表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第22章―――
95/239

第94話 幽閉された場所

 羊角ようかくを持つ女、ヘリオスが消え、静寂を取り戻した奥社の周辺。

 涼やかな風が山の頂上から吹き下ろすと、霧でしっとりと湿っていた空気が軽やかに入れ替わっていった。


「ずーるーいー! また、葵ばっかり活躍して!!」

 静けさを取り戻した神域に響き渡る、甲高い茜の声。彼女が両肘を揺らしながら地団太を踏むと、奥社の前で俯いていた葵は退屈そうに顔を上げた。


「そんなことないでしょ。茜のおかげで助かったわ」

「ふざけんなっ! 茜は何にもしてないし!!」


 堂々とした立ち姿で、力強く相手を指差す茜。修馬としては、ヘリオスの攻撃を防いでくれた茜に感謝をしているのだが、本人的にはあまり手ごたえを感じていないようだ。


「そんなことはないわ。あの出鱈目に増えたクソ女の偽物を倒したのは、茜が祈祷した『御神鏡ごしんきょう』のおかげでしょ」

 葵がそう言うと、皆の視線が友理那の持つ円形の鏡に向いた。術者こそ友理那なものの、あの鏡自体は茜が力を込めて作られたものらしい。だがそう言われても、茜は首を縦に振らない。


「違うじゃん、違うじゃん! 茜も、自分の力で直接倒したかったのにぃっ!!」


 食い違う茜と葵の見解。そんな双子姉妹の口喧嘩を見かねたように、珠緒がおずおずと間に入っていく。

「まぁまぁ、広瀬くんも来てくれたことだし、揉め事はこれくらいにしましょう」


 何とも声をかけづらい雰囲気だったが、珠緒が名前を出してくれたおかげでこちらに注目が集まった。


「あの、遅れてごめん。……とりあえず何て言ったらいいかわからないけど、禍蛇まがへびは俺が倒すから」

 修馬は伊織に託された初代守屋光宗『贋作』を手の中に召喚した。黒い鞘に収められた業物の日本刀。


「お父様からそれを譲り受けたのですね、広瀬修馬さん」

 大人びた口調でそう言ってくる葵。

「けどその刀じゃ、禍蛇は倒せないって言ってたぞ」

 そして男の子のような口調で言ってくる茜。修馬はそれに対し、浅く頷いた。


「けど伊織さんは、天之羽々斬あめのはばきりを再現してくれると約束してくれた。後は俺が禍蛇討伐に必要だというもう一つの武器、天魔族に伝わる『アグネアの槍』を異世界で手に入れる。絶対に……」


 そこまで言葉を言ったところで、ようやく九頭竜社の前で佇む友理那と目が合った。ずっと会いたいと願っていた彼女だが、こちらから話しかけにくいという感覚もあった。

 それは異世界での話。沈みゆくセントルルージュ号の中で、修馬は友理那のことを守り切れず、天魔族のクリスタ・コルベ・フィッシャーマンにそのままさらわれてしまったのだ。ただあの船の状況では、天魔族にさらわれることこそが、唯一友理那を生かすことが出来る選択だった。


 ごめん。俺は君のことを守り切れなかった。


 その言葉が喉元まで出かかったその時、逆に友理那の方から頭を下げられ、修馬はびくりと肩を跳ねらせた。


「ごめんね、ちゃんと助けて貰えなくて。けど私のことなら大丈夫」

 友理那は何かを思い返すように虚空を見つめ小さく息を吸い込むと、ぐっとそれを飲みこみ、決意を示すように真っすぐに前を向いた。


「私は今、どこか遠くの島にある、とても高い建物の一室に幽閉されています。けど命の心配はないはず。何故なら龍神オミノスの封印を完全に解くには、黒髪の巫女である私の力が絶対に必要だから……」


 友理那は己の口でそう言った。これまでは黒髪の巫女、ユリナ・ヴィヴィアンティーヌは自分ではないと主張していたのだが、やはり彼女は伊織が言っていた通り、こちらの世界の人間ではなく、異世界に存在するアルフォンテ王国の王女だったのだ。


「やっぱり君はアルフォンテ王国の王女、黒髪の巫女だったんだね」

「今まで騙していてごめんなさい。私はとある天魔族の男に襲われた時にアルコの大滝から身投げして、自らその命を絶とうとしたのだけれど、何の因果かそこで死ぬことは叶わなかったの……」


 友理那が言うとある天魔族の男というのは、帝国にあるエフィンと村で出会ったハインのことだ。あの男、酒の席でその時のことを語っていたから間違いない。


「そして己を死んだことにして天魔族の目を欺こうとしたのだけれど、結局彼らをごまかすことは出来なかった。自分の親は騙すことは出来たのに、皮肉なものね」


 胸に手を当て、少しだけ眉を寄せる友理那。彼女の悲痛な心情が、こちらにも痛々しく伝わってくる 


「大丈夫。どこにいようと見つけ出し、必ず、君のことを助ける……」

 覚えたての言葉を喋るようなたどたどしい口調で修馬が言うと、それを聞いた友理那は笑う様に目を細めた。


「修馬は無事なのね」

「うん。俺は向こうの世界では死なないらしいからね」


 海で溺れようとも、短剣で首を裂かれようとも、異世界ではすぐに生き返るらしい。痛みは普通に感じるので、好んで怪我を負いたくはないものだが。


 そして友理那は躊躇するようにたっぷりと間を置くと、「マリアンナは無事なの?」と聞いてきた。


「マリアンナは……」

 そこで言葉が詰まる修馬。正直、セントルルージュ号沈没後の彼女の安否は確認が取れていない。


 修馬が静かに首を横に振ると、友理那は暗く表情を沈めた。


 だが、彼女に関して全く情報がないわけでもなかった。星屑堂の店主、アイル・ラッフルズは、アルフォンテ王国製の甲冑を着た金髪の女性が客として店に訪れたと話していたのだ。


「俺は今、色々あって千年都市ウィルセントに辿り着いたんだけど、そこでマリアンナに似た人物の目撃証言があったんだ。その人は陸路で帝国に行くと言っていたらしいから、俺もそれを追って帝国に向かうつもり」


 修馬がそう言い終わるや否や、友理那の表情がぱっと明るくなり、今にも抱きついてきそうな雰囲気を醸し出してきた。実際には全く抱きつかれなかったのだが。


「お願い! マリアンナのことを捜し出して。彼女はきっとあなたの力になる。私を助けるのはその後でいい……」

 切実さを滲ませた彼女の言葉。現実、安全が確保され居場所のわからない友理那を捜すよりも、不確定ながら情報のあるマリアンナの捜索を優先させるほうが理にかなっているだろう。


「わかった。けど友理那はどこに捕まっているんだ? そこは帝国じゃないのか?」

 重ねる修馬の質問に、友理那は眠るようにゆっくりと頷いた。


「あの後私は、帝都レイグラードに連れていかれたけど、今いる場所は帝国じゃない別の国の別の島。……恐らく私は、魔王ギーの住む城に捕らえられているんだと思う」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ