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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第13章―――
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第65話 ガーネック国の民話

「打撲ですね。全治2週間です」

 目の前にいる緑の瞳の少女が、診断の結果を言ってくる。


 先程の粗末な部屋とは異なる寝室に連れてこられた修馬は、ベッドの上に腰掛け、水の入った革袋で左肩を冷やしている。どうせ明日には治る怪我だと自分に言い聞かせ、ずきずきする肩の痛みを堪えた。


「いや、すまなかったな。シューマの本気に応えようとしたら、つい足が出てしまった。悪気は無かったので許してくれ」

 背後にいるアーシャは、晴れやかな表情でそう言ってくる。文句の一つも言ってやりたいところだったが、こちらも剣術勝負なのに武器召喚術を使ってしまったため、大した反論は出来ない。


「アーシャさんはやり過ぎでしたが、私は見ていて楽しい試合でしたよ」

 緑の瞳の少女は、包帯を使い修馬の左肩を強く固定してくれた。後は患部を心臓より高い位置を保ち安静にしていればよいとのこと。この子はめっちゃ優しい。


「船医が近くにいて良かったな、シューマ。彼女の名前は、ビスカ・コルヴェル。まだ若いが、医術の腕は大人とそう変わらない」

 アーシャが彼女を紹介してくれる。歳は自分と変わらないくらいに見えるが、この子は医者なのだそうだ。


「船医? 船の医者?」

「そうだ。虹の反乱軍は、主に船で活動しているからな。海賊などと罵ってくる連中もいるが、我々が一般市民の命を奪うようなことは断じてしていない。これだけは信じてくれ……」


 帝都レイグラードから千年都市ウィルセントに向けての航海の途中、客船セントルルージュ号は反乱軍の攻撃を受け、海に沈んでしまった。

 その船に乗り合わせた修馬も、実際に反乱軍の船を見ているし、セントルルージュ号の船魔道士が反乱軍の船に攻撃する姿も目にしている。とはいうものの、アーシャが嘘をついているとも思えない。


 険しい表情で考えていると、不意に船医のビスカが口を開いた。

「シューマさんはアーシャさんとの試合の前に、魔霞まがすみ山にお知り合いがいるとおっしゃっていましたが、それってもしかして大魔導師のことですか?」


「ああ、うん。ココ・モンティクレールっていう大魔導師が、ペットと一緒に山頂の家で今も暮らしているはず……」

 修馬がそう言うと、ビスカは驚いたように手を震わせた。


「大魔導師の話は噂で聞いたことはありましたが、本当に魔霞み山で暮らしているとは思わなかったです。あの山には『無垢なる嬰児みどりご』が封印されているという伝説もありますが、もしかするとそれも本当の話だったりするのでしょうか?」


 ビスカの言葉を聞き、修馬は全身に鳥肌が立った。無垢なる嬰児みどりご。それを聞くと、どうしても不安な気持ちで押し潰されそうになってしまう。


「それは多分存在してるはず。ココは無垢なる嬰児みどりごの封印を守るために魔霞み山に住んでいると言っていたから」


 神妙な面持ちで話を聞く、ビスカとアーシャ。

「大魔導師ココは実在する……」

「星の鼓動の影響で魔霞み山は噴火させ、無垢なる嬰児みどりごの封印を解いてしまう。まさか帝国は、それを狙っているのか……」


 アーシャが帝国政府の目的に勘付くと同時に、修馬も魔霞み山山頂の館でココが言っていたことを思い出した。

「無垢なる嬰児みどりごの封印が解けると、龍神オミノスが復活する」


「龍神オミノス?」アーシャとビスカが声を揃える。

「うん。ココが言ってたんだ。無垢なる嬰児みどりごは龍神オミノスの幼体だって」


 そう言うと、彼女たちは顔を見合わせた。無垢なる嬰児みどりごのことは知っているが、龍神オミノスのことは知らなそうな様子だ。


「あたしたちの国には、無垢なる嬰児みどりごは白き龍と化し、この世の全てを破壊するっていう民話がある。だけど、その龍の名前までは伝わっていなかったな……」

「龍神オミノス。確かに大魔導師様がそうおっしゃっていたのですか?」


「言ってたよ。無垢なる嬰児みどりごを守る4つの聖地の内の3つが穢されてしまい、龍神オミノスが復活してしまうかもしれないって」


 そして修馬は彼女たちにココから聞いたことを、覚えている限り伝えた。

 聖地を穢しているのは天魔族の仕業であること。天魔族は龍神オミノスの討伐を悲願としていること。そしてその天魔族は帝国政府と繋がりがあること。


「絶滅していると聞かされていた天魔族に、世界を破滅に導く白き龍。民話で伝えられていたことが本当だったとは驚きです」

「そしてその天魔族は帝国政府に手を貸している。帝国が魔物を軍事利用しているのは周知の事実だが、まさかその裏に滅亡したはずの天魔族の存在があるとは思わなかった。そして無垢なる嬰児みどりごの封印を解こうなどという、愚行を企てているとは……。奴らは白き龍の力までも、戦争に利用するつもりなのだろうか」


 ビスカとアーシャは深く息をついた。自分たちの敵対している相手が、あまりにも大きな力を手に入れようとしていることに愕然としているようだ。


「俺はセントルルージュ号で天魔族にさらわれた、黒髪の巫女を救出しなくてはいけないんだ」

 修馬がそう言うと、ビスカは顔を上げ、そしてゆっくり頷いた。

「黒髪の巫女……。アルフォンテ王国の王女、ユリナ・ヴィヴィアンティーヌのことですね。シューマさんはアルフォンテ王国の王室関係者なのですか?」


「いや、その、そういうわけじゃないんだけど、たまたま縁があって追いかけてるだけ。それに彼女は龍神オミノスの封印を解く力を持っている。いち早く救出しなくてはならないでしょ?」

 しどろもどろになりながらも、何とか話をまとめる修馬。だがアーシャの表情は難しいままだ。

「ではどうする。グローディウス帝国に戻るのか?」


 そう聞かれるが、実際のところそこから先は何も考えていなかった。正直、友梨那が帝国にいるかどうかも定かではない。むっつりと口を閉じ考え込んでしまう修馬。外からは海鳥のような鳴き声が、微かに聞こえてきた。


 窓の外を覗き込むビスカ。どこか遠くを見るように目を凝らすと、はっとしたようにこちらに振り返った。

「帝国に戻るより、一度その途中にある千年都市ウィルセントに行かれてはいかがでしょうか? あの街には大魔導師の弟子を自称する女性が住んでいるんですよ」


「ココの弟子? 本物?」

 あの子供のような魔導師に弟子がいるのか?


「自称なので本物かどうかはわかりませんが、それでも医者を志す者は皆、彼女のことを知っていますよ。アイル・ラッフルズと言えば、高名な星魔導師ですが、優秀な薬師でもありますから」


 アイル・ラッフルズ。千年都市ウィルセントに住むその女性に会えば、魔霞み山のこと、龍神オミノスのことが何か分かるかもしれない。そもそもウィルセントといえば、元々目的としていた場所だ。もしかすると、マリアンナだって何だかんだでそこに辿り着いている可能性はある。


「興味あるね、ウィルセント。もしかして、ここから近かったりするの?」

 旅立つ思いを込める修馬。だがビスカは少し困ったように肩をすくめた。

「ここからでは、ウィルセントに行くにも帝国に行くにも、船がなければ辿り着きません。地続きにはなっていないので」


「また船か。この近くに港はあるのか?」

「港のある町は近くにあります。ですが、そこからは現在、ウィルセント行きの船は出ていませんね」

「マジで……」

 地続きになっていなければ、船便も出ていない。これは詰んだか?


「アーシャさん、シューマさんのことを船で送っていってはいかがですか?」

 押し黙っているアーシャに、ビスカがそう問いかける。だが彼女は、眉根を寄せたまま表情を動かさない。


「……送っていくのは構わない。構わないのだが、一つシューマに聞きたいことがある。アルフォンテ王国とグローディウス帝国は国交がなかったはず。一般人ならともかく、何故アルフォンテ王国の王女が帝都発の客船に乗船していたというのだ?」


「それは……」

 何と答えたらいいのか言葉を迷う。黒髪の巫女が実は本物ではなかったり、アルフォンテ王国の王宮騎士団から追われる立場だったりと、色々と状況が複雑なのだ。


「……今はまだ、何と言っていいのかわからない」

 伏せ目がちにそう答えると、アーシャは腕を組んで大袈裟に溜息をついた。


「そうか。まあ、とりあえず今日のところは安静にしておけ。船のことは、怪我が回復したらその時もう一度考えようじゃないか」


 そう言って部屋から出ていくアーシャ。残されたビスカも申し訳なさそうに頭を下げると、彼女の後と追っていった。


  ―――第14章に続く。

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