第64話 剣術対決?
建物の外に出ると、真っ青な夏の空が広がっていた。そして足元には瑞々しい芝生が一面に広がっている。
眩い日差しを手で覆い隠し天を見上げる修馬。空には1羽の白い鳥が風に揺られていた。仄かに潮の香りのする風が、涼やかに肌を撫でていく。
「ここは何処なんだ?」
そう言って、かぴかぴになっている乗馬服のような上着を脱ぎ捨てる修馬。
「ここはガーネック国の北に位置するリンザンベイ地区。我々虹の反乱軍が本拠地としているところだ。気候が暖かく橙の栽培が盛んな地域でもある」
アーシャの言葉を聞き、ぐるりと辺りを見回してみる。確かに建物の横に植えられた樹木にも、柑橘類の果実が実っていた。
するとその時、建物の中から何人かの青年と1人の幼い少年が出てきた。まだ小学校高学年くらいの少年は、どこか怒ったような顔をしたままアーシャに近づいていく。
「アーシャさん、決闘だよね。『跳ね馬』を持ってこようか?」
「いや、あれはいい。代わりに稽古用の木剣を2本持ってきてくれ」
「ちぇっ! 木剣かよー」
生意気そうな少年は不貞腐れた顔で振り返り、すぐに建物の裏へ走っていった。
「……あの子供も反乱軍のメンバーなのか?」
「まあな。我々虹の反乱軍は、帝国政府によって親を殺されてしまった孤児が中心になって出来た軍隊。あたしを含め、隊員は皆10代から20代始めの若者しかいない」
アーシャは哀しげに目を伏せ、身に着けている革製の鎧の位置を整えた。彼女や緑の瞳の少女にも、帝国政府に親を殺された過去があるのだろうか? いや、だからといって無関係な人間が乗る客船を沈めて良い理由には勿論ならないのだが。
そうこうしているうちに、先程の生意気そうな少年が2本の木剣を持ってこちらにやってきた。修馬は剣を受け取ると、それを握る己の指先を見つめた。昨日床板の継ぎ目に引っ掛けて剥がれてしまっていた爪が、もう元に戻っている。やはり異世界と現実世界を行き来すると、怪我が全回復するという俺の仮説は正しいようだ。
「さあ、始めようか。仲間を殺した憎いあたしを、好きなだけ叩きのめすがいい」
挑発するように、持っている木剣を前に掲げ左右に揺らすアーシャ。かなり戦闘慣れしている様子が窺える。果たして俺が勝てるだろうか?
数名のギャラリーが見守る中、決闘は始まった。
だが、女性が相手ということもあり、中々一歩踏み出すことが出来ずにいる修馬。そもそも、何でこんな状況になってしまったのだろう?
暫し睨み合いが続いていたのだが、アーシャは木剣を下ろすと勢いよく襲いかかってきた。
跳ね上がってくるような下段からの初撃は上手く避けたが、すぐに二の太刀が上段から飛んでくる。半歩下がり剣を振り上げ相手の木剣を弾くも、すぐにアーシャは追撃を放ってきた。だがその連続攻撃を、華麗な身のこなしで見事に弾き返す修馬。
「防戦には覚えがあるようだな」
意外そうな顔でこちらを見るアーシャ。これまでの戦闘、特に王宮騎士団の剣に備わった自律防御のおかげで、守備については体に染みついているようだ。だが攻撃はどうする?
試しにこちらからも何度か打ち込んでみるが、アーシャは体を捻るだけで軽々とかわしている。
「成程、攻撃はこの程度か……。これではつまらん」
修馬はがむしゃらに振り上げた木剣を、袈裟懸けに振り下ろした。だがその攻撃はアーシャの強い反撃で弾かれ、持っていた木剣は遠くに吹き飛ばされてしまった。
「勝負あったな!」
アーシャは止めを刺すための上段攻撃を放ってきた。丸腰の修馬は、思わず武器召喚術で木剣を呼び出し、その攻撃を剣の腹で防いだ。
「えっ!?」
周りの人間も含め、皆の声が揃った。それはそうだろう。木剣は飛ばされたはずなのに、再び修馬の手の中に現れたのだから。そして飛ばされた木剣も、そのまま芝生の上に落ちている。
「お前は何故、剣を2本持っている!?」
「あ、いや。これは違くて!」
慌てて手にしている木剣を投げ捨てると、それは芝生の上で泡のように消えてしまった。またも「えっ!?」と声が揃う周りの観客達。
虚を突かれたアーシャであったが、気持ちを落ち着かせるように息をつくと、目を細めて再度攻撃を仕掛けてきた。
「大人しく、負けを受け入れろ!」
「うわぁあああ! もう、負けで良いです!!」
そう叫んだ修馬だったが、何を思ったのか、今度は己の手の中に流水の剣を召喚してしまった。
修馬の持つ剣の切っ先から勢いよく水が噴き出し、アーシャの顔面にクリーンヒットする。
「ぐわっ!!」
予測不能の不意打ちで倒れたアーシャは、濡れてしまった顔を袖で拭い、どうにか体勢を立て直した。
「……シューマ。お前は魔術師だったのか? 魔法を使うなとは言ってなかったが、これは剣術の勝負だぞ!」
目をつり上げ、短い髪をかき上げるアーシャ。どうも余計な怒りを買ってしまっている。
芝生を蹴り、前に駆けるアーシャ。彼女は小さく跳ぶと、上段から剣を振り下ろした。体勢を崩しつつも後方に避け、何とかその剣撃を回避する修馬。だが攻撃はそれだけでは終わらなかった。
跳び上がり剣を振り下ろしたアーシャは、その勢いのまま空中で一回転し、修馬の左肩に浴びせ蹴りを放ってきたのだ。
「うっ!!」
崩れかけた体勢のまま、直撃を受ける修馬。肩に激痛が走る。
修馬はすぐに負けを認めなかった先程の自分を恨みつつ、天を仰ぎながら芝生の上に倒れてしまった。