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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第15章―――
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第69話 出航の決意

 虹の反乱軍の拠点の建物。その部屋のベッドの上で、修馬は目を覚ました。数日ぶりの異世界だ。


 ベッドの上に寝転がりながら、ずっと現実世界にいられたらどんなに良いだろうと思いもしたが、向こうは向こうで大変なことが起きそうなので、悠長なことは言っていられない。


 まだ重い瞼を開きベッドから降りた修馬は、守屋家の修行で日課になったラジオ体操をして、その部屋を出た。

 折角こちらの世界に来たのだから、自分で出来る役目をしっかりと果たすことにしよう。現実世界での異変と、異世界での出来事は間違いなく繋がりがあるはずだから。


 そして、建物の外に出る修馬。

 声がするように振り返ると、晴れた朝の陽ざしの下、アーシャ・サネッティが1人で剣の稽古をしていた。2本の木剣ぼっけんを合わせて両手で握り、重さを増した状態での力強く素振りをしている。


「おはよう」

 そう声をかけると、アーシャは朗らかな表情で木剣を下ろし「ああ、おはよう。調子はどうだ?」と聞いてきた。


「おかげ様でよく眠れたよ。ところでアーシャ、今日も手合わせしてくれないか?」

 守屋家の修行で少しは腕が上がっただろうと思い、修馬はそう言ったのだが、アーシャは目を細めると、不機嫌そうに肩をすくめた。

「若者とは元気なものだな。肩の怪我も治っていないのに、もう次の勝負か?」


 彼女にそう言われ、修馬は昨日肩に打撲を負ったことを思い出した。しかしそんなものは、寝て起きれば治っているのが俺のこの世界での条理である。


「肩の怪我なら、もう治ったし」

 早速上着を脱ぎ、肩を見せつける修馬。昨日まで紫色に変色していた肩だったが、今はその面影もない。


 無傷の肩を唖然と見つめるアーシャ。だがしばらくすると意味も無く口を開き、化け物でも見るような顔でこちらに視線を向けてきた。

「ビスカ、ビスカッ!」


 アーシャが声を上げると、近くにいたであろうビスカ・コルヴェルが空になった籠を持って、こちらにやってきた。

「どうしたんですか朝から大きい声出して? あっ、シューマさん、おはようございます。っていうか何で、上半身脱いでるんですか? 洗濯して欲しいんですか? もう終わっちゃいましたけど」


「いや、ちょっと、シューマの肩を診てやってくれないか?」

「肩って、昨日打撲したところですよね?」

 籠を芝生の上に置き、診察をしてくれるビスカ。だが、患部を見てもそれらしい痣がないので、彼女は困ったように左右の肩を何度も見比べた。だが勿論、右の肩も左の肩も傷らしきものは一切残ってない。


「治ってますね……。どうしてでしょう?」

「やっぱり、治ってるのか!」

 そしてアーシャとビスカの間で、何やら論争が始まる。


「治癒魔法でも使ったのか?」

「それは禁忌の術ですよ。打撲程度で使う人がいるとは思えません!」

「じゃあ、体質的に新陳代謝がいいとか?」

「個人差はあるでしょうけど、幾らなんでも回復が早過ぎます!」


 結局結論が出ないまま、再び怪しげな目つきでこちらを見る2人。


「治っちゃったんだから、しょうがないよ。けど、そう言えば昨日、怪我が治ったら千年都市まで船で送ってくれるって話してたよね?」

「……まだ送るとは言っていない。怪我が治ったらその時、どうするか考えようと言っただけだ」

「そうだっけ?」

 確かにそう言われると、そうだった気もしないでもない。


 ではどうしたものかとアーシャに目を向けると、彼女は2本持つ木剣の1本をこちらに投げ寄こしてきた。

「では、こうしよう。もう一度試合をし、そこであたしに勝つことが出来たなら、シューマのために船を出そうじゃないか!」


「……勝負に勝てばいいんだな」

 木剣を受け取った修馬は、柄を握り正眼に構えた。

 短期間ではあるが現実世界で修行もした。今こそその成果を見せる時。


「元々手合わせをしたかったのだから、異論もないだろう。早速、始めようか」

 間髪入れず、アーシャが木剣を振るってくる。しかし元々防御の腕は立つ方だ。修行の時の竹刀と違い、片手剣なので使用感に多少の違和があるが、それでも前回戦った時以上に華麗に攻撃を防ぐことが出来る。


「ほう……」

 しばらくするとアーシャが後退したので、今度はこちらから攻撃を仕掛けた。相手の動きを読み、多角的に攻める修馬。素早い連続攻撃で、反撃の隙を与えない。


 向かい合うアーシャの額から、幾つかの汗が流れ始めてきた。今はこちらに分があるか?

 そう思った次の瞬間、アーシャは体を横に反転させながら剣を振り上げ、こちらの上段攻撃に合わせてきた。木剣と木剣とが激しくぶつかり合う。


 空に向かって回転しながら飛んでいったのは、修馬の木剣だった。

 テニスのスイングのような、アーシャの突き上げる攻撃で、修馬は持っていた武器を弾き飛ばされてしまった。もう、この時点で勝負は負けということだろう。


 崩れるように膝をつき、芝生の上に座り込む修馬。一からの修行でだいぶ強くなった気がしていたが、まだまだ自分には足りないものがありそうだ。


 情けなさと悔しさで歯を食いしばる修馬の元に、アーシャとビスカが歩み寄ってきた。

「驚いたな。一晩で太刀筋がここまで良くなるとは……」

「怪我も一晩で完治するし、本当にシューマさんは面白い人ですよ」


 どうも慰められているようで、自分が情けなく感じてしまう。

「勝てるつもりでいたんだ……」


「ええ。実際シューマさんの剣術の腕前は、昨日とは比べることが出来ないほど上達していましたよ。ねえ、アーシャさん?」

 ビスカは振り返る。だがそれに対し、アーシャは何も答えることなく空を見上げた。湿り気のある海風が、陸地に向かって爽やかに吹き抜けていく。


「幸い今日は、天候も穏やかだ。すぐに船を出そうか」

 アーシャは言う。だが、何を言っているのかわからずに、修馬は座り込んだまま彼女の顔を見上げた。


「アーシャさん、本当に今から船を出す気ですか?」

 ビスカの言葉に、アーシャは悪ガキのような笑みを浮かべる。


「お前たち、準備を整えろ! ウィルセントに向けて出港だ!」

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