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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第20章―――
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第87話 異界の門

 水流に浮かぶ青白い顔が、さげすむような目でこちらを見る。


 修馬は持っていた初代守屋光宗『贋作』を床の上に置いた。守屋家にとっては非常に大事な刀なので直置きすることに抵抗があったが、別の武器を召喚するためにはそれも仕方がない。


「出でよ、天地の大槍!!」

 タケミナカタが有効だと言っていた武器の召喚を、威勢よく試みる。だがどうしてなのか、手には何も現れなかった。


 一瞬思考が止まったその時、ヤロカ水と呼ばれる魔物から矢のような水流が修馬目掛けて放射された。


 反射的に廊下を転がり避けると共に、バキッっと何かが砕ける音が響いた。

 体を起こした修馬が元居た所に目を向けると、渡り廊下の木製の手すりの一部が砕かれてしまっているのが見えた。水で出来た矢だが、予想以上の破壊力だ。


「おい、天地の大槍も召喚出来ないぞ!」

 修馬はそう抗議したのだが、タケミナカタは澄ました顔で悪びれる様子もない。


「それはそうじゃ。今は儂の力が弱まっておるからな。異界の武具は、もれなく召喚出来ぬであろう」

「何だよそれ!? 偉そうに言うなっ!!」


 やむを得ず修馬は、再び初代守屋光宗『贋作』を召喚しヤロカ水に向かって構えた。立ち昇る水流に現れる死人のような女の顔。だが恐れてはいけない。剣を持った時こそ、心を落ち着かせなくてはいけないのだ。


 目を反らさずに大きく深呼吸する。相手と呼吸を合わせ、攻撃のタイミングを計ろうと思っていたのだが、敵は予備動作無しに高圧洗浄機のような勢いで幾つもの水を放射してきた。

 しかし防御に関しては少々覚えがある。修馬は正面から来る攻撃を、手持ちの刀で綺麗に全てさばいて見せた。


「おお。修馬くん、見事です!」

 伊織はこちらに感心しながらも、次々湧いてくる河童をほふり続ける。師匠も流石の腕前だが、このままでは埒が明かない。ヤロカ水とやらの倒し方を考えなくては……。


 一か八か水流に刃を叩きつける。だがやはりそれは水と同じく、少しの抵抗があるだけで斬った手応えは感じられない無い。


「駄目かっ!」

 反撃の水流を弾きながら後退する修馬。すると横から「ならば顔はどうじゃ?」と婆ちゃんが助言してきた。言われてみれば確かに顔だけは、しっかりと実体があるように思える。あそこなら物理攻撃も通用するのかもしれない。


 勢いに任せ、数度刀を振る。初めは水流の中で顔が上下に移動し当てることが出来なかったが、最後の一振りが額の端を切り裂き赤い血がほとばしった。


 ようやくの手応えに喜びを感じたが、すぐに絶望感に襲われた。表情が皆無だったヤロカ水の顔が、怨念に満ちた形相に変化していたからだ。


 膝ががくがくと揺れだすほどの恐怖。せっかく弱点を掴んだのだが、腰が引け刀を持つ腕が上がらなくなってしまった。


 だが激高するヤロカ水は、容赦なく攻撃を仕掛けてくる。修馬は膝の震えを堪え、這うように逃げ惑った。


「修馬くん、先程の言葉をもう忘れてしまったのですか?」

 横から伊織にそう言われると、はっと目が覚めるような感覚に陥った。剣の道に必要なのは明鏡止水めいきょうしすい。心を落ち着かせ、澄み切った心を保たなければいけないのだ。


 俺がこれから相手にする敵は天魔族。よくわからない妖怪程度に、怖気づいている場合ではないはずだ。


 動きの止まった修馬目掛けて、レーザーのような水流を放射するヤロカ水。だが修馬は、刀を強く振りその軌道を横に反らせた。

 ここが正念場だ。見た目の恐ろしさには惑わされない。


「……その悪人顔、この『贋作』で叩き斬ってやる!」

 言葉が通じているのかはわからないが、ヤロカ水の表情がより険しくなった。火に油を注いでしまったかもしれないが、後悔はしてない。


 行くぞっ!

 心の中でそう唱えると、修馬は放射される水流を掻い潜り一気に間合いを詰めた。大量にかかるしぶきが、水のトラウマを呼び起こさせる。だがそんな恐怖心を越え、修馬は刀を前に構えたまま特攻した。


 風を掻きわけ、槍の如く刀を突きだす。その切っ先はヤロカ水の眉間に、見事に突き刺さった。


「あああああぁ……」

 井戸の底から聞こえるような低くくぐもった声が、山彦のように辺りに響いた。


「……俺の勝ちだ」

 刀を引き抜くと、ヤロカ水は目と口から赤い血を流し水の中に沈むように消えていった。立ち昇っていた水流も全て落下し、小さな池に大きな波紋が広がる。


 これでけりがついたと思い、ほっと刀を下ろすと、突然波打つ池の中から1匹の河童が襲い掛かってきた。修馬は構えることも出来ずに咄嗟に身を屈めたが、それは横にいた伊織が素早く刀を振り一撃で始末してくれた。


「まだ終わりではないですよ、修馬くん」

 伊織はそう言って池を指差す。屈めていた体を起こしそちらに目を向けると、池の真ん中で回転する白い渦巻きを確認することができた。


「これは……?」

 不自然に回る池の水。昨日テレビで見た長野駅上空の雲のように、綺麗な渦を描いている。


「ああ、どうもそこが異界への門になっておるようじゃな」

 寄って来た婆ちゃんが、しげしげと眺める。


「異界への門?」

 それを聞き修馬は、異世界で聞いた時空の扉という言葉を思い出した。異界への門、時空の扉、そして長野駅上空に現れた白い渦。この3つは、見た目が非常に酷似している。つまりどういうことなのか?


「これはどうすればいいの?」

 そう聞くと、婆ちゃんは息をつき億劫そうに肩を落とした。


「池の水を全部抜くしかないねぇ」

「池の水を? どうやって?」

「……バケツリレーじゃな」

「バケツリレー!?」

 殊の外原始的な提案に戸惑う修馬。本気で言っているのか冗談なのか、いまいち判断がつかない。


「まあ、河童を倒しながらそんなことをしている暇もないし、またさっきみたいな凶悪な水妖みずあやかしに出てこられても困るからね……。ここはお前の神様にお願いすることにしよう」

 婆ちゃんはそう言うと、黒い球体のタケミナカタに向かって小さな手のひらを向けた。タケミナカタは以前、自分の姿は修馬以外の人間には見えていないと言っていたが、守屋家の住人には当たり前に見えているようだ。


かしこかしこみももうす……」

 祝詞のようなものを読みあげる婆ちゃん。するとタケミナカタは薄い光を纏い、黒い球体から人の姿へとゆっくり変化していった。それを目にした伊織は、またも深く頭を下げた。


「うむ、完全復活である。小僧、天地の大槍を召喚し、渦の中心に突き刺すのじゃ」

 早速命令してくるタケミナカタ。何となく従いたくない気分だが、バケツリレーはしたくないので、今は素直に彼の言う通りにしておこう。

 池を向かい合い、持っている初代守屋光宗『贋作』を投げ捨てる修馬。その時、伊織が顔をしかめるのが少しだけ見えた。


「出でよ、天地の大槍!」

 そう唱えると、先ほどは出現しなかった武器が修馬の手の中に現れた。薙刀のように刀身の大きな槍。


 重い槍を落ち上げた修馬は、タケミナカタに言われた通りその槍の先端を池に中に突き刺した。池の底に刃先がぶつかり、ガッと擦れると、ボコッという大きな音が底の方から鳴った。


 やがて白い渦の中心から巨大な水泡が幾つも浮かび上がると、池の水は地の底に沈むようにその水位をどんどん下げていった。


 これは思いのほか、早く済みそうだ。修馬は槍を握る手に力を込め、減っていく水位をじっくりと見守る。そして水が無くなると、干上がった池の底に腹や背の肉を食われた大きな鯉の死骸が無残にも残った。


「むう、爺さんの錦鯉を食ったか、物の怪どもめ……」

 それを見た婆ちゃんは、目を細め深くため息をついた。


 魔物の発生はこれで治まったが、陰鬱な空気と生臭い臭いが屋敷の周辺に重苦しく残った。


  ―――第21章に続く。

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