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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第22章―――
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第92話 戸隠山の鬼女

 いつの間にか薄霧が湧き出してきた険しい参道。修馬は不規則に造られた石段を、跳ねるように駆けていく。

 進んでいくにつれ勾配が急になり、足元の状態も悪くなっていった。膝や腿に疲労が溜まってくるが、友理那たちのことを考えればその足が止まることはなかった。


 横にある小さな滝に涼を感じることもなく通り過ぎると、霧の向こうに神社らしき建物が見えてきた。

 ようやく辿り着いたかと思い、乾いた喉の奥に無理やり唾液を流し込む。するとその時、突然大きな地響きがして、上の方から複数の悲鳴が聞こえてきた。


 地震かと思ったが、揺れ自体はすぐに治まった。しかしそれとは別に、視界の左手に見えるやしろの屋根が一部弾け飛び、大きな破壊音が鳴り響いた。木の欠片が階段の下に向かってガラガラと降り注ぐ。


 これは少し遅かったか?

 粉塵を防ぐように腕で顔を押さえ、修馬は歩きづらい石段を駆け上がって行くと、それとは逆に上の方から一般の参拝客が慌てて下りてくるのが見えた。


「大丈夫です! 危ないから、ゆっくり下りてください!!」

 見知らぬ参拝客に大きく声をかける。そうは言っても、落ち着いてはいられないだろう。足を滑らし転倒する人が続出している。


 転んでいるお年寄りを助けてあげたいが、そうもしてはいられない。修馬は自分で大丈夫ですと言った根拠を示すために、出現したであろう魔物を退治することを優先することにした。俺が真っ先にすべきは、混乱の元凶を叩きのめすことだ。


 赤茶けた色の小さな鳥居を潜り、左手にある屋根を一部破壊された古い木製の社に向かう。何となくだが、あれが九頭竜社くずりゅうしゃだと理解した。


「友理那っ!!」

 九頭竜社の中に向かって声を上げる修馬。しかし返事があったのは、背後にある比較的新しい建物の方からだった


「随分いい頃合いに来るのね。お前が広瀬修馬か?」

 恐らく奥社と思われる社殿から勇ましく現れたのは、青白い肌の異形の女。彼女の額からは牡羊のような螺旋状の太い角が伸びている。


「ああ、そうだ。お前がヘリオスだな」

 狒々ひひが言っていた名をそのまま言うと、羊角ようかくの女は衝撃を受けたように大きく身を引いた。

「何故、我が名を知っている? 人間ごときが調子に乗るなっ!」


 名を呼ぶことがどうして調子に乗っていることになるのかは理解出来ないが、羊角ようかくの女は怒りを体現するように地面に右の拳を叩きつけた。

「大地の波紋っ!」


 すると地面から膨れ上がるエネルギー体のようなものが、波打ちながらこちらに向かってきた。

 修馬は跳び上がりかわそうとしたが、どこからか現れた小さな女の子が守るようにその間に入り、真っすぐに立ちはだかった。


「ここはあかねに任せろ! はらたまえっ!!」

 そこにいる花柄ワンピースを着た幼女は、伊織の双子の娘。あおいと茜の茜の方。彼女が腕を鞭のように横に払うと、地面を伝ってきたエネルギー体が跡形もなく消え去った。


「まだ生きていたのか、この幼児! 大人しく息絶えなさい!」

 羊角ようかくの女は地面を蹴って前に出ると、茜の腹に掌底打ちを喰らわせた。彼女の軽い体は空っぽのポリタンクのように吹き飛び、地面を転がっていく。


 青褪めた顔で振り返る修馬。だが茜は、倒れたまま両腕両足を伸ばして「痛いの痛いの飛んでいけーっ!!」と叫ぶと、先程の攻撃が無かったのように跳び起きてみせた。


「こらーっ! 守屋家のまじないを舐めるなよ、このクソ巻き女ーっ!!」

 茜が感情を爆発させるように声を上げた直後、その背後から葉っぱ柄のワンピースを着たもう1人の幼女が姿を現した。


「茜、下品な言葉は控えなさい。仮にも女の子なのですから……」

 凛とした面持ちの、大人びた態度の幼女。この子がもう1人の葵ちゃんだろうか? 双子なのにキャラがまるで違い過ぎる。


「全く面倒ね。こうなったら、全員まとめてあの世に送ってやるわ!」

 羊角ようかくの女は顔を紅潮させ声を上げた。クソ巻き女と言われてことに怒りを覚えているのだろうか? 確かに女の角は螺旋状に伸びていて、イラストに描いたとぐろ状のそれに見えなくもなかった。


「ほら、怒ったじゃないあの人」

「良いんだよ! 頭にクソ乗せてるクソ巻き女なんだから、そう呼ぶしかないし」

「だからクソは慎みなさい」


 そんな感じに葵と茜が言い合っていると、顔を赤くした羊角ようかくの女が不気味なオーラを放ち出した。

「私の名は、ヘリオス・ガリア・ブルッケン。相手が子供だからといって容赦はしない!」


 何らかの攻撃を仕掛けようとしている、ヘリオスという名の羊角ようかくの女。どうやらこいつも、天魔族だったようだ。


「宿り傀儡かいらい!!」

 ヘリオスが叫んだ。すると、彼女の背後に生えている2本の木々が急激に縮まっていき、羊角ようかくを持った彼女と同じ姿に変化し、意志をもったように「ふふふ」と笑い出した。分身のような奇妙な術。


「この森の植物には強力な力がある。だったらその力、使わなくちゃもったいないじゃない」

 3人のヘリオスの笑い声が不気味に重なり、山彦のように儚く反響した。

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