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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第22章―――
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第90話 最悪の目覚め

 電撃でも受けたかのように体が大きく揺れ、そして一気に目が覚めた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 心臓の鼓動が耳の奥に伝わってくる。修馬は布団の上に横になったまま、しばらく呼吸を整えた。未だに脳裏に残るライゼンと名乗る男の顔。修馬はその男に腹を刺され、そして問答無用に首元を裂かれ殺されたのだ。


「……おおぅ」

 少し思い返しただけで、胃の中の物が逆流してきた。這うように布団から出て、ビニールの内袋を入れたごみ箱に激しく嘔吐する。昨日の晩御飯は少ししか食べていなかったため、胃液しか出てこない。にも拘わらず胃は強く収縮し、ありもしない内容物を押し上げようとしていた。


 もう何も出ないというのに「おえぇぇ! おえぇぇ!」と苦し気な声を出し続ける修馬。胃液に晒された喉が痺れ、不快な味が口の中に広がった。


 朦朧としながら額を押さえ暫し呆然としていると、修馬のいる部屋のふすまが静かに開けられた。


「大丈夫ですか? 修馬くん」

 遠慮がちに聞いてくる伊織。あまりの声に心配になって来てくれたようだ。


「ごめんなさい。異世界で殺されたというか、殺される夢を見ていたというか……」

 何かを弁明するように言うと、伊織は眼鏡の奥の目を閉じ深く頷いた。

「修馬くんが寝ている間に別世界に行き来しているということは、珠緒たまおさんから聞いています。にわかに信じ難いことですが……」


 荒く呼吸をしながらゴミ箱を抱え込む修馬。今まで死んでしまう夢は何度か見たことがあるが、リアルに殺されるのはその何万倍も辛い。額から流れた脂汗が、鼻先を通りゴミ箱の中に滴り落ちる。あのライゼンという男は、一体何者だったのか?


「しかし不幸中の幸いでしたね。別世界での死は、無効化されるという話ですから」

 よくわからないことを言ってくる伊織。修馬はゴミ箱に寄りかかりながら「えっ?」と聞き返した。


「ご存じないですか? 別世界にいる時は傷を負ったとしてもこちらの世界に移動すればすぐに回復するし、仮に死んでしまったとしても強制的に生き返るんだそうです。友理那さんがそう仰ってました」


「友理那が? そうなんだ……」

 現実世界と異世界を転移することで怪我が全回復することは気づいていたのだが、死んでも生き返るというのは初めて知った。確かに今思うと、セントルルージュ号の沈没に巻き込まれたあの時、自分は恐らく死んでいたのだろう。助けてくれた虹の反乱軍のメンバーも、「生き返った」みたいなことを言っていたから間違いない。


「友理那も異世界で死んだ経験があるのか……」

 死とは当然辛いものだという自覚はあるが、こうして初めて経験することで、本当の恐ろしさを知ることが出来た。あんな思いをするのはもうまっぴら御免だ。


「ただ友理那さんは別世界の人間なので、異世界ではなく、こちらの世界で一度亡くなっているようですが……」

 伊織は言う。修馬はそうなのかと思い軽く頷くが、頷いたままその首を大きく捻った。


「友理那が異世界の人間?」

「それもご存じではなかったんですか? 鈴木友理那と名乗っていますが、本当の名はユリナ・ヴィヴィアンティーヌ。向こうの世界での、禍蛇まがへびに関わる巫女なのだと伺っています」


 伊織の言葉を聞き、言葉に詰まってしまう修馬。

 友理那が黒髪の巫女ではないかということは、彼女自身がはっきり否定していたことなのだが、それはまったくの嘘だったのだろうか?


 伊織は部屋の端に移動すると、窓を大きく開いた。朝の涼し気な風が部屋の中を旋回していく。

「修馬くんが知らないということは、友理那さんは向こうの世界で身分を偽る必要があったのかもしれませんね」


 確かに友理那が黒髪の巫女なら、天魔族に狙われてしまうので身分を偽る必要がある。だが今現在、彼女はすでに天魔族に捕らえられてしまっているので、それは意味がないものだったようだ。


「黒髪の巫女の拉致、魔霞まがすみ山の噴火、龍神オミノスの復活……。もしかすると異世界は天魔族の望んでいるシナリオになってしまっているのかもしれない」


 そう言って立ち上がる修馬。窓の外を眺めている伊織は大きく息をつき、そしてゆっくりと振り返った。

「友理那さんに会いたいですか? 修馬くん」


 友理那と最後に別れたのは、沈没するセントルルージュ号の船内でだ。あの時しっかり守っていれば、彼女は天魔族にさらわれずに済んだはず。自分が不甲斐ないためにこんなことに……。


「……会いたい。会って、友理那に謝りたい」

 自然とこみ上げてくる感情を抑え、声を上ずらせながらそう答える修馬。伊織は小さく頷くと、修馬の肩をポンと叩いた。


「こちらとしては友理那さんにもう少し修行して頂きたいのですが、禍蛇の復活が思いの外、近づいているようです」

 そして伊織はポケットの中から何かを取り出し、ぶらぶらと揺らしてみせた。それは車のキーだった。


「今から車を出します。一緒に奥社おくしゃ入口まで行きましょう」


 突然言われたその言葉。だが修馬は、それが何を意味するのかいまいち理解出来なかった。

「どういうことですか?」


「どういうことも何も、その言葉の通りです。友理那さんは、奥社参道を登った先にある九頭竜社くずりゅうしゃにいます。……修馬くん、彼女を迎えに行ってください」

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