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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第16章―――
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第73話 天之羽々斬

 そして翌日。この日も修馬は、異世界に転移されず現実世界にいた。

 朝方、用事を済ませ帰ってきた伊織に、昨日起きた顛末を話すべく、2人は道場の中央で向き合っている。


「そんなことがあったのですか。それは大変でしたね」


 昨日の出来事を説明すると、伊織は正座したまま眠るように目を閉じた。


「あの時そいつはアメノなんとかを奪うって言ってたけど、それって一体何なの?」

 山高帽の男、ウェルター・ハブ・ランダイムはそれを手に入れるために、ここにやって来たと言っていた。何か貴重な物なのだろうか?


「それは『天之羽々斬あめのはばきり』ですね。古く守屋家に伝わる神剣の名です」

 そう言って、ゆっくりと息を吐き出す伊織。


「神剣……? 武器か」

「はい。かつてあの禍蛇まがへびを封印する時に使われたと言われている、神話の時代の武具です」

「じゃあ、禍蛇を倒すには、それが必要になってくるんだね」


「禍蛇の封印は解けようとしています。再び封じるためには天之羽々斬あめのはばきりの力が必要になってくるのですが……」

 そこまで言って言葉を濁す伊織。


「何か問題があるの?」

 修馬が尋ねると、伊織は眉根を寄せて肩を落とした。


「とりあえず見て貰いましょう。天之羽々斬あめのはばきりは工房に納められていますので」


 伊織は立ち上がると、道場から繋がる工房へと入っていった。修馬も後に続き、その扉を潜る。

 隣に刀鍛冶の工房があることは知っていたが、実際に入るのはこれが初めてだった。伊織の高祖父から続く、神事の際に奉納する刀剣を造る工房。


 すすの匂いが漂う土間のような場所。左の奥には大きな窯があり、右の奥には祭壇のような立派な神棚が存在した。

 並べてある地下足袋に足を入れた伊織は、そのまま神棚の前にいき、置かれている細長い桐の箱を手に取った。


「これがその神剣です」

 伊織は持っている箱をこちらに向けると、仰々しく蓋を開け放った。中に入っていたのは、鍔も柄も無い錆びてぼろぼろになった剣のようなものだった。


 神話の時代の武具とは言っていたが、流石にこれは……。

 絶句して見つめる修馬に、伊織は淡々と剣の説明をする。

「大変古いものですので、ご覧の通りの状態です。文化的価値は高いですが、現在では殺傷力も霊力も皆無ですね」


 もはや、武具としての用途は望めないこの剣。いくら伝説的な武器とはいえ、流石の修馬もこれを召喚して戦おうとは思わない。

「これを奪いに来たあいつは、剣がこんな状態だってことを知ってるのかな……」

 修馬の言葉に、伊織は小さく首を横に振った。


「そもそもこの剣が戸隠にあるということを知っているのは、神社本庁の限られた人間だけなのですが、昨日来たというその外国人風の男は、一体どこでその情報を知り得たのでしょうか?」


 伊織は修馬の顔を見据えながら、更に言葉を続ける。

「その者の正体は一体何なのか? 祖母が言うには物の怪もののけの類とも違うとのことでしたが、話を聞く限り真っ当な人間でもないように思えます」


「真っ当な人間……」

 勿論まともな人間ではないのだが、何と言ってらいいのか悩んでしまう。異世界からやってきた天魔族と呼ばれる種族だなどと言ったとしても、上手く伝わる気は全くしない。


「このタイミングで天之羽々斬あめのはばきりを奪いに来るということは、禍蛇の復活に関与している人物だということは間違いないのでしょう。ですが、この世に禍蛇を蘇らせて得をする者などいないはず。その者の目的は一体何なのか? 天之羽々斬あめのはばきりをどうするつもりなのか?」


 伊織が呪文でも唱えるようにそう口にすると、遠くからゴロゴロゴロという雷の音が聞こえてきた。昨日に引き続き、今日も天気が良くないようだ。


 小さな窓から見える暗雲を見ながら、昨日来た山高帽を被った天魔族の顔を思い出す修馬。

 天魔族の目的は、龍神オミノスの討伐。その天魔族が禍蛇を封じることの出来る神剣を奪いに来たということは、やはり禍蛇と龍神オミノスは同一のものと考えて間違いないのかもしれない。


 修馬が黙って口を閉ざしていると、伊織は桐の箱の蓋を閉め、神棚の元の位置へと戻した。

「まあ、良くないことが起ころうとしているのは間違いないようです。修馬くんも禍蛇を封じるということだけでなく、己を守るという意味も含めて、修行に励んでください」


 剣の修行。それは現実世界より、むしろ異世界生活で必要不可欠なスキルなので、大いに励みたいところなのだが、しかしながら先程見たあの錆び付いた剣では、到底禍蛇とやらを倒すことが出来ないだろう。果たしてどうするつもりなのか?


 修馬が疑念に満ちた目で神棚に置かれている桐の箱を見つめると、それに気付いた伊織は小さく咳払いして、そちらに視線を変えさせた。

「勿論、禍蛇を討つための剣は今まさに造っているところなのでご安心を」


「それって、天之羽々斬あめのはばきりを伊織さんが造るの?」

 修馬がそう聞くと、伊織はいつになく不敵な笑みを浮かべた。


「はい。高祖父の代から成し得なかった大業……。それが、天之羽々斬あめのはばきりの複製です」


  ―――第17章に続く。

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