第57話 撤退
「友梨那っ!!」
「修馬! 生きていて良かった!」
柵を飛び越え、2階のデッキから甲板に飛び降りてくる友梨那。こんな状況ではあるが、ようやくこちらの世界で出会うことが出来た。無駄に長い旅をしてしまったが、その分嬉しさもひとしおだ。
再会の喜びで、今なら抱き合うことも可能な雰囲気だったが、マリアンナの目の前でそんなことをしたらこちらの命の保証がないので控えておくことにする。
「く、クリスタ様がやられただとっ!?」
一方、帝国憲兵団は石化して崩れたクリスタを見て明らかに狼狽している。最早、天魔族と帝国の繋がりは疑いようの無い事実であるようだ。だが今はそれどころではない。一刻も早くこの場を抜け、虹の反乱軍のものと思われる軍艦に逃げ込まなくてはいけない。反乱軍が我々を受け入れてくれるかどうかはわからないのだが……。
「動揺が広がっているこの隙に、船尾へと移動する。私が先陣を切るので、お前はユリナ様を守ってくれ。行くぞっ!!」
白刃を振るい甲板を駆けるマリアンナ。憲兵団も船魔道士も目の前にいる者は容赦なく斬り捨てていく。修馬は友梨那を守りながらその後を追っていった。
マリアンナが倒した人間を跳び越えながら前へ前へ駆けていく。だが途中に立ちはだかる1人の男が、先頭を行くマリアンナの行く手を阻んだ。その男の右目は、ルビーを思わせる妖艶な赤さを湛えている。
「私は帝国憲兵団大佐、フィルレイン・オズワルド。あなたはアルフォンテ王国王宮騎士団副長、マリアンナ・グラヴィエ殿とお見受けする。何故に帝国発の客船に乗船しているのかはわからないが、要件があるのなら聞いてやろう」
その時、激しい金属音が鳴り響いた。
言葉を無視したマリアンナが上段から剣撃を浴びせたからだ。対するフィルレインはそれをサーベルで弾き、そして剣に纏わせた炎でマリアンナを後退させた。
「それが答えだというのなら構わないが、その奥にいらっしゃるのはユリナ王女では? アルフォンテ王国の王女自らが、戦争の引き金を引きに来るとはこちらも驚きを隠せない」
そう言って嘲笑を浮かべるフィルレイン。それもそのはず、いつの間にか集まっていた数十人の憲兵団に我々は囲まれてしまっていたのだ。
「……どうする?」
マリアンナの顔を覗き見る修馬。彼女は深く息をつき「やる」と小さく答えた。
周りを囲む憲兵団がサーベルを抜き襲いかかってきた。修馬は友梨那を庇いつつ、王宮騎士団の剣を召喚する。人の体を斬りたくはないが、ここは戦場。そんな子供じみたことを言っていたら、大事な人を守ることなど出来やしない。
次々と斬り込んでくる憲兵団の兵士を、修馬は1人1人確実に打ち倒していく。マリアンナはフィルレインと一騎打ちを繰り広げているため、雑兵たちはこちらで全て処理しなくてはならない。
「友梨那、さっきみたいな光術で一気に殲滅できないのか?」
「ごめん。光術は他の魔法に比べてオドの消費が著しいの。今は簡単な補助魔法くらいしか使えない……」
背後で守る友梨那は、申し訳なさそうにそう呟いた。
だったら仕方がない。こいつら全員、俺1人で倒してみせる!
修馬は王宮騎士団の剣を逆手に持ち、真っすぐに投げつけた。目の前の兵士のみぞおちに、剣の切っ先が突き刺さる。彼は吐血すると、天を仰いだまま背後に崩れた。
「友梨那! 俺の体にしっかり掴まれ!!」
「えっ!? 何をするの?」
「今から無差別攻撃する。掴まってないと君も危ない」
あまり納得した様子ではなかったが、友梨那は腰の上に手を回してきた。それに合わせて、修馬は涼風の双剣を召喚する。
「行くぜ、涼風の双剣っ!」
大きく弧を描き、広い甲板の上を突き進む修馬。「回転するぞ!」
友梨那を背負ったまま激しく横に回転する。双剣を持った修馬は竹とんぼの羽のように伸ばした腕で、周りの雑兵たちを次々に斬り裂いた。
顔に付いた返り血を袖で拭い、修馬は背後に声をかける。
「大丈夫か?」
「う、うん。びっくりしたけど、一応……」
友梨那の胸の鼓動が、背中越しに伝わってくる。だいぶ驚かせてしまったが、それは敵側も同じようだ。先程の攻撃で3割程度の兵を倒したため、残っている雑兵の士気も下がってしまっている様子。サーベルを構えたままこちらを窺うだけで、向こうから攻めてくる様子はない。ここら辺で一気に片をつけるか。
「あっ!! 『魔法障壁』!!」
突然声を上げた友梨那は修馬の体から離れ、手の先に半透明の防壁を出現させる。そしてその防壁に、どこからか飛んできた巨大な炎の玉が激突した。
間一髪。危うく黒焦げになるところだ。
改めて確認すると、甲板の端にいる数人の船魔道士が皆こちらに向けて攻撃態勢をとっている。
「くそっ、あいつら反乱軍と戦ってたんじゃないのか!?」
そう言って船尾に目を向ける修馬。だが先程までその近くにあった虹の反乱軍のものと思われる軍艦は、セントルルージュ号の船尾から遥か遠くに離れていってしまっていた。
「反乱軍の船が……」
遠くを見つめながら、友梨那がそう漏らした。そして同じくそのことに気付いたマリアンナは、大振りの一撃でフィルレインを後ろに吹き飛ばすと、こちらに向かって声を上げた。
「作戦を変更する! シューマはユリナ様を連れて、この船に積まれている救命艇に乗り込め。この者たちは私1人で押さえつける!」
いや、それは無理だ。
フィルレインも相当な手練れ。それに加えて憲兵団と船魔道士たちが相手では、1人ではどうにもならないだろう。
「俺たちも戦う!」
「駄目だ! 救命艇にも数に限りがある。ここで時間を取られるわけにはいかない」
「だけど……」
食い下がる修馬。近づいてきたマリアンナは肩を抱いて身を寄せ合い、そして耳元で小さくこう呟いた。
「シューマ。ここは王宮騎士団副長という、私の立場を尊重してくれ」
彼女は少し笑った。いつも毅然たる態度を保っているマリアンナの珍しい表情。だが平穏を与えるはずのその笑顔が、何故か修馬の心を強く不安にさせた。
「けど王宮騎士団はもう辞めさせられているし、それに……」
友梨那だって、本当の王女じゃない。続けてそう言いたかったのだが、最早彼女にそんなことを言っても仕方がない気がして、そこで言い留まった。
「心配はいらない。事が済んだら私も必ず後を追い、救命艇に乗り込む。だからシューマ、それまではユリナ様のことをよろしく頼むぞ」
マリアンナがそう言うと、それまで様子を窺っていた船魔道士たちが、一斉に炎の玉をこちらに浴びせてきた。修馬は流水の剣で、マリアンナは剣撃の風圧で、それぞれ炎の玉をかき消してみせる。
「ふん。その程度の魔法が通用するような私ではない。幼少期より鍛え上げたこの剣技、その脳裏にとくと焼きつけるがいいっ!!」
敵陣の中、1人斬り込んでいくマリアンナ。悪鬼のような表情で剣を振るい、雑兵たちを次々に薙ぎ倒していく。
「友梨那はこれでいいのか?」
修馬はそれだけはと思い、小さく尋ねた。
「もう少し強い魔力があれば、3人を抱え飛翔魔法で港に戻ることも出来たのでしょうけど、私の実力ではそれが出来ない。足手纏いの私が何をどうこう言うより、マリアンナがそれを最善だと言うのならその通りに行動した方がいい。私はマリアンナのことを信じてるから……」
友梨那は下唇を噛み、修馬の顔を見上げた。そうだ。俺よりも友梨那の方が辛いのだ。
修馬は友梨那の手を取り、戦闘を繰り広げているマリアンナに首を向けた。
「わかったっ!! 俺が必ず友梨那のことを守る。だからお前も絶対に死ぬんじゃねーぞっ!!」
上空から再び火の玉が降り注いでくる。友梨那の手を握った修馬は、その炎を掻い潜りながら船内へと戻っていった。