表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第15章―――
72/239

第71話 眠れぬ夜の閑談

 反乱軍の船、リーナ・サネッティ号は、船内にある食堂の中もまた戦場だった。


 僅かな屑野菜が入った大して旨くもない干し肉のスープと、岩のように硬いパン。そして異臭を放つ謎のチーズを、反乱軍のメンバーは我先にと口の中に納めていく。お前らこんなもの、よく旨そうに食えるな。


 船大工のベック・エルディーニに至っては、この踏んでも潰れないような硬いパンをまるでカステラのように食し、そして大量のチーズを口の中に入れると、水代わりの葡萄酒で胃の中に一気に流し込んだ。


「ガハハハハッ、相変わらず飯はまずいが酒は旨い! どうだ、シューマも1杯やるか?」

 空になった自分のグラスに酒を注ぎながら、ベックは酒臭い息を撒き散らしそう言った。完全におっさんのようだが、これで歳がアーシャとそれほど変わらないというのだから驚きだ。


「いや。俺は飯があれば、酒はいいよ」

 そう断るとベックは「よくこんなまずい飯食えるな!」と言ってまた大笑いした。それは完全にこっちの台詞だ。


 賑やかな食事を終え、船員たちは皆、大部屋の寝室へと移動していく。

 修馬もそこの小さなベッドの上で横になり体を休めると、今日一日の出来事が自然に頭に浮かんできた。

 アーシャとの手合わせ、反乱軍の船の出航、そして船の上で紹介された個性的な反乱軍のメンバーたち。明日には千年都市ウィルセントに辿り着くと言っていたが、今眠ったら現実世界に戻ってしまうだろうか?


 波の影響で室内が左右に揺れる。ゆりかごの効果でぐっすり眠れそうなものだが、今は目が冴えてしまっていて中々入眠することが出来ない。


 他の船員のいびき声を聞きながら、修馬は狭いベッドの上でこれからのことを考えた。ウィルセントに行って、沈んだセントルルージュ号に関する情報を仕入れること。マリアンナの捜索、伊集院との決着、そして友梨那を救出すること。


 小一時間程そんなことを考えていたのだが、ますます眠れなくなってしまい、ベッドから降りた修馬は靴を履き部屋を出た。


 狭い通路を抜け、立て付けの悪い木の扉を開ける。その先は甲板だ。

 寝室になっている大部屋はカビの臭いが酷かったので、修馬は肺の中の空気を入れ替えようと深呼吸をした。夜空を見上げると、セントルルージュ号で見たときより少し欠けている月が浮かんでいる。


「どうかしたのか、シューマ?」


 夜空を眺めていた修馬に、何者かが声をかけてた。振り返り船後方に目をやると、月明かりに照らされる2人の人物が見えた。詰まれた木樽に寄りかかるように座っているのは、アーシャと、ベックだった。2人で酒盛りでもしているようだ。


「小便でもしにきたのか?」ベックがそう聞いてくる。


「いや、眠れなかったから、少し夜風でも浴びようと思って……」

「眠れなくて夜風を浴びるとか、中々洒落た奴だな。だが俺らの流儀でいけば、眠れない時はこれよ。飲むか?」

 ベックはくすんだ色の瓶を差し出した。結局酒だ。けど、もしかすると丁度いいかもしれない。


「それじゃあ、折角だから1杯貰うよ」

「おっ、嬉しいねぇ。やっぱり、酒飲めない奴は船乗りにはなれねえからな」

 自分で使っていた銅のマグカップを手渡し、そして瓶から酒を注いでくれるベック。半分ほどの量を注がれたが、匂いは葡萄酒ではないようだ。


 修馬はマグカップに少しだけ口をつける。強いアルコールの味を舌に感じたが、それと同時に口一体に広がる豊かな果実味と芳醇な香りが鼻から抜けていく。何だ、この液体は?


「すげー旨い。これ、何て酒?」

 修馬がそう聞くと、ベックは少し驚いたような顔をしたがすぐに頬を緩ませた。

「結構効くだろ? それは通称『火酒かしゅ』と呼ばれる、長い船旅でも腐らないように蒸留して酒精を強めた特別な葡萄酒だ」


「葡萄酒? これも葡萄酒なのか?」

 マグカップを口につけた修馬は、それをゴクゴクと飲み干した。火酒というだけあって、焼けつくような喉越し。味わいも前に飲んだ葡萄酒の味とはまるで異なる。お酒って奥が深い。


「だ、大丈夫? 火酒はそんな風に一気に飲むお酒じゃないんだけど……?」

 アーシャが困惑の表情を滲ませ聞いてくるも、既に時遅し。修馬は自分のお腹を押さえて、胃の中の調子を窺った。


「けど、まだ飲めそうかな。ベックさん、悪いけどおかわり貰ってもいい?」

「ああ、いいだろう。だが、そんな調子で飲まれたら俺らの分が無くなっちまう。少しペースを落として飲んでくれ」珍しく苦笑いを浮かべるベック。


「そうだね。わかったよ」

 修馬は再びマグカップに酒を注いで貰う。ベックはそのまま「乾杯!」と声を上げると、持っていた瓶に直接口をつけた。彼も充分大酒飲みだ。


 月明かりの下、3人は酒を飲みながら色々な話をした。

 これから向かう千年都市ウィルセントのこと、グローディウス帝国のこと、龍神オミノスのこと、そして現在乗っているこの船、リーナ・サネッティ号のこと。


 この船は元々アーシャの祖父が所有していたもので、帝国軍の攻撃によって命を落とした妻、つまりアーシャの祖母の名をそのままとってつけたのだそうだ。


 以前アーシャは、虹の反乱軍は帝国政府によって親を殺された孤児が中心になって出来た軍隊だと言っていた。そう言った話を聞いていくと、彼女たちの思想や背景などが薄らと輪郭を帯びてくる。


 時刻も深くなってきたところで、酔いが回ってきた様子のアーシャが絡むようにこう聞いてきた。

「シューマ、お前は一体何者なんだ? 帝国発の客船に乗っていたのにグローディウス帝国の人間ではないと言い、ユリナ・ヴィヴィアンティーヌを救出しなければいけないと言いながら、アルフォンテ王国の人間でもないと言う。そもそも、そんな黒髪の民族など、王国の巫女以外に存在するとは思わなかったぞ」


 正直、出身について聞かれると、何と答えれば良いのか困ってしまう。今まではっきりと別世界から来たと明言したのは、大魔導師ココ・モンティクレールに対してだけだ。彼のように理解が早ければ説明も簡単なのだが、普通の人にそれを言ってすぐに納得して貰えるとは思えない。


「これは信じてくれなくてもいいんだけど、実は俺はこことは別の世界から来たんだ」

 特に酔っているわけではないが、酒の力を借り勢いで言ってみた。


 それを聞いたアーシャは小さく相槌を打ち「ほう」と呟いた。まじめに聞いているかどうかはわからない。


「黄昏世界のシューマってことか? これは傑作だっ!」

 大きく笑うベックを、アーシャは真剣な顔で戒める。

「ベック、話の腰を折らないでくれ。シューマ、続けてくれるか?」


「うん。わかりやすいことで説明すると、昨日受けた肩の打撲が今朝の時点で完治してたでしょ?」

「ああ、そうだったな」

「俺は眠りに入ったのをきっかけに2つの世界を行き来してるんだけど、別世界からこっちの世界に戻ってくると、どういうわけか、怪我が完治してしまうんだ」

 修馬は打撲していた左肩をポンポンと叩いた。未だに解明されない異世界転移のメカニズム。あっちの世界もこっちの世界も、世の中わからないことだらけだ。


 ベックは特に興味もなさそうに酒をラッパ飲みしているが、アーシャは何かを思案するような真剣な顔をしている。

「非常に興味深いね。ちなみにシューマがいた世界とはどういう世界なんだ?」

「そうだなあ、俺のいた世界には魔法がない」

 そう告げると、ベックの目が輝き、アーシャは顔を曇らせた。


「そいつはいい! 俺もシューマの世界に行ってみたいものだな」

「君は魔法の才能がないからね、ベック。だが、魔法が無ければ不便な生活を強いられることになるぞ」


 この異世界は、魔法に依存していることが比較的多い。船の運航には船魔道士が必要だし、修馬自身も魔力が込められた武具に助けられている。


「魔法は無くても科学技術が発達してるから、生活が不便になることはないよ」

「科学か……。しかし科学という概念なら、この世界にも勿論存在する。あのセントルルージュ号など、ユーレマイス共和国の持つ科学技術の粋を結集したものだからな」

 アーシャが言う。確かにあの造船技術は、この異世界の文明に見合わないレベルの物だった。とはいえ、所詮は海に浮かぶ船だ。


「申し訳ないけど俺が生まれた世界の科学技術は、それとは比べ物にならないよ。乗り物だったらもう海を飛び出して、空を飛んでるくらいだし」


「空飛ぶ船だって? そんなもので何処に行くというんだ。月にでも行くのか?」

 ベックが興奮したように顔を寄せる。修馬はそれを避けるように後ろに退くと、そのまま夜空を見上げた。この異世界にも、現実世界と同じように金色の月が美しく浮かんでいる。

「月かぁ……、確かに月に行った人もいるにはいるけど」


 そう言うと、アーシャとベックは顔を見合わせて大きく笑い声を上げた。すぐに後悔の念を覚える修馬。これは流石に言うべきじゃなかった。


「ハハハハハッ。空飛ぶ船で月へ行くか。まるで童話のようだな」

「期待はしていなかったが、中々面白い与太話だ」

 好き勝手に言う2人。こっちからしてみれば、魔法が使える異世界の方が幻想的に思えるのだが、こちらの人間からすれば我々の世界の方がよほどファンタジーのようだ。


 笑いを抑えながらベックが質問をしてくる。

「シューマも月に行ったことがあるのか?」

「いや、俺はないよ。あるわけない」

 そう言うと、どこが壺に入ったのかはわからないが、更に笑いを堪えるように引き笑いをしながら「何故行かない?」と聞いてきた。


「行けるっていう技術があるだけで、一般人が行くことはまずないよ。行ったって何もないし」

「何だよ、夢が無いな。行けるっていうのなら、俺は行ってるぜ。行って、三日月の上で昼寝してやるんだ!」

 そう言ってまた、ガハハハハと大笑いするベック。彼の笑いのセンスは、ちょっと意味がわからない。


「ふふふ、月への船旅か。本当に行けるものなら、一度は行ってみたいものだな。この、リーナ・サネッティ号で……」

 アーシャは少しだけ欠けた月を見上げ、酒の入ったマグカップを静かに掲げた。


  ―――第16章に続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ