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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第12章―――
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第62話 山懐の家屋敷

 宮司の藤田が運転する軽のセダンが、山奥の道をくねくねと走って行く。奇跡的に舗装はされているが基本デコボコで、しかも対向車が来たらすれ違うことが出来ないほどの横幅しかなかった。本当にこんなところに民家などあるのだろうか?


 森に挟まれた薄暗い道を抜けると、道路を跨ぐ木製の古い鳥居が現れた。恐らくここから先は神域だ。

 藤田は運転しながらも軽く頭を下げ、その鳥居の下を潜っていく。助手席に座る修馬も、通り過ぎた後に軽く頭を下げた。


 車での通過だったのであまり神域に入った気分はしないが、人の住んでいる区域に入ったのは間違いないようだ。左手には小さな果樹園があり、そこを越えると坂道に沿って低い石垣が見えてきた。

 修馬は走る車の中から窓の外を見上げた。その石垣の上には大きな建物が建っている。昔の豪農のような立派な御屋敷。


「着きました。ここですよ」

 運転する藤田はそう言うと広い庭に車で直接侵入し、そして玄関の前でブレーキをかけた。

 助手席の扉を開け、大きな2階建ての家を眺めながら深呼吸する。カーブの多い山道だったためか、少しだけ頭が痛い。


 藤田は大きな玄関口まで歩いて行くと、呼び鈴も鳴らさずにいきなり扉を開けた。

「ごめんくださいませ。藤田です」


 広い三和土たたきに、板敷きの廊下と真っすぐな階段が視界に映る。まるで旅籠はたごみたいな玄関。

 暫くすると、階段の上から白衣はくえ緋袴ひばかまの巫女装束を着た若い女性が下りてきた。一瞬気付かなかったが、良く見てみると、それは同級生の守屋珠緒であった。 

「ここに来ることは分かっておりました。藤田さん、ご案内ありがとうございます」


 分かっていた……?

 修馬は不可思議な思いで守屋の顔を窺う。だが彼女は両手をお腹の前で重ね伏せ目がちに俯き、こちらとは目を合わせない。


「いえいえ、こちらこそ。それでは私は失礼します」

 藤田はそう言うと、立ち話をするでもなくさっさと玄関を出て車に乗り込み、そこから帰っていってしまった。


 急に1人残されて少し困っていると、落ち着いた様子の守屋は「では、着いてきてください」と言って、板張りの廊下を音も無く歩き始めた。

 靴を脱ぎ式台に足を着いた修馬は、普段はしないのだが脱いだ靴を綺麗に並べ、そして急いで彼女の後を追った。


 厳かな雰囲気に呑まれ、声をかけることすらままならないまま彼女の後を着いていく。

 赤茶けた古い木戸を開き母屋から出ると、そこから離れの建物まで長い渡り廊下が続いていた。その間には小さな庭園があり、瓢箪型の池には数匹の鯉が上品に泳いでいる。


 まさか、こんな山奥に大物政治家が利用する料亭のような空間が存在するとは思わず、ごくりと息を呑みこんだ。静けさの延長で、小さく耳鳴りが響く。すると、そこから押し寄せてくるように脳の奥に痛みが走った。


 乗り物酔いに伴う頭痛だろうか?

 ゆっくりとこめかみに手を触れると、前をすり足で歩く守屋が突然口を開いた。

「今日は、建御名方神たけみなかたのかみのお姿が見えないのですね」


「あ、ああ。タケミナカタ? さっきの宮司さんに会うまではいたんだけど……」

 そういえばいつの間にか居なくなっていたが、まあその内出てくるだろう。


「けど、感じます。広瀬くんの後ろに佇んでいる山のように大きな存在を……」


 そこで会話は途切れ、2人は沈黙のまま渡り廊下を進んでいく。

 少しの気まずさを感じる修馬。こんな時こそタケミナカタに出てきて欲しいものだが、彼は基本空気を読まない神様。望むだけ無駄かもしれない。


「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」

「……何でしょうか?」


 修馬が声をかけると、一拍置いて守屋が言葉を返す。

 聞きたいことは山ほどあるのだが、真っ先に聞かねばならないことは間違いなくこれであろう。


「学校から友梨那が居なくなったんだ。もしかしたら守屋さんが何か知ってるんじゃないかと思って、戸隠まで来たんだけど……」


 庭園に生える木の上から、野鳥の甲高いさえずりが心地よく響いてくる。彼らのその鳴き声は縄張りを主張しているのか、それとも恋の季節なのか? 一秒の間隔が長くも短くも感じるこの不思議な空間で、守屋は静かに足を止め、そしてゆっくり時間をかけてそこから振り返った。


「友梨那ちゃん……。いえ、友梨那さんは私が昨日、戸隠に連れてきました」

 普段、それ程大きな声で話すタイプではない守屋なのだが、今ははっきりとした口調でそう言ってきた。


 やはりそうだったか。ほっとする気持ちと共に、すぐに会いたいという気持ちが押し寄せてくる。

 俺は友梨那に会いたい。会って、異世界の船の上で彼女を最後まで守れなかったことをどうしても謝罪したいのだ。


 だがそんなこちらの気持ちを察したのか、守屋は眉根を寄せて小さく頭を下げた。

「ですが、友梨那さんは今、ここにはおりません。彼女には別の場所で修行していただいてます」

「へ? 修行って何の?」


「『禍蛇まがへび』の力を封じるための修行です。あれを封じるには彼女の持つ大きな力が必要なので……」

 守屋はそう言って、再び渡り廊下を歩きだした。瓢箪型の池の中央にある小さな滝から、涼しげな水の音が心地よく響く。


「まがへび?」

「はい。混沌より生れし白き大蛇です」

 前を行く守屋は、そう答えると廊下の突き当たりにある離れ家の木戸を開き、中に入っていった。修馬は彼女の言っていることがよく理解できないまま、その後をついていく。


 離れ家の中にあったのは、仕切りの無い広い畳敷きの部屋だった。正面にある床の間と、その上に造られた大きな神棚の感じから、恐らく道場か何かだと思われる。


「こんにちは」

 広い部屋の中央で胡坐をかいていた男が、そう言って立ち上がった。ぼっさぼさの長髪が目につく、黒縁眼鏡をかけた作業着姿の青年。


「はじめまして、こんにちは」

 修馬が挨拶を返すと、作業着姿の青年は眼鏡のフレームをいじりながらこちらにじりじりと近づいてきた。少しだけ動きがきもい。


「君が建御名方神たけみなかたのかみの依り代になっている少年だね」

 後退する修馬を引きとめるように、作業着姿の青年は両肩を掴んできた。


「従兄弟の伊織さんです。変人ですけど、剣術に関してはかなりの腕前なので安心してください」

 守屋は説明するが、よく意味がわからない。わからないまま、至近距離でぼさぼさの頭を下げる伊織という青年。


「はい、守屋伊織です。どうぞよろしく。ちなみに鍛刀たんとうする時は、五代目守屋光宗みつむねと名乗っています。その光宗っていうのは僕の高祖父こうそふ、つまりひいひいお爺ちゃんの名前を受け継いでいるんだけど、あ、そうだ。君は鍛刀って言葉は知っているかい?」


「き、気持ち悪い……」

 修馬が思わずそう言葉を漏らすと、伊織は驚いたように大きく目を見開いた。

「えっ! 気持ち悪い!?」


 強烈な目眩に襲われた修馬は畳の上に膝をつき、そしてぐったりと横に倒れてしまった。そうだ。エイの化け物に毒攻撃を受けていたことをすっかり忘れてた。


 最後に「どく……」とだけ呟くと、目の前が真っ白になり、そして意識を失った。


  ―――第13章に続く。

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