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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第17章―――
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第75話 幽霊と眠る女

 潮の香りがする海沿いの森の中を、ただ黙々と歩き続けている。

 港に着いたのが朝の7時、8時くらいだったが、見上げてみると太陽の位置はかなり高いところにあった。もう4時間くらいは歩いただろうか?


 船で渡されたカチカチのパンをかじって栄養を補給しつつ、だるい足を前に進めていく。1時間ほど前に辿り着いた見晴らしの良い高台からウィルセントらしき大きな港町が見えたので、恐らくもう少しだと思うのだが、中々森の中から抜けだすことが出来ない。


 何で大都市の近くに、こんな巨大な森があるのか? 獣道のような細い道はあるものの、周りは見渡す限り木々で覆われており、湿った地面には苔とシダ植物っぽい草で覆われている。木漏れ日も地面に届かない程の深い森林。


 そんな細い道を黙々と進んでいくと、急に開けた空間が目の前に現れた。

 思わず「あっ!!」と声を上げる修馬。その空間には大きな石碑があるのだが、その台座の元に1人の女性がもたれかかるように倒れていた。空色のマントで身をくるんだ、灰色の髪の女性。


 まさか、死んでいるのでは?

 そんな思いが頭に過ぎったが、放っておくわけにもいかないのでこわごわと近づいていく。するとその瞬間、灰色の髪の女の背中から突然、霊体のようなものがゆらりと出現した。初めて目の当たりにする幽体離脱。だがその霊体は藍色の髪をした幸薄げな幼い女の子で、倒れている女とは似ても似つかない姿だった。


「何これ!? どういう現象?」

 後ずさる修馬に対し、藍色の髪の幼女は幽霊のように足も動かさずに近づいてくる。やっぱり、おばけだ!


「えい、こら、しょっ」

 か細い声を出しながら、幼女の幽霊は持っている小槌のような武器で修馬の頭を何度も叩いてくる。幽霊のくせに、まさかの物理攻撃。これが結構痛い。


「痛って! 止めろ、斬り伏せるぞ!」

 一度引き下がった修馬は、王宮騎士団の剣を召喚し威嚇するように身構えた。すると幼女の幽霊の動きがぴたりと止まり、不満げに顔をしかめてみせる。


「……魔物じゃない。人間だった」

 そう言い残し、霞みのように姿を消す幼女の幽霊。するとそれと同時に、倒れていた灰色の髪の女がゆっくりと体を起こした。


「ふぁー、良く寝ました。おはようございます」

 そう言って、礼儀正しく挨拶をする灰色の髪の女。これって、どういうことなの?


 返事も出来ずに固まっている修馬に対し、灰色の髪の女はもう一度「おはようございます」と言った。


「おはようございますっていうけど、あなたは本当に寝ていただけ? おばけじゃないよね?」

「おばけ? ああ、ララさんを見たんですね」


 灰色の髪の女は少し目を擦ると、近くに置いてあった籠を手に取りゆっくりと立ち上がった。彼女は薄手のマントを羽織っているのだが、その下の服の露出度が非常に高く、目のやり場に困ってしまう。胸元は無駄にはみ出してるし、スカートは女子高生並に短い。


「ララさんっていうのは一体……?」

 頬を赤くしながらもそう尋ねる修馬。ちょっとだけ、挙動が不審になる。


「ララさんは、私に危険が迫った時に出てきて身を守ってくれる守護霊なんです」

 灰色の髪の女はそう言うと、こちらを警戒するように身をすくめた。


「しゅ、守護霊っ!?」

 不思議と難を逃れたり妙に勘が鋭かったりする人は、守護霊の恩恵を受けているという話は聞いたことがあるが、この世界の守護霊はこんなにも直接的な守り方をしてくれるものなのだろうか? というかそれよりも、彼女に危険が迫った時に現れるということは、その守護霊を目視してしまった俺は彼女に対し危害を加えようとしていたという誤解を生んでしまっているような気がする。だが、そんなつもりは断じてない。……多分ない。


 耳まで真っ赤にした修馬が黙っていると、灰色の髪の女はくすくすと笑い、こちらに視線を向けた。

「けど、ララさんが消えてしまったということは、あなたは人畜無害だと判断されたようです」


「はあ、人畜無害……」

 誤解されているわけではないようだが、そう言われると、どこか男性としての能力を否定されているようで非常にやるせない。


「その人畜無害な紳士が、そんな恰好で何をしているんですか? 道にでも迷いましたか?」

 灰色の髪の女にそう言われ、修馬は己の格好を改めて確認した。帝都レイグラードで購入した、燕尾服のような正装。およそ山林を歩く格好には見えないだろう。


「迷っているわけじゃないけど、初めて通る場所なんだ。ウィルセントの街に行くには、その道を行けばいいのかな?」

 修馬は今いる広場から続く道を指差した。


「はい、そうです。私もウィルセントに帰るところなので、折角ですから一緒に参りましょう」

 灰色の髪の女は一方的にそう言うと、籠の中から四角い帽子を取り出して頭に被せ、そして南に伸びる細い下り坂に向かって歩きだした。幼女の守護霊付きという若干怪しい感じのする女性だが、そんな強引さも嫌いではないので、修馬は文句も言わずにその後を追っていった。


「それにしても、女性がこんな山奥に1人で入ってきて危なくないんですか?」

「ララさんがいますから。けど、最近は凶暴な魔物も多く出るようになってきたので、危険かもしれないですねぇ」


 まるで他人事のように言う灰色の髪の女。そして女は更にこう続けた。

「ですが、アクオ草が採れるのはこの辺りだけなんですよ」

「アクオソウ?」

 修馬がそう聞くと、灰色の髪の女は籠の中身を見せてくれた。中には大量の草が入れられている。


「それ、何の葉っぱ? 食べられるの?」

「食用目的ではなく、乾燥させて薬の材料にするんです」

「へぇー」


 話を聞くと、彼女はウィルセントの街で薬屋を営んでいるのだと言う。その薬草の知識は豊富で、道すがら生えている薬草の名前を幾つか教えてくれた。モケモケ草や、バフバフ草。ちょっとふざけた名前なので、もしかしたら適当に言っているのかもしれない。


 そんな話を聞きながら山を下っていると、やがて森のトンネルを抜け遠くの景色が見えてきた。

「もうすぐ街に着きますよ」

 灰色の髪の女が言う。目の前に見えるのは、大きな港を有する巨大な街並。今まで異世界で見てきた町とは、比べ物にならないほどの規模の都市だ。


「ようこそ、千年都市ウィルセントへ。ここは1000年の栄華を誇る、世界で最も栄えている都ですよ」

 そう言って振り返る灰色の髪の女。修馬は足の疲れも忘れ、感嘆の息をついた。


「あれがウィルセントか……」

 そこから見える風景は、現実世界のヨーロッパの港町だと言われても遜色がないほどの街並だった。


「ところであなたは、どんな用事でウィルセントに来たのですか?」

 それを聞かれ、修馬は改めてこの街に着た目的を思い返した。


「目抜き通りにある『星屑堂』という店に行きたいんだけど、ご存知ですか?」

 修馬が言うと、灰色の髪の女はその目を大きく見開いた。

「星屑堂? それは私のお店です」


 意外な回答に修馬も目を大きくする。ということは、この女性が大魔導師ココ・モンティクレールの弟子?


「あなたがアイルさんですか?」

 そう聞くと、灰色の髪の女はにっこりと微笑んだ。


「そう言えば自己紹介がまだでしたね。私の名前はアイル・ラッフルズ。星屑堂の店主をしております」

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