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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第14章―――
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第68話 神託と暗示

 あれから3日間、異世界に転移することなく守屋の親戚の家で過ごした。主に伊織氏と剣術修行をしていたわけだが、こんなに長く現実世界にいるのは久しぶりだ。


 このままもう二度と、異世界に行くことがなかったとしたらどうだろう?

 向こうでの友梨那を助けることが出来なくなるが、それはそれでもはや無関係な世界なので、あまり気にすることもないのではないだろうか。そんな風に思ってしまう気持ちが、ないこともない。


 竹刀のぶつかり合う音が道場に響いている。今は稽古の真っ最中。

 伊織の太刀筋は読みにくく、素人の修馬は何度も舌を巻いた。左からかと思うと右から来て、下からかと思うと上から打ちこまれる。


 自律防御の魔法のおかげで身に着いた守備力を活かし、辛うじて伊織の攻撃を防ぐ修馬。隙を見て攻撃を仕掛けてはいるが、こちらの攻撃も全て防がれてしまう。一進一退の攻防。


「ふぅー。いつの間にか良い時間になっているようですね。今日はこれくらいにしましょうか」

 竹刀を下ろす伊織。外を見ると、すっかり日が落ちてしまっていた。


「ありがとうございました!」

 修馬も竹刀を下ろし礼を言うと、腹の奥がぐーと鳴った。10代男性の燃費の悪さはアメ車並だ。


「それでは僕は夕食の支度をしていますので、後はよろしくお願いします」

 そう言って去っていく伊織。残された修馬は壁に掛けられている座敷箒で広い道場を隅から掃いていき、そして乾いた雑巾で丁寧に乾拭きしていった。


 剣術は勿論のこと、ここで修行しているおかげで、掃除の腕前もだいぶ成長しているような気がする。伊織氏曰く、掃除は清く美しくだそうだ。あんなぼさぼさ頭の人に言われてもあまりぴんとこないのだが、まあ、普段使っている所が綺麗になれば、こちらも気持ちいいものだ。


 ピカピカになった道場を見て納得した修馬は、渡り廊下を伝い母屋に向かった。もうそろそろ食事の準備が出来ている頃だろう。


 庭に面している広い茶の間に入ると、大きなローテーブルに数種類のおかずが準備されていた。


「お、修馬くん、お掃除御苦労さま。もうすぐ出来るから座って待ってて」

 そう言って茶の間に現れた伊織は、何かが大量に盛られた大皿をテーブルの上に置いた。やった。これは鶏のから揚げだ。大好物なので、テンションがかなり上がる。


 本日の夕食メニューは鶏の唐揚げ、竹輪と大根の煮物、マカロニサラダ、オクラの胡麻和え、野沢菜漬けのようだ。オクラはあまり好きではないが、他は全部旨そうだ。


 食卓に着くと上座に座る紫色のブラウスを着た老婆と目が合った。彼女は伊織氏の祖母である。食事の時はいつも顔を合わせているのだが、基本挨拶をしても無視されるし、この3日間で会話などはしたことがなかった。


 一応頭だけは下げて、席に座る修馬。今、守屋家は色々と忙しいらしく、この3日間は修馬と伊織とその祖母の3人でいつも食事をしていた。この婆ちゃんは置物のように、いつもこの部屋にいるのだが、修馬が会う時は大抵食事をしているか、何か甘い物を食べている。


「それじゃあ、夕食にしましょうか」

 伊織はそう言って、お味噌汁の鍋を持ってきた。それに合わせて修馬はテーブルの横にある炊飯ジャーを開け、3人分のご飯をよそった。婆ちゃんは少なめで、伊織氏は普通。自分は大盛り。


 食卓を囲んだ3人はそれぞれ手を合わせ、そして食事を始めた。

 修馬は味噌汁に手を伸ばし、口を湿らせた。今日の具材は、きのこだ。薬味で入っている小ネギと擦った白ゴマが良いアクセントになっている。


 醤油だれに漬けこんで香ばしく揚げた鶏の唐揚げを中心に、おかずと白米をもりもり食べていく修馬。味付け濃い目のおかずに、白い飯がとにかく進んでしまう。

 崩した茹で玉子が入ったマカロニサラダと、シャキッとした野沢菜漬けを間に挟みつつ、竹輪と大根の煮物も食す。竹輪の煮物って地味に旨いよなぁ。


 結局大盛り飯2杯食べ切って食事は終了。ごちそうさまでした。

 食後に緑茶を飲んでいると、どこから取り出したのか婆ちゃんが水羊羹を食べ始めた。甘い物なら修馬も食べたかったが、守屋家にある和菓子はすべて婆ちゃんが食べる物だという謎の不文律があると聞かされていたので、とりあえずは我慢する。


 婆ちゃんは少し硬めの水羊羹を黒文字楊枝を使って一口大に切り、そしてそれを口の中に運んだ。皺くちゃの口でゆっくり咀嚼すると、突然何かが降臨してきたように口を開いた。


「あんたが禍蛇まがへびを退治するのか?」

 随分はっきりとした口調だったが、聞き慣れない声だったので反応が遅れた。


「お、俺? あ、うん。そうかも……」

 少し経って自分に言われているのだと気付き、慌てて返答する修馬。

 自分でもよくわかっていないのだが、珠緒や伊織の話を総合すると、どうも俺と友梨那で禍蛇とやらを討伐しなくてはいけないらしい。


「そうかい。あんたみたいな青瓢箪あおびょうたんがねぇ」

 婆ちゃんはお茶を飲み、何故かもう一度「青瓢箪がねぇ」と呟いた。


「俺に倒せるのかな? その禍蛇とかいう奴」

「さあ、それはわからない。けど最後は空から鏡池かがみいけに落っこちるよ」

 水羊羹を食べながら婆ちゃんは言う。鏡池とは、戸隠の麓にある山や木々の景色が、文字通り鏡のように映り込む景勝地のことだ。


「落ちるって、禍蛇が?」

「いや、違う。落ちるのはあんただよ」

「俺がっ? 空から!?」

 不吉なことを言われ、表情が固まってしまう修馬。今の俺はすっかりカナヅチになってしまったので、あんな大きな湖に落ちるというのはイコール死を意味すると言っても過言ではない。


「婆ちゃん、神託があったの?」

 そう聞いてきたのは伊織だ。その口調は、普段から婆ちゃんが予言の類を口にしているように聞こえた。


「婆ちゃん?」

 見ると、婆ちゃんは水羊羹に黒文字楊枝を刺したまま寝てしまっていた。凄いタイミングで寝る婆さんだ。


 まだ話の途中だったが、修馬と伊織は婆ちゃんを寝室まで運び、そしてすでに敷かれていた布団の上に寝かせた。


「婆ちゃんは預言者なの?」

 そして茶の間に戻った後、食べ終わった夕食の後片付けをしながら、修馬はそう聞いてみた。伊織は洗い物をしながら振り返らずに「うん」と答えた。

「前回喋った時は、禍蛇の復活を示唆していたからね。まあ、これは外れてくれた方がいいんだけど……」


 混沌より生れし白い大蛇、禍蛇。修馬はこの存在について、詳しいことを知りたかった。

「俺、よくわかんないんだけど、その禍蛇……ってやつは一体何なの?」


 スポンジに洗剤を足した伊織は、洗剤のボトルを定位置に戻すと、また食器を洗いだした。

「この辺りの地方に伝わる古い神様だよ。大きな厄災をもたらす祟り神なんで、長いこと封印されていたんだけど、それが解かれる兆しがあるみたいだ」


「祟り神……?」

 魔物相手に戦うだけでも持て余しているというのに、まさか自分が神と戦うことになるとは思わなかった。先程まではぴんと来ていなかった空から鏡池に落とされるビジョンが、今なら鮮明に思い浮かべることが出来る。


「もしもその封印が解かれて、禍蛇が復活したら、この世界は滅んでしまうのかな?」

 修馬がそう聞くと、伊織はシンクの水道を止め、タオルで手を拭きながらゆっくりと振り返った。


「土着神だからね。世界を滅ぼすほどの力は持ってないよ。我々だけでもきっと勝てる」

 伊織は修馬の肩を軽く叩き、茶の間に向かって歩いていった。少し肩を落とした修馬も、その後についていく。


「今日は9時から面白い洋画をやるみたいだよ。それでも見て、風呂入って寝よう。明日はいよいよ、本物の刀で特訓するから覚悟してね」


 微笑みながらテレビのリモコンを操作する伊織。点いたテレビから、一休さんのキャラクターを使った墓石、仏壇のローカルCMが流れた。

 修馬にはこれが、何かの暗示であるような気がしてならなかった。


  ―――第15章に続く。

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