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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第12章―――
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第60話 浮遊する魚

 突然の魔物の襲来に身構える修馬。宙に漂う半透明の巨大エイが、目の前で優雅にヒレを揺らしている。何だこいつは!?


 戸惑いながらも王宮騎士団の剣を召喚してみるが、その巨大エイは体の形状が不安定で、雨粒が当たる度に体の表面に波紋が広がっている。打撃、剣撃が通用しないパターンの魔物かもしれない。


「以前現れた液状の魔物であるな。こんなところまで追ってくるとは、よほど小僧に気があるようじゃ」

 からかうようにそう言ってくるタケミナカタ。あの時は姿を見せなかったが、どうやらこの巨大エイが学校のプールに現れた化け物のようだ。


 しかし、その時の化け物なら対処方法を知っている。修馬はすぐに王宮騎士団の剣を投げ捨て、振鼓ふりつづみの杖を召喚した。だが不意に急接近してきたタケミナカタが杖の太鼓部分に手を触れると、振鼓の杖は泡のようにどこかに消えてしまった。


「何すんだよ、タケミナカタ!!」

「まあ、落ち着け。その杖は危険じゃ。他の武具に変えた方が良いと思うぞ」

「他の武具!? けどこいつは物理攻撃が効かないんだぞ!」


 そんな揉め事をしている隙に、目の前の巨大エイが口から水流を真っすぐに飛ばしてきた。咄嗟に左に避ける修馬。大きな破壊音に驚き後方に目を向けると、そこには真っ二つに割れた賽銭箱があった。中から零れ落ちる小銭たち。


「くそっ、だったらこれはどうだ。出でよ『龍笛りゅうてきの杖』!」

 修馬は召喚した短い杖を前にかざすと、その先端から攻撃魔法を放った。龍笛の杖に備わっている魔法。それは火属性の魔法だ。


 雨の中ほとばしる渦状の炎。だがそれは巨大エイにぶつかると同時に、ジュッと音を立てて消失してしまった。まるで手応えがない。


「水の魔物に炎で対抗するとは何と愚かな。一体今までの戦闘で何を学んだというのか……」

 至極がっかりそうに肩を落とすタケミナカタ。お前が武器を変えろって言ったんだろ!


 宙を舞う巨大エイが滑空しながら襲いかかってくる。修馬はそれを屈んで避け、そして龍笛の杖を投げ捨てた。

 他に魔法が備わってそうな武器は何だろう? 涼風の双剣は風を噴射するだけで、基本は物理攻撃。水流の剣は絶対あいつに効かなそう。では他に何が……?


 昨日の異世界での戦闘を思い浮かべると、幾つか魔法が備わっていそうな武器があることを思い出した。修馬はその武器の形状を、頭に強く思い浮かべる。


「出でよ、名も知らぬ黒き杖っ!」

 言葉と共に、手の中に出現する漆黒の杖。それは異世界で伊集院が持っていたものだ。


 巨大エイの吐く水流をかわしつつ、修馬はその漆黒の杖を天に向かって掲げた。

 だがその直後、修馬の体が大きく脈打ち、そしてどういうわけか胃の中の物が一気に逆流してきた。


「おえーっ!!」

 絶望的な不快感で激しく嘔吐する修馬。何だ、この気持ち悪さは!?


「その杖は極めて禍々しい魔法を宿しているようじゃ。まともな人間では精神が持たないじゃろうな」

 相変わらず戦闘に参加しないタケミナカタが、他人事のように平然とした顔でそう言ってくる。


「くそっ!! 何なんだよ、伊集院の奴は!?」

 修馬は叩きつけるように、その杖を投げ捨てた。地面にバウンドすると、漆黒の杖は水飛沫と共にどこかに消え去った。


「それよりもクリスタと名乗る女がおったであろう。奴の武器が有効だと思うぞ。あの武器は良いぞぉ」

「……あの天魔族の奴か?」

 褐色の肌に幾何学的な白い模様が入った女。あいつの武器は確か、薙刀が左右両刃になったような刀身の大きな槍だった。


 そんなことを考えながら顎を上げると、更に異変が起きていることに気付いた。いつの間にか、修馬の周りには8匹の巨大エイがゆらゆらと宙を泳いでいる。


「増えてる! 分身でもしたのか!?」

「いや。分身というよりも、分裂したようじゃな」

「分裂っ!!」


 その時、1匹の巨大エイが襲いかかってきた。平たい体が修馬の頭上を掠めていくと、直後、巨大エイの長い尾が鞭のようにしなり、頭部に向けて叩きつけてきた。避けきれずに耳の上を打たれてしまう。


「エイは尾の先に毒を持つ種がいるので、充分に気をつけるがいい」

「そういうのは早く言えよっ!!」

 痺れるような痛みを堪え大声で叫ぶと、それと同時に2匹の巨大エイが左右から特攻を仕掛けてきた。


 ズバッと皮を裂くような音が鳴る。攻撃を与えたのは修馬の方だった。無意識に召喚した巨大な槍で、2匹の巨大エイを見事真っ二つに斬り裂いていた。これが天魔族、クリスタ・コルベ・フィッシャーマンが持っていた槍だ。


「物理攻撃が効いた! けど、何でだ?」

「その武器の名は、『天地の大槍』。槍先に大地の力が宿っておるので、水の魔物を倒すには幾らか都合が良かろう」

 タケミナカタはそう説明するが、何故大地の力が宿っていると水属性の魔物を倒すのに都合が良いのかはわからない。


「まあいい。水系の魔物には、この天地の大槍が有効なんだな!」

 槍を抱えた修馬は、その大きな刀身を振り、目の前の巨大エイ共を次々に斬り捨てていく。だが、5匹倒したところで修馬は気付いた。この巨大エイ、全然数が減ってない……。


「何なんだよ、こいつら……」

 刀身の大きな槍の重量が、肩に重くのしかかる。見ると目の前の巨大エイは20匹程に増加してしまっていた。倒す速さより、分裂する速度の方が勝っているようだ。


「このままでは埒があかないようじゃな。この雨が止むまで待つか、もしくは妖術の力で一網打尽にするしかないであろう」

「だったらやっぱり、振鼓の杖の雷属性魔法で殲滅した方が良いじゃないか?」

「いや、あれは良くない。蛮族の武具。非常に危険じゃ」

 大袈裟に首を横に振るタケミナカタ。どうもこいつは、この杖のことを毛嫌いしている節がある。


「その天地の大槍にも妖術は備わっておる。まずはそれを使ってみてはどうか?」

「この槍に? けど、どうやって使うんだ?」

「それは知らぬ。だが、宿っているのは大地の力。そう考えれば、おのずと分かるであろう」


 ……どういうことだよ。

 修馬は地属性魔法について考えを巡らせる。火属性や雷属性に比べると、凄く地味だ。地震を操ることが出来ればかなり派手だが、宙に浮いている敵に対してはあまり意味がなさそう。


 迫りくる巨大エイと戦いながら、修馬はとりあえず腹を括った。

「天地の大槍よ、お前に秘められたその力、今こそ俺に見せてみろっ!!」


 両手で持った天地の大槍を、修馬は力強く地面に突き刺した。地中で何かが蠢く音が鳴り、そして境内を埋める玉石が細かく揺れ動く。


 何かが起こるか……?

 そう思ったのも束の間、玉石の間から無数の突起物が地上に出現し、そして天を突き刺すように高く伸びてきた。


 修馬の周りを囲む、膨大な数の細い突起物。それは樹木の根っこのようだ。

 宙に浮いていた巨大エイたちの体は無数に伸びた突起物によって貫かれており、そこから水分を吸われてしまったかのように萎んでいくと、その樹木の根と共に地中に引きずりこまれていった。


「……倒した?」

 気が付くと巨大エイの化け物は、1匹残らずその場から消え去っていた。

 重い槍を投げ捨て、地面に腰を下ろす修馬。いつの間にかに雨は止んでおり、空からは薄らと光が差してきた。

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