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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第19章―――
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第81話 真っ暗な朝

 現実世界で一日剣術修行に励んだ修馬は、くたくたになって布団の中に入ったのだが、入眠した直後、すぐに異世界に転移し目を覚ました。

 暗い小屋の中で体を起こす修馬。むき出しの窓に目をやると、そこには薄闇の森があった。


 こちらの世界では、前日の夕方に起きた地震に伴う高波の影響を考慮し、山小屋に宿泊していたのだが、そこは山歩きの休憩をするための簡易的な施設。当然寝具のようなものはあるはずもなく、硬い板の間の床に直接横になっていた。少しだけ背中が痛む。


「おはようございます、シューマさん。疲れは取れましたか?」

 突然闇の中から声が聞こえる。この声はアイル・ラッフルズ。夜も明け切らぬのに、先に目が覚めていたようだ。


「おはよう……っていうか、まだ夜だよね? 意外と熟睡出来たみたいで、疲れはないけど」

 現実世界で眠ってすぐに異世界で目を覚ましているので体感的に眠ってはいないのだが、背中が痛む以外、脳と体はリフレッシュ出来ている。何度も経験しているが、本当に不思議な感覚だ。


「時刻的に、もう夜は明けているのです……」

 そして、反対側から聞こえる不気味な声。それはアイルの守護霊、ララ・モンティクレールのものだ。暗闇から聞こえてくると、妙な迫力がある。


「こんなに暗いのに、夜が明けてるってことはないでしょ」

 修馬は瞼を擦って、大きく瞬きする。目が慣れてきたので2人の姿は確認出来るが、それでも小屋の中は窓から月明かりが少し差し込むくらいの明度だ。


「シューマさん。信じられないかもしれませんが、これ、魔霞まがすみ山の噴煙が空を覆っている影響で、まるで夜のような闇に包み込まれているんです」

「えっ!?」


 アイルの言葉を聞き、驚きと共に小屋を飛び出す修馬。空には暗雲が垂れ込み、辺りは温泉地のような独特の腐臭とタイヤが焦げたような臭いが入り混じっている。この世の終わりを思わせる情景。


「こ、これが、魔霞み山が噴火した影響……?」

 そう呟くと、山小屋の中からアイルが出てきた。

「あまり大きく空気を吸わない方が良いですよ。体に悪影響があると思われますので」


 そっと口を閉じ、両手で塞ぐ修馬。建物に避難した方が良いかと思ったが、窓がむき出しのこの山小屋の中に入ったとしても、それほど状況は変わらないのかもしれない。


「どうしよう? 一度、街に戻ろうか?」

 異常な事態に焦る修馬。

「そうですね。もう、高波の心配はないでしょうし、街の状況が気になります」

 アイルはそう言うと、右手を天にかざした。修馬とアイルは泡のような球体に包み込まれる。


「これは?」

「簡単な魔法障壁です。火山灰の侵入を完璧に防げるかどうかは疑問ですが、無いよりは遥かにましでしょう」

 それは魔法のバリア的なもののようだ。マスクを持っていないので、これはありがたい。


 そして、魔法障壁に包まれた修馬とアイルの2人はそのまま山を下りた。暗闇の山道は足元に危険があったが、共に早足で歩いていく。街の状況も気になるが、魔霞み山に住むココのことも気がかりだ。今は姿を消してしまっているが、ララも兄であるココのことを心配していることだろう。


 細かい灰により途中何度か咳き込むこともあったが、どうにか真っ暗な山を抜け街に辿り着いた。

 時間が経過したせいか開けた場所に出たせいか、辺りは少しだけ明かりが差していた。住宅地の建物が幾つか倒壊しているのが見て取れたが、高波に襲われた形跡は残っていない。それに関しては、取り越し苦労で済んだようだ。


 魔法障壁を張ったまま、街道を歩いていく2人。崩壊した建物の横で、呆然と佇んでいる人。理由はわからないが、執拗に走り回っている人。暗雲の垂れ込む天に向かって、祈りを捧げている人。この圧倒的な終末的状況に、人々の混乱はしばらく続きそうである。


 そして星屑堂がある大きな十字路まで歩いてくると、店の前に何者かが腰掛けているのが見えた。こんな時なので、薬を買いに来た客が開店を待っているかもしれない。


 店主のアイルが小走りで店の前に駆けていく。だが店の前まで行くと、「キャーッ!!」と大きな悲鳴を上げた。

 それに驚いた修馬が視線を向けると、店の前に腰掛けていた人が、着ているポンチョに付いた大きなフードを外した。綿毛のように柔らかくカールした髪の毛がふわりと現れる。


「元気だった、アイル?」

「……し、師匠っ! ご無事だったのですね」

 驚きの表情のまま、ほろりと涙を流すアイル。そこにいたのは何と、大魔導師、ココ・モンティクレールだった。


「ココ?」

 修馬はその名を呼ぶ。ココはこちらに顔を向けると、顎を上げてはにかんだ。


「やあ、シューマ。こんなところで奇遇だね。流石は千年都市、会いたい人が次々と現れるよ……」

 そう言って視線を動かすココ。その先には、ぼんやりと佇むララの姿があった。


「久しぶりだね、ララ」

 そう声を掛けられると、ララはゆっくりと目を閉じて両手を胸の前に添えた。


「……やっと、お兄ちゃんと会えたのです」


 それは、100年越しの兄妹の再会。だが、2人は抱き合うこともなければ、手を握ることもなかった。ただ一定の距離を挟み、互いのことを見つめ合っている。


「無垢なる嬰児みどりごの封印が解けたよ」

「魔霞み山が噴火してしまったのです……」


 ララにそう言われ、ココは暗雲に覆われた空に目を向けた。

「このままじゃ『星降りの大祭』は期待出来ないね」

「星降りの大祭は、星屑堂にとっても大切な行事……。オミノスを封じて、晴れた空を取り戻すのです」


 そして2人は見つめ合った。

 100年来の深い思いが、その表情からも伝わってくる。


「力を貸してくれるかな?」

「……ララはそのために、この世に残ったのです」


 強い意志を持ってララは頷く。するとその時、空が大きく光を放った。雷のようだ。積乱雲のように厚い噴煙が、放電しながらゆっくりと移動している。


 この世の終わりを思わせる状況の中、ココとララは何らかの行動を起こそうとしていた。

 アイルの元に歩み寄る修馬。彼女はララが闇魔法の使い手なのだと教えてくれた。それはつまりどういうことなのか?


 修馬がアイルの顔をじっと見つめると、彼女は細い体を震わせ、そして手から線香花火のように儚げに輝く光を放出させた。


「ララさんの持つ闇魔法と、私の持つ星魔法の力で、今から龍神オミノスを時空の狭間に封じ込めます」

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