第82話 時空の扉
アイルのオミノスを封じ込めるという言葉に、驚きを隠せない修馬。
「出来るの、そんなこと!?」
その質問に、ココはあっさりと頷いた。
「復活したオミノスは成体になるまで10日から20日程かかると言われてるから、それまでの間なら魔法の力だけで封印することも不可能ではないはず」
魔霞み山が噴火したことで、最早手遅れなのかと思っていたが、最後に僅かな希望が残っていたようだ。だが横にいるアイルは、難しい顔で奥歯を噛みしめている。
「時空の扉を開き、そこにオミノスを封じます。しかし成功する確率は5割くらいでしょうか……」
「それに時空の狭間は、魔霞み山と違い大地や聖地の恩恵を受けられないので、すぐに封印が解けてしまう恐れがあるのです……」
ララは申し訳なさそうに肩をすくめる。確率的にはフィフティーフィフティー、いや、その後のことも考えると、割の良い策とは言えないようだ。
だがココは、そんな彼女の両肩を優しくぽんと叩いた。
「けれど今は大地の力が弱まっているからね。それ以外の筋道は考えられないよ」
そしてココとアイルとララは、店の前の大きな十字路の中央に集まった。何の役にも立たないと思うが、一応修馬も後に続き、その中に交わる。
暗雲の中から地鳴りのような雷鳴が轟いた。
ココはポンチョ中に隠していた杖を取り出した。振鼓の杖だ。そして精神を集中させるように呼吸を整えると、辺りに肌がそそけ立つような緊張感が広がった。混乱の続く街が、薄っすらと静けさを取り戻しはじめる。
「我に宿りし龍神よ、その絶大なる魔力をこの身に与え給え……。『魔導解放』っ!」
そう唱えると、ココの全身から光が溢れた。そして彼の足元を中心に魔法陣が出現すると、大きなガラス球が弾けたような光の粒が地面いっぱいに広がった。魔法を使いこなせない修馬にも、大気に魔力が満ちていることは何となく感じることが出来る。
「永久の底に眠る闇の精霊よ、今こそ覚醒し、その無限の渦で大空を浸食するのです……」
呪文詠唱と共に、ララの体が天に浮上していく。煤のような闇のオーラが手のひらから漏れ、大地に向かってぽたぽたと零れ落ちる。
「出るのです、『常闇の縛』……」
漆黒の球体が、ララに抱かれるように出現する。その球体は徐々に体積を増やしていくと、術者であるララを呑み込み、空高く舞い上がっていった。
「あれは一体……?」
どうすることも出来ない修馬が唖然と空を見つめると、横のアイルが説明してくれた。
「オミノスは成体にならないと実体化しないので、別次元にも有効なララさんの闇魔法で捕らえようとしているんです。人ひとりの力でどこまで出来るかはわかりませんが、師匠の増幅魔法があればきっと……」
光を放つココが大地の上で魔力を発し、雲の中に消えていったララがオミノスを捕らえるため闇を放出する。暗雲はそれを抵抗するかのように、幾つもの雷を空に放った。
環境の悪化に、僅かにいた歩行者も遂にはその姿が見えなくなった。だが今はその方が良いのかもしれない。何もすることが出来ない修馬も、建物の中に避難した気持ちでいっぱいだったが、ココたちが頑張っているのに1人だけ逃げ出すわけにはいかない。
そしてどれくらい時間が経っただろうか?
修馬の緊張感が途切れかけた時、暗雲の中心に一瞬だけ白い蛇のようなシルエットが浮かび上がった。まさか、あれがオミノスか?
「捕らえたよっ! アイルッ!!」
ココの叫び声が響く。呼ばれたアイルは、人が変わったような鋭い目で空を睨みつけた。
「幾星霜の時を経て輝き続ける数多の星たちよ、万物の理の元、幼き我らに行くべき道を指し示し給え……。開放せよ、『時空の扉』!!」
両手を天に突き上げるアイル。すると暗雲の手前付近に、巨大な光の渦が出現し始めた。
「あ、あれは……?」
その目に映るものは、現実世界のテレビで確認したものと酷似していた。長野駅上空に出現した不可思議な気象現象。
やがて光の渦は円状の大きな発光体に変化すると、天に広がる暗雲を貪るように次々に呑み込んでいった。それに伴い、徐々に現れてくる朝の日の光。
そしてアイルが掲げた両腕で空中に円を描くと、空に浮かぶ大きな発光体は渦がしぼむように小さくなり、最後には消えて無くなってしまった。
ぽっかりと開いた暗雲の穴から、新鮮な朝日がウィルセントの街に降り注ぐ。
全てをやりきったかのように腕を下し、アイルは大きく息をついた。これは成功したのだろうか?
そのまま修馬は、上空だけ晴れている空を眺めた。何か黒い物体が下降してくるのが見て取れる。
日の光を浴びながら、ゆっくり、ゆっくりと降下する黒い影。それは腰を曲げてうな垂れているララだった。
「……死ぬかと思ったのです。龍神オミノスは時空の狭間に封じ込めたのです」
霊体なのに死ぬかと思ったというのは表現として合っているのかどうかわからないが、まあとにかく作戦は成功したようだ。
「良かった。後は扉に手を出させないように、帝国の動きを封じれば……」
ココは持っていた振鼓の杖を地面に置き、天高く腕を伸ばす。そして緩やかに下りてきたララと手を取り合うと、受け止めるように強く抱きしめた。
「ありがとう、ララ」
「これで、役目は果たしたのです……」
だが、ココもだいぶ体力を消耗していたのか、ララを抱いたまま体が倒れそうになる。
慌てて駆け寄った修馬が、2人の小さな肩を掴み、倒れてしまわぬようにしっかりと支えた。