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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第11章―――
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第58話 月夜の葬送曲

 虹の反乱軍からの攻撃を受けた客船セントルルージュ号は、現在少しだけ後方に傾きかけている。とうとう船尾部分が海に沈み始めているようだ。


 友梨那の手を取った修馬は、うろたえる人々の間を抜け船内の廊下を駆けていった。

「約束するっ! 俺が絶対に助けるから。君のことも、マリアンナのことも!」

「……うん!」


 船体が横に揺れ、大きな波が通路の窓を叩きつける。船魔道士が仕事をしてないせいか、海がどんどんと荒れはじめていた。


「ありがとう、修馬」

 友梨那にそう言われるが、実際お礼を言われるのはまだ早い。


「助けるのはこれからだよ」

「そうじゃなくて、マリアンナからさっき聞いたよ。私では手に入れることが出来なかったパナケアの薬を、彼女のために手放してくれたんでしょ?」

 繋いでいる友梨那の手の握る力が、ほんの少しだけ強くなる。


「いや、まあ結果だけみるとそうだけど。あの薬を持っていたのは本当に偶然だったんだ。間違って買ったやつだから、無駄にならなくてかえって良かったよ」

 それは実際にそうだった。ココから貰ったお金で誤って購入し、持っていただけの薬。別に礼を言われるようなことではない。


「けど、マリアンナは修馬のことをとても感謝していた。だから大丈夫、彼女は修馬に嘘はつかない。約束通り、私たちの元に戻ってきてくれる!」

「……ああ、わかった」

 そうだ、俺たちは3人とも助かる。そのためには絶対に救命艇を手に入れなくてはならない。


 開け放たれた大きな扉を抜け、船前方の甲板に出た。多くの乗客たちはここに集まっているようで、身動きが取れない程の黒山の人だかりが出来ている。


「見て、あれ!」

 友梨那に促され前方に目をやると、船首に近い左右の側面から救命艇を下ろしている様子が見てとれた。あの2か所から順番に乗客を乗せているようだが、だいぶペースが遅い。これで沈没までに救出が間に合うのだろうか?


 ぼんやりとした明かりが、苛立ち、慌てふためく乗客たちを照らしている。ふと見上げると、夜空には丸い月が浮かんでいた。黄金色に光る巨大な満月。

 異世界にも月があるのだな……。こんな状況であるにも関わらず、修馬はそんなことを思い浮かべていた。


 天から降りる月明かりが、セントルルージュ号の船首を仄かに照らす。見下ろすと、そこには1人の魔道士が立っていた。先程の船魔道士かと思い警戒を強めたのだが、良く見るとそれは黒いローブを羽織った伊集院であった。奴は怪我をした腕を押さえながら、何かを見張るようにきょろきょろと首を動かしている。


「まずい、あいつだ。一旦隠れよう!」

 そこから背を向けた修馬は、友梨那を連れて船内のバーラウンジに逃げ込んだ。


「帝国憲兵団がいたの?」

「いや、伊集院の野郎がいた。友梨那もたぶん会ったことがあるはず。昨日、旧校舎にある美術室でなんか一悶着あったんだろ?」


 友梨那は「ああ」と答えると、開け放たれた扉から船首の方に目を向けた。

「あの人も異世界転移しているのね。美術室では手荒なまねをさせそうだったから痛い目にあって貰ったけど、彼は帝国側の人間なの?」

「よくわかんないけど、状況的にそうみたいだ。今は俺たちが救命艇に乗らないように見張ってるんだと思う」


 ため息をつきつつ、船首に目を光らせる修馬。するとその時、どこからか鍵盤楽器のような音色が流れ込んできた。


「これは何の音?」

 友梨那はバーラウンジの奥にある舞踏場の入口を覗きこむ。その音色はどうもそこから聞こえてくるようだ。


「ピアノみたいだけど、こんな時に演奏してんのか?」

 随分酔狂な人間がいるものだと思いつつも、何故かその音楽がとても気になってしまう。修馬と友梨那はまるで催眠術にでもかけられたかのように歩きだし、舞踏場の中へと入っていった。


 哀しげなメロディーが静かに流れる閑散とした広いフロア。その端に置かれたグランドピアノの椅子には、立襟の白いシャツを着た銀髪の男が座り、優雅な佇まいでそれを奏でていた。


「さ、サッシャ!?」

 そこにいたのは他でもない、あのサッシャ・ウィケッド・フォルスターだった。彼はこちらの声など聞こえていないかのように演奏に没頭している。


「あの人……、誰?」

 何かを察したのか、友梨那は震えながらそう聞いてきた。サッシャは命を助けてくれた恩人で共に旅をした仲間でもあるのだが、大魔導師ココ・モンティクレールは彼のことを天魔族だと言っていた。今現在、こちらの味方になってくれるかどうかは正直わからない。


「サッシャは天魔族だ。俺が喰いとめるから、友梨那はその隙にここから逃げてくれ」

 己の決意を口にする。サッシャは演奏を止める素振りも見せないが、修馬は彼の姿から目を放せなくなった。


 暗くどこか不吉な旋律が、フロアに響いている。それはまるで沈みゆく船に捧げる葬送曲のようでもあった。


 友梨那、どうか逃げ切ってくれ……。

 心の中でそう願いを込めながらサッシャを睨む修馬。だが不意に背後から悲鳴が聞こえ、そこで慌てて振り返った。


「舞踏場へようこそ、黒髪の巫女よ」

 そう言って友梨那の首を押さえつける褐色の女。それは何と、クリスタ・コルベ・フィッシャーマンだった。


「な、何でお前がっ! 死んでなかったのか!」

「ふふふ、我ら天魔族が人間に殺せるとでも思ったのか? この娘が破壊したのは私が造り出した泥人形に過ぎない」

 クリスタは胸元に埋もれる友梨那の顔を覗き込んだ。


「修馬! 修馬っ!!」

「全く騒がしいお嬢さんだ。少し静かにして頂こう。……『石仮面』!」

 悩ましげな表情で、友梨那の横顔に息を吹きかけるクリスタ。すると息のかかった頬に石の膜のようなものが広がっていき、そして友梨那の顔は石の仮面で塞がれてしまった。抵抗を続けていた彼女の体が、急に大人しくなる。


「くそっ! 友梨那のことを殺させはしない!!」

 涼風の双剣を召喚させ、強襲する修馬。喉元目掛けて振り下ろした短剣は、振り上げたクリスタの腕に当たり止められてしまった。彼女の腕は岩のように硬い物体に変化していた。


「殺す? お前はそんなことを心配しているのか? 我々は黒髪の巫女を必要としているのだ。命を奪うはずもない」

 クリスタがそう言って笑うと、突然船が大きく後方に傾きだした。乗客たちの悲鳴が船中に響く中、斜めになった部屋の下方部に大量の海水が流れ込んでくる。


「あっ!!」

 声を上げる修馬の視線の先には、演奏を続けるサッシャの姿があった。彼は椅子に座ったままピアノごと海水に呑み込まれ、そしてあっという間に沈んでいってしまった。


「ふふふっ、そろそろ時間のようね。黒髪の巫女の命は保証してやろう。だからあなたは安心して死になさい。『石錘せきすいばく』!」

 クリスタの手から飛んできたつぶてが左足に命中した。するとその礫は突如として巨大化し始め、修馬の左の足首を丸ごと飲み込んでしまった。


「おいっ! 何だこれっ!?」

 ボーリングの玉のような足枷。その重さのせいで修馬は角度のある床を滑り落ち、体の半分が海水に浸ってしまった。


 クリスタは背中に蝶のような翅を広げ、宙に舞い上がった。

「いずれにせよお前たちはここで死ぬ運命。むしろここで我らに会うことで黒髪の巫女の命が助かったのだから、お互いに益があったと思うがいい」


 床板の継ぎ目に爪を引っ掛け、何とか海水の中に落ちないように留まる修馬。だが今は己のことよりも友梨那とマリアンナの安否が気掛かりで、胸が激しく締め付けられた。

「本当に……、本当に、友梨那のことを殺さないんだな」


「くどい男だな。我らが主、魔王ギーの大願を果たすには黒髪の巫女が必要不可欠。私の命に代えてでも、この娘のことを守ってやろう」


 その言葉を聞き、少しだけ安堵を覚える修馬。

 マリアンナ、約束を守れなくてごめん。けど友梨那の命だけは保障してくれているから、後はどうにかここから生き延びて、そして彼女のことを助け出してくれ……。


 修馬は最後の願いを祈り、そして大きく息をついた。


「さらばだ、黄昏の世界の住人。お前のことは、ハインによろしく伝えておいてやる」

 クリスタは翅を羽ばたかせると、上部にある舞踏場の扉から飛び立っていった。


 傾いている船が、少しづつその角度を上げていく。もはや、これまでかな……?

 引っ掛けていた爪が剥がれ、遂に修馬も押し寄せる海水の中に落ちていった。


 甲板から聞こえてくる悲鳴が消え、代わりに水の流れる音が静かに聞こえてくる。そしてその流れる音と共に、どこからか鍵盤楽器の音色が反響してきた。

 水の底を見下ろすとそこには大きな水泡があり、その中にはピアノを弾いているサッシャの姿があった。不幸なその運命を呪うかのような哀しい旋律が脳内に響く。


 た、助けて……。

 水中で声にならない声を上げ、そして藁をも掴む思いで救出を求めた。だがサッシャはこちらに気付いた様子もなく、ただ黙々と演奏を続けている。


 どうにかあの水泡の所まで進もうと思うのだが、クリスタにつけられた左足の足枷のせいでうまく移動することができない。


 ……もう限界だ。

 息苦しさも消え、体が動かなくなった修馬が海水の波に力なく漂うと、ピアノを弾いていたサッシャがその手を止めて、こちらの顔をじっと見つめてきた。


「セントルルージュ号の沈没、これを私がやったことだとしたら、あなたは私を軽蔑しますか?」

 水の振動を経由して、そんな声が微かに聞こえてくる。これはサッシャの声か?


 だがその質問に答えることは出来なかった。

 最後に残った灰の中の空気が喉を通り口から大きく漏れると、修馬はそのまま意識を失い、視界が真っ暗に暗転した。


「シューマ……。機会があれば、またどこかでお会いしましょう」


  ―――第12章に続く。

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