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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第18章―――
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第80話 贋造の剣

 今日も戸隠は朝から雨が降っていた。

 現実世界で目覚めた修馬はトイレを済ませた後、離れに続く渡り廊下から池のある庭を眺めていた。ザーッと包み込む雨音と、池の水面に広がる無数の波紋。


 時折鳴る雷の音を聞くと、修馬はとても不安な気持ちにかられた。山高帽を被った男、天魔族のウェルター・ハブ・ランダイムが今日辺りやってくるのではないだろうか? この建物の敷地内なら結界に守られているので安全なのだろうが、それでも天魔族と対峙するとなれば穏やかではいられない。


 修馬の心の様子を映すように、雨は激しさを増してきた。

 もしもウェルターと戦うようなことになるなら、細心の注意をしなければならない。異世界での戦いなら負傷しても転移のタイミングで完全に回復することが出来るが、現実世界ではそうはいかない。


 弾かれた雨粒で足元が濡れてきた。中に戻ろうと母屋の扉を開けると、ごま油の香ばしい香りが漂ってくる。伊織が朝食の準備をしてくれているようだ。


 今日の献立は何だろう?

 食欲が沸いたことで少しだけ気分が上がった修馬は、軽い足取りで茶の間に移動した。部屋の中からはテレビの音が聞こえてくる。覗き込むと定位置の座椅子に婆ちゃんが座っていた。夜明けとともに起きる人なので、修馬よりも先に茶の間にいるのは必然である。


「おはようございます」

 挨拶をすると、珍しく婆ちゃんは視線を合わせてきた。そして黙ったままテレビの画面に指を差す。


 指示されるままテレビに目を向けると、それは朝のニュース番組の中のローカルニュースのコーナーで、長野駅前の様子が映し出されていた。


「昨日の午後5時頃、長野市の上空で非常に変わった気象現象が観測されました」

 長野駅善光寺口のバス乗り場の前に立つ、ビニール傘を差した女性のレポーターがそう言うと、画面が空を映すものに切り替わった。ぶれが多く、撮っている人間の声もはっきり聞こえてくる。どうやら一般視聴者から提供された映像のようだ。


「やばくない、あれ?」「UFOだよ、UFO」「いや、どんなUFOだよ?」

 そんな声と共に映し出される奇妙な映像。空には暗雲が広がっているのだが、その手前部分に細くて白い雲のようなものが、ぐるぐると渦を巻いているのだ。


「うわっ、何だこれ!?」

 修馬も思わず声を上げる。自然現象にしては、あまりにも正確な曲線を描いていたからだ。CGで合成したフェイクニュースにしか見えない。


「私が現在いる長野駅の上空に現れた、この超常現象のような雲。低気圧の中心で発生した雲のようなのですが、なぜこのような美しい渦を描くのかは、現在のところはっきりとはわからないそうです」

 女性レポーターがそう説明すると、次のニュースに移った。だが先程の映像が衝撃的過ぎて、頭に入ってこない。


「厄災が起こる時は、何らかの予兆があるものだよ」不意に婆ちゃんは言った。


 確かに異世界では、魔霞まがすみ山が噴火活動を開始した。現実世界でも何らかの影響が起こっているのかもしれない。


「厄災の予兆……?」

 大きなお盆を持ってやってきた伊織は、そう口にすると、テーブルの上に数種類のおかずを置き始めた。


「空に白い渦巻きが現れたんだ」

「白い渦巻き? へぇ、それはオカルトだ。修馬くん、ご飯出来たから運ぶの手伝って」

 伊織は蓮根のきんぴら、厚焼き玉子、冷やしトマト、そして野沢菜の漬物をテーブルに並べるとまた台所に戻っていった。修馬は待ってましたとばかりに立ち上がり、炊飯器と味噌汁の鍋を持ってきて3つづつよそう。伊織が主菜の焼き鮭を3人分持ってくると、朝食の準備が整った。


「いただきます!」

 手を合わせ食べ始める修馬。朝から品数が多くて、とてもありがたい。


 細切りの豚肉が入ったピリ辛のきんぴら。砂糖と薄口醤油だけで味付けしたシンプルな厚焼き玉子。そして、しっかりと焼いた塩気の強い紅鮭。朝からお代わりが避けられない事態だ。


 修馬は食べることに夢中になっていたのだが、ふと見ると、伊織の箸が全く動いていないことに気づいた。どうしたのだろうか?


「やっぱりテレビでやってた渦巻きのニュースは、禍蛇まがへびが関係してるの?」

 急に心配になった修馬がそう聞くと、伊織は「いや」と言って箸を置いた。


「それはわからないけど……」

 視線を送る伊織。そして婆ちゃんが「来るね」と言うと、屋敷の呼び鈴の音がピンポーンと鳴り響いた。


 お茶碗半分のご飯しか食べてない修馬だったが、その状態で体が固まった。伊織も婆ちゃんも誰が来たのか悟っているみたいだが、何の神通力も持たない修馬でも来訪者の見当はついた。天魔族のウェルターが来たのだ。


 伊織はすぐに立ち上がると、何故か玄関とは反対の方向に廊下を歩き出した。

「修馬くん、申し訳ない。僕は工房に行って天之羽々斬あめのはばきりを持ってくるから、玄関の方お願い出来るかな?」


「俺ですか……?」

 それとなく横に目を向けると、婆ちゃんは素知らぬ顔で漬物を咀嚼していた。今回は助けてくれる気が無さそうだ。


 嫌だなぁと思いつつも、伊織は工房の方に行ってしまったので、仕方なく玄関に向かう修馬。まあ結界もあるということなので、戦いになるようなことはならないだろう。


 だらだらと歩いていき、及び腰で玄関の扉を開ける。ガラス戸の先にはやはり、山高帽を被ったウェルターが怪しく立っていた。

「約束通り、天之羽々斬あめのはばきりを頂きに参りましたよ。広瀬修馬」


「お前に渡す約束などした覚えはないぞ」

 そう。それはウェルターの一方的な言い分だ。こちらが認めたものではない。とはいうものの、伊織は先程、天之羽々斬あめのはばきりを持ってくると言っていた。彼はあの腐食した剣を、渡してしまうつもりなのだろうか?


「良いのか? 復活する龍神を、我らが主が倒してやろうと言っているのだ。天之羽々斬あめのはばきりを渡さなければ、人間も天魔族も、黎明れいめいの世界の全ての生物は滅びることになるだろう」

 足元を見るように、弱みにつけこもうとするウェルター。自分たちで蘇らせておいて、勝手な言い分だ。こいつの言うことは信用することが出来ない。


「お前らに天之羽々斬あめのはばきりは渡さない。禍蛇はこの俺が倒してみせる」

 そう啖呵を切ると、ウェルターの目が急激に釣り上がった。降っている雨が彼を中心に音を立てて八方に弾くと、生臭い臭いが一気に辺りに広がった。


「強気なのは、結界に守られているからか? いくら強力な結界とはいえ、時間があればこんなものはどうにでもなるものだと知った方がいい」

 ウェルターを包み込む空気感ががらりと変わる。ここで天魔族の本来の姿を晒すつもりか?


「結界を壊されるのは困りますねぇ」

 その時、廊下の奥から細長い桐の箱を持った伊織が現れた。牙を剥き敵意を見せていたウェルターだったが、伊織の呑気な口調に合わせ、少しだけ大人しくなった。


「あなたがこの家の主か?」

「ええ。守屋家当主、守屋伊織と申します」

「守屋? 成程。聞いているかもしれないが、私の名はウェルター・ハブ・ランダイム。天之羽々斬あめのはばきりを頂きに参上した」


 ふてぶてしい態度のウェルター。だが伊織はそんな態度も気にする様子もなく、持っていた桐の箱を前に出し蓋を開けた。

「持っていくのは構いませんが、とりあえず一目ご覧ください」


 興味津々に箱の中を覗き込むウェルター。だが、すぐに顔色が悪くなった。それはそうだろう。その剣はぼろぼろに腐食し、原形を留めていないのだから。


「これが天之羽々斬あめのはばきり……。悪夢のような話だ」

「一千年以上前の品物ですから。朽ちていない方が、むしろ不条理と言えるでしょう」


 淡々と述べる伊織。ウェルターは恨めしそうに睨むと、何かに気づいたように視線を落とした。

「ちょっと待て。お前が身に着けている剣は何だ? それこそが天之羽々斬あめのはばきりではないのか?」

 修馬もその時に気づいたのだが、伊織の腰には黒い鞘に収まった日本刀を帯びていた。


「これですか? 一応護身用に持っているものですが、これは剣の中でも刀に分類されるものですね」

「どういうことだ? 刃を見せてみろ」


 ウェルターの言葉を受け、伊織は桐の箱を横に置き刀の柄を握ると、修馬に対し離れていろと合図を送った。

「剣士に対し刀を抜いてみろとは、意味がわかって仰っているのですか?」


 そう煽られては、引き下がれない様子のウェルター。

「この私を脅すつもりか? 幾ら結界の中とはいえ、己の身を守ることが出来ぬわけではない。まずはこの目で確かめてやる。その刀とやらを抜いてみろ」


「……では、とくとご覧あれ」

 伊織は鯉口を切ると、目にも止まらぬ速度で刀を振り抜き、ウェルターの体を腰から腹にかけて一刀両断に斬り裂いた。電光石火の抜刀術。


 斬られた上半身が雨でぬかるんだ地面に落ちると、残された下半身も膝から崩れた。強い雨が、2つに分かれたウェルターの体に激しく打ちつける。


「勝負は鞘の内。居合術使いの戦いは、刀は抜く前から勝負が決まっているです」

 振り抜いた刀を鞘に納める伊織。一瞬の出来事に、修馬は口を開けたまま立ち尽くした。


はかられたか……。その剣こそが、天之羽々斬あめのはばきりなのだな」

 こんな状態にも関わらず、ウェルターは指で地面をかき伊織を睨みつけた。恐るべき天魔族の生命力。


「違います。この刀の銘は、初代守屋光宗『贋作』。私の高祖父が天之羽々斬あめのはばきりを再現しようとして鍛刀たんとうしたもの中の最高傑作です」


 伊織がそう説明したが、それに対する返事はなかった。ウェルターは絶命したように顔が泥の中に落ちると、体の色が薄くなり、そして雨にかき消されるように消滅してしまった。


「た、倒しましたか?」

 修馬の質問に、伊織は難し気に首を振る。

「いや、どうでしょう? もしかすると、逃げられてしまったのかもしれませんね」


 雨は更に降り方を強め、玄関先の屋根が乱暴な音を立てている。


 全身がびしょ濡れになった伊織は髪をかき上げ、顔に付いた水気を手で拭った。

「さあ、戻りましょう。朝食が済んだら、本格的な剣術稽古を始めますよ。いつ敵が襲ってくるとも限りませんからね」


 腰に帯びた日本刀を手に取り、屋敷の中に戻っていく伊織。修馬は雨の降る空を見上げ、そして玄関の扉を潜った。


  ―――第19章に続く。

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