第88話 リスタート
龍神オミノスを時空の狭間に封じてから1日が過ぎ、昨晩から泊まっていた星屑堂を後にする修馬とココ。災害があったためなのか、街には人の通りが多い。
「それでは師匠、道中お気をつけてください」
アイルはココの背後に立ち、彼の着る藤色のポンチョの肩の位置を整えた。ココは振り返って見上げると、ねぎらう様に優しく微笑む。
「ありがとう、アイル。ベルラード三世に会うことが出来たら、またウィルセントに戻ってくると思うから、それまでに『星巡り』について調べておいてね」
「もちろんです。星魔法研究の第一人者として、必ず星巡りに成功してみせます。私も黄昏の世界には行ってみたいですからねぇ」
聞くところによると、星巡りというのは異世界と現実世界を移動するための秘術なのだそうだ。黄昏世界のシュマの愛好家であるアイルは、その点からも是非とも星巡りに成功したいのだろう。
「天候もだいぶ回復したみたいで良かったよ」
ココは背伸びでもするように空を見上げる。昨日空を埋め尽くしていた暗雲は、すでにウィルセントの街から遠く離れた空に残るのみとなっていた。一時はどうなることかと思ったが、ココ達のおかげで一難は去ったわけだ。次の災いが起きてしまう前に、次の一手を打たなければならない。
「それじゃ、行こうか。帝国へ」
修馬は気持ちも新たに髪をかき上げ、一歩前に歩み出た。仲間に大魔導師がいる今の修馬は、いつになく勝気だ。大概の魔物はココが退治してくれることだろう。
「けど、本当にその鎧で良かったんでしょうか?」
店の前に立つアイルは、少し不満そうにそう尋ねてきた。現在修馬が着ているものは一般的な旅人が好んで着る綿織物の鎧と呼ばれるものに肩当てを追加して首回りを強化したものなのだが、彼女的にはもっとごつい鎧を装備させたかったようだ。だがあんな重い物を装備して、まともに戦える気はしない。
「うん。これの方が動きやすいからね」
修馬は軽くジャンプしてそう主張した。それに、以前と同じ鎧を着ていればマリアンナもこちらのことを捜しやすいだろう。
ココは持っている振鼓の杖をくるりと回すと、下部の石突で地面を軽く叩いた。カロンという優雅な音が先端の太鼓から聞こえてくる。
「シューマが良いなら、それで行こう。帝国までは長い道のりだし、軽い鎧の方が都合が良いのかもしれない」
「そうですか。師匠もシューマさんも道中お気をつけてください」
アイルに丁寧に見送られ、修馬とココは新たな旅を開始した。
先日の地震によって崩れた建物の復旧に勤しんでいる街の住人達を横目に、2人は黙々と歩いていく。噴火の煙による暗雲も去ったせいか、被災しながらも前向きに再建に取り組んでいる様子が伺える。この街の住人はきっと大丈夫だろう。
そして街を抜け、勇者モレアの石碑のある山の入り口に辿り着くと、ココの柔らかそうなパーマヘアーが何かに反応するようにふわりと浮き上がった。
「魔物だ。こんな街の近くに随分強そうな魔物がいたもんだ。これも龍神オミノスが復活した影響かな?」
「えっ、魔物!?」
慌てて周囲を見回す修馬。木陰に隠れていてわからなかったが、よく見ると山の入り口になっている道を塞ぐように赤黒い肌をした人型の魔物が立っていた。手には巨大な金棒を持っている。
「いわゆる戦鬼ってやつだね」
「戦鬼っ!?」
「しかも鎧を着てるから、人間並みに頭の良い種類なのかもしれない」
「ええーっ!!」
こちらに気づいたのか、だらだらと近づいてくる戦鬼。どうもこの魔物とは悪縁があるようだが、運が悪かったな。俺の仲間の強さを存分に味わうがいい。
修馬が後ろで見守る中、頼もしく立ち向かうココ。見た目は少年のようだが、流石は大魔導師である。
「仕方ないなぁ」
ココが杖を横に振ると先端から炎の弾が放たれた。その炎は蛇行しながら勢いよく飛んでいき、戦鬼の体を大きく包み込む。
戦鬼の大きな体は瞬く間に燃え上がったが、強く体を震わせると一瞬にしてその炎は煙と化してしまった。
「あれれ?」
不思議そうに口を曲げるココ。だがその手は休めることなく、次の攻撃に備えていた。
ココは右手に炎を宿し、左に持つ杖の先端に凍える冷気を纏わせた。サッシャとの戦いの時にも見せた、2つの魔法を同時に使う戦法だ。
「行け、『赤き煉獄』、並びに『白き酷寒』!!」
燃え盛る炎と凍てつく冷気がココから放たれる。だがその2つはすぐに大きさが萎んでいき、戦鬼に辿り着く前に形を消してしまった。
虚を突かれたような顔をした戦鬼だが、再び身構えると巨大な金棒をココと修馬に向かって思い切り振り下ろしてきた。
左右に跳び、その攻撃を避ける修馬とココ。金棒は土をめくり上げ、地面に深く突き刺さっていた。ぞっとする体温が下がる修馬。
「うーん、やっぱりそうか……」
右に避けたココが、顎を押さえながら何やら考えている。
「な、何してるのっ!?」
修馬は呑気に首をひねるココを注意するように声を上げた。当然、戦鬼はその隙を見逃さず、次の攻撃に備え金棒を野球のバッターのように構える。
「やばいっ! 出でよ、涼風の双剣!!」
修馬は両方の手の中に逆手の状態で短剣を出現させると、すぐに切っ先から風を噴出させ地面を蹴った。
草の上ぎりぎりを滑空する修馬。戦鬼が金棒をスイングするよりも速く移動すると、ココを抱えそのまま地面を転がった。
倒れた体を起こし後方を振り返る。見ると金棒を大きく振り被った戦鬼の姿があった。2発目も上手くかわすことが出来たようだ。
「ありがとう、シューマ。何だが昨日の魔法の影響が体に蓄積してて、いつもの調子で魔法が使えないみたいなんだ」
「そ、そうなの!?」
では、あの戦鬼をどうするのか? そんな疑問を頭に浮かべた次の瞬間、ココは魔法の力で宙に浮き修馬の顔を上から見下ろしてきた。
「今日のところは逃げようか」
そう言い残し、その場から高く飛翔するココ。
まじかっ!?
修馬は愕然としたがすぐに正気を取り戻すと、涼風の双剣から噴き出す風に乗って、唖然と空を眺めている戦鬼の横を通り過ぎた。
ココもそれに合わせて、山頂に向けて飛んでいく。2人は戦鬼が困惑している隙に、無事山の中へ逃げこんでいった。