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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第13章―――
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第63話 修馬の生還

 真っ暗な深淵を漂っているかのような深い眠り。記憶に無いだけかもしれないが、恐らく夢は何も見ていない。

 凄く久しぶりに熟睡出来たような気がするが、それは自分にとってあまり心地の良いものではなかった。


 擦りガラスから薄らと漏れる日の光を受け、修馬はゆっくりと重い瞼を開いた。視線の先には見たことのない少女の顔がある。薄いブラウンの髪、白い肌、エメラルドグリーンの美しい瞳。


 状況が掴めず「どうも……」と言葉を濁すと、向こうも困惑している様子で「い、生きていたんですか?」と聞いてきた。


 ここはどこだ? 俺は確か、エイの毒にやられて戸隠山の奥にある、守屋の親戚の家で倒れてしまったはず。


「あなたが助けてくれたんですか?」

 緑の瞳の少女にそう話しかけたが、彼女は「い、いえ、そういうわけじゃないですけど……。ちょっと待ってくださいね!」としどろもどろになりながら部屋の外に出ていってしまった。


 まさかあの女の子が医者ってことはないよな?

 少し痛む背中を起こし、部屋の様子を窺う修馬。体の下に敷かれていたのは干し草を織って作られた敷物。壁は板張りでくすんでいる小さな窓ガラスがはめ込まれている。置かれている家具も、素人が作ったような簡素なものが多い。失礼ながら、守屋の親戚の家の豪華さとは比較にならないくらい粗末な造りの部屋だった。


 山奥の診療所でも、もう少し設備がしっかりしているだろう。むしろ馬小屋か、物置きにしか見えないのだが、ここは一体どこだろう?


 そんなことを考えていると、部屋の外から先程の少女とは別の女の声が聞こえてきた。


「生きていただと? そもそも船医であるお前が死亡を確認したはずだろ?」

「そんなこと言われても、私だって訳がわからないんですよ。とにかくアーシャさんが責任もって見てください!」

「えー」

 そんな会話の後、ベリーショートカットヘアの女が部屋に入ってきた。


「これは驚いた。お前はまさか亡者か?」

 体を起こした修馬を見て、ベリーショートの女は目の横を手で掻いた。カルダモンの香りを漂わせるその女は、異世界で出会ったことのある人物。


 そこで修馬は、ようやく自分が異世界に転移していることに気付いた。

 前日、客船セントルルージュ号で千年都市ウィルセントを目指していた修馬は、途中反乱軍の襲撃を受け船と共に沈み、海の藻屑と化してしまった。そう思っていたのだが、どうやら俺は命拾いしたようだ。思わぬ幸運。これで友梨那のことを助けに行くことが出来る。


 修馬は一人盛り上がり拳を強く握り締め、そして視線を上に向けた。

「あんたは、関所の町で会った人だよね?」

「あんたじゃない。あたしの名はアーシャだ。お前は何という?」

 名を名乗るベリーショートの女。そう言えば以前会った時、何の自己紹介もしていなかった。


「俺の名前は修馬。よくわかんないけど、とりあえずは助けてくれたことに感謝する。ありがとう」

「シューマ? 面白い名だな。まあ、見覚えのある顔だったから引き揚げたまでだ。てっきり死んでいるものだと思っていたが、生きていて何より」


 アーシャは目を細め、修馬の顔を見下ろした。自分が生きていたことは本当に良かったのだが、よく考えてみるとそれだけでは済むという事態でもなかった。友梨那の命に関しては、クリスタ・コルベ・フィッシャーマンという天魔族が保証してくれていたので恐らく大丈夫だと思う。だがマリアンナの安否はどうだろう? どう考えてもあまり良い予感はしてこない。


「アーシャはさっき、俺のことを引き揚げたって言ったけど……」

「ああ。レイグラード発の客船セントルルージュ号がレミリア海で沈没したあの時、我々も近くでその姿を見ていたからな」

 腕を組み、視線を横に流すアーシャ。その先にいる緑の瞳の少女は静かに頷き、そっと息をついた。

「炎上し沈んでいくあの大型船の光景は、今でも脳裏に焼き付いています」


 修馬の頭の中にも、真っ暗な夜の海に赤く燃え沈んでいく客船の映像が浮かんできた。助かったとはいえ、あの時のことを想像すると、今でも足が震えてくる。反乱軍の攻撃によって沈められてしまった大型客船。


「反乱軍……」

 修馬はそう呟くと同時に、関所の町ゴルバルでマリアンナが言っていたを思い出した。帝国に反旗を翻す組織、『虹の反乱軍』。そこで会ったベリーショートの女は、恐らくその組織の一員だろうということを。


 はっと顔を上げ、アーシャの顔を確認する修馬。

「一つ聞きたいんだけど、アーシャはもしかして反乱軍のメンバーなのか?」

 質問を受け、アーシャと緑の瞳の少女は顔を見合わせる。暫しの沈黙が続く中、修馬は震える足を強く押さえつけた。


「ああ、そうだ。あたしは虹の反乱軍隊長、アーシャ・サネッティ。セントルルージュ号の沈没を食い止められなかったことは、今でも深く後悔している」


 船を沈めた張本人のその発言に、修馬は激しく立ち上がり、強くアーシャの肩に掴みかかった。

「お前が! お前らが攻撃してきたから、あの客船は沈んだんだろっ!?」


 修馬の大声が粗末な部屋に響く。だがそこで会話が途切れると、急にどこからか地鳴りのような音が聞こえ、そしてすぐに地面が大きく揺れだした。


「キャーッ!!!」

 叫んだ緑の瞳の少女が、床にへたり込む。


 アーシャは「またか……」と呟き、様子を窺う。修馬も昂った感情を落ち着かせるように息を吐き、その場に立ち尽くした。

 やがて微かな地響きを残し地面の揺れは収まった。比較的大きな揺れ。震度3くらいだろうか。


「……あの揺れで取り乱さないとは、思いの外冷静な男だな」

 アーシャは薄い笑みを浮かべ、感心したようにそう言ってきた。まあ地震大国日本に生まれた人間なら、この程度の揺れでパニックになる者などいるはずもないのだが、もしかすると今のは急に掴みかかってきたことに対する皮肉なのかもしれない。


「あんただって取り乱してはいないじゃないか?」

「あんたじゃない、アーシャだ。セントルルージュ号が沈没して以降、大きな地震が頻発しているんだ。おかげでいくらかは慣れることが出来たよ」

 だがそう口にするアーシャの横に、全く地震に慣れてない様子の少女が、床に膝をつき未だに震えている。


「時にシューマ。何故、セントルルージュ号の沈没の後に世界中で地震が多発しているか理解出来るか?」

 禅問答のようなアーシャの不可解な質問。船が沈んだことと地震が、どう結び付くというのだろうか?


 答えが分からずに黙っていると、跪いていた緑の瞳の少女が泣きそうな顔で「『星の鼓動』のせいですよぉ」と言ってきた。


「星の鼓動……? ああ、魔玉石まぎょくせきとかいうやつだな」

 始めは何のことかわからんかったが、よく考えるとセントルルージュ号の甲板の上で、老婆に化けたクリスタ・コルベ・フィッシャーマンがそのことについて話をしていたことを思い出した。帝都レイグラードから千年都市ウィルセントに向けて運んでいる、星の鼓動。それはただの宝石ではなく、強い魔力を秘めた魔玉石なのだと。


「そう、ユーレマイスの至宝である星の鼓動は、強力な地属性魔法が秘められている。その地属性の魔玉石がレミリア海の海底火山に沈んだ影響で、世界中の火山が活発化し大きな地震を生み出しているのさ。もしも世界最大の活火山である魔霞まがすみ山が噴火することにでもなれば、付近の町や村は消滅し、この世は闇で覆われてしまうだろう」


 アーシャのその言葉を聞き、修馬の顔が一気に青褪めた。魔霞み山が噴火? 付近の町が消滅?

「……まさか反乱軍は、それが目的であの客船を沈めたというのか?」


「それは誤解だ。我々は帝国政府が星の鼓動をレミリア海に沈めようとしているという計画を事前に知り、石の奪還に動いたのだ。まさか、帝国政府がセントルルージュ号ごと沈めようとしているとは予想出来なかったがな。その情報を知っていれば、多くの乗客を助けることが出来たのだが……」

 悔しげに目の端を震わせ、語気を強めるアーシャ。ただそう言われてもすぐに納得出来るものではない。


「俺の仲間が……、友梨那もマリアンナもあの船に乗ってたんだ。それに魔霞み山には友達が住んでいるのに、何でこんなことをっ!」

 修馬は掴んでいるアーシャの肩を揺さぶる。彼女が嘘をついているようにも思えないのだが、今はどこに拳を下ろしていいのか分からずに、ただ目の前にいるアーシャに怒りをぶつけた。


 されるがままに体を揺らしていたアーシャだったが、どこかでスイッチが入ったのか急に豹変し強引に修馬を突き飛ばした。

「若いくせに肝の据わった男だと思っていたが、どうやら私の見込み違いだったようだな」


 粗末な狭い部屋の中が、張り詰めた空気で支配される。

 緑の瞳の少女は小さな声で「可哀そうですよぉ」と呟いたが、アーシャはそれを無視し、表に出るように手で合図を送ってきた。


「あたしの言うことがどうしても受容しがたいというのなら、お前に機会を与えよう。剣を使って、1対1の勝負だ。我々が憎いのであれば、戦いであたしを打ち負かしてみろっ!」

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