の当たりにした茜は、困惑した様子で珠緒に視線を向けるが、彼女は彼女で眉をひそめて小首を傾げている。
「建御名方神、前回お会いした時とは随分お姿が変わりましたね?」
珠緒が以前会った時は、人型の状態だったので不審に思っているようだ。タケミナカタもそう言われ、言葉が詰まってしまう。
「ぐぅ……。そ、それは……」
「建御名方神は苦手なことがおありなようで……」
茜の隣に立つ葵は、そう言って深いため息をつく。
「何それ? どういうこと?」と茜。
「建御名方神は雷がお嫌いなのでしょう。かつて雷神、建御雷神に力比べで負けたことがあるようですから」
葵がそう言うと、タケミナカタは体を楕円形にへこませ、「うー……」と唸った。どうも神話の中の話をしているようだ。タケミカヅチという神様の名は何となく知っている。
「先ほど放った雷術に怯んで、本来の姿に戻れなくなってしまっているのではないですか?」
その術者本人である葵は、更に煽るように言ってくる。この子、大人しそうな見た目に反し、茜以上にサディスティックな性格のようだ。
「儂、この娘、嫌い」
短い言葉で今の感情を言い表すタケミナカタ。この神様の加護を受けている、こっちが何故か恥ずかしい気持ちになってきてしまう。
「おお、建御名方神、気が合うじゃんか! 葵の奴、ちょっと強い術が使えるからって生意気なんだよな!」
強引に同意する茜はフレンドリーにタケミナカタを触ろうとするが、近くにいた珠緒は恐れ多いことだと言わんばかりに全力で阻止した。
葵のことを嫌いと断言したタケミナカタだが、茜のこともちょっと苦手そうに身を引いている。だんだんカオスな状況になってきたが、騒ぎを起こした葵は特に興味もなさそうだ。
「アハハハハハハッ! 姿かたちにとらわれるのは人間の悪い癖ね」
突如として、笑い始めるディバイン。そういえば、こちらの神様も姿かたちには少々難がある。
「そ、そう、流石はヤモリ。物事の本質をよく理解しておる」
「誰がヤモリよ、この泥団子! わらわはあんたみたいな黒玉が神様だなんて、認めてないんだからねっ!」
ディバインは自己矛盾していることにも気づかずに激昂する。そういえば彼女は同じ神様でも、タケミナカタや伊集院の守護神であるオモイノカネとかいう神様とは毛色が違うようだ。
「ところでディバインって、どこの神様なの?」
「あんた、今さら何言ってんの? ユリナがいわゆる黎明の世界の住人なんだから、それを守護するのも向こうの世界の神に決まってるでしょ、このすっとこどっこいの唐変木!」
無茶苦茶に叱られる修馬。よく考えたら確かにそうかもしれない。毛色が違うどころの話ではなさそうだ。
「アルコの大滝から落ちたユリナが助かったのは、わらわのお陰と言っても過言ではないわ。っていうか『星巡り』の力で落下の途中無理やり異世界転移させたんだから、120%わらわのお陰よね?」
ディバインが下を覗き込むと、友理那は息を合わせるように上目遣いに見上げた。
「……うん。あの時私は意識を失ったからあんまり覚えてないけど、あれがディバインとの出会いだったのよね」
「そういうことよ。ユリナの幼少期から見守ってきたわらわにとっては、あれが出会いって感覚はないけどね。まあそれで、こっちの世界に来たら来たで、ユリナが急に暴走するから肝を冷やしたわ」
アハハハハと笑いながら、その時のことを語るディバイン。
友理那はアルコの大滝から修馬の通っている信濃吉田高校の屋上に転移してきたらしいのだが、意識が戻ると、自分が死んでないことに気づいた彼女は、すぐにまたそこから身投げしてしまったらしいのだ。だが、修馬が異世界では死なないように、友理那もまた、こちらの世界では死ぬことはなかった。
「オミノスを復活させようという天魔族の策略を、私は命を絶つことで阻止しようとした。だけど怪我の一つもなく、更に見たこともない場所で目覚めた私は、考えがまとまらないまま再びそこから飛び降り、自殺を試みたの」
その友理那の言葉を聞き、修馬は以前伊集院が言っていたことを思い出した。1学期の終わりに若い女が屋上から飛び降り意識不明の重体になったのだが、その後、患者は搬送された病院から音もなく失踪してしまったという怪事件。修馬の中で半ば都市伝説と化した話だったが、あれは実際に起きていたことで、その犯人は目の前にいる友理那のことだったようだ。
「学校中で噂になってたからその話は知ってるよ。じゃあ転校生っていうのも嘘だったのか……」
嘘をつかれていたことにショックはないが、あの事件によってだいぶ翻弄されているようであった担任教師の望月が少しだけ不憫に思えた。
「死ぬことの出来なかった私は、しばらくの間学校の旧校舎で寝泊まりし、髪を茶髪にして黒髪の巫女であることを隠した。こっちの世界には髪色が変えられるという、便利な薬があったからね」
友理那は淡く透き通る栗色の髪を手でかきわけ、真っすぐに前を向いた。
異世界から転移してきた友理那の投身自殺と、こちらの世界では死ねなかったことによるその後の失踪。それが半月程前に学校で起きた事件の真相だったようだ。