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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第11章―――
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第56話 光を放つ

「友梨那っ!! 友梨那っ!! 友梨那ーっ!!!」

 力の限り今出せる最大の声で、修馬は何度も何度も繰り返し叫んだ。しかし地下3階の客室フロアから人の声は返ってこない。先程の反乱軍からの攻撃により浸水が始まっているため、すでに全員、甲板や上のフロアに退避しているようだ。


 薄く海水に浸った床の上を、修馬はびしゃびしゃとしぶきを上げながら駆けていく。最初の攻撃を受けてから、だいぶ時間が経ってしまっている。最早沈没は免れないだろう。


 何故こんなことになってしまったのか?

 逃れることの出来ない運命を目の当たりにしてなお、修馬はただがむしゃらになり友梨那の姿を捜し走り回った。


 その後階段を上り、地下2階の客室フロアも見て回る。そこには何人かの人達が未だに留まっていたのだが、いずれも友梨那でもマリアンナでもない一般の乗客だった。

 恐怖で足がすくみ、身動きがとれなくなっている者。死を悟り、諦めたようにベッドの上に横たわる者。理由はそれぞれあるようだが、修馬は通路で動けなくなっている老婆を訳もなく背負い1階の甲板まで走り出た。


 しかし外に出たところでその状況はほとんど変わらないだろう。

 辺りには、戸惑いを抱えた多くの乗客で溢れかえっている。そんな中しばらく周りの様子を確認したのだが、やはり友梨那の姿もマリアンナの姿も見つけることが出来ない。彼女たちは、一体どこに行ってしまったのだろう?


「虹の反乱軍が来てるねぇ」

 背負っていた老婆に急に話しかけられ、修馬は肩をびくりと動かした。


「勝手に連れてきてごめん。とりあえず、ここで下ろしてもいい?」

「いや駄目だ。それより反乱軍が暴れてるところまで連れてってくれるかい?」

 老婆は船後部を振り返り、そう言ってくる。その方向からは時折、大きな炸裂音が聞こえてきた。


「危ないからあっちには近づかない方が良い。そいつらは、この船を沈めようとしてるらしいんだ」

 虹の反乱軍と言えば、修馬は関所の町ゴルバルでそのメンバーらしき女性に出会っていた。彼女たちが関所を破壊してくれたおかげで修馬たちはそこを通ることが出来たのだが、今度はこの船を襲撃しているのだという。


「この船を沈めて反乱軍がどんな利益があるか、あんたはわかるかい?」

 不意に意味深な質問をしてくる老婆。何か事情を察している雰囲気だ。


「それはわからないけど……」

「知らないのなら教えてやろう。この船は今、ユーレマイスの至宝、『星の鼓動』を運んでいるのさ。奴らはこの混乱に乗じて、それを奪い取ろうとしているのかもしれないねぇ」


「至宝……、宝石か何かか?」

 振り返る修馬の首を、突如としてきつく締め付ける背後の老婆。


「ただの宝石じゃない。強い魔力を秘めた魔玉石まぎょくせきというやつさ」

「ぐぐぐ、ま、魔ろくへき……」

「とにかく連れていきな。ユーレマイスの至宝を反乱軍に取られるわけにはいかないからねぇ」


 首への締め付けが緩まった瞬間、嗚咽のような空咳が喉の奥からこみ上げてきた。歩けないものだと勝手に勘違いして助けてしまったのだが、普通に走れそうなくらい元気な老人だ。この人は一体何者なのだろう?


 1階のバーラウンジを通り、長い通路を走っていく。奥に進むにつれ、乗客の数が明らかに少なくなっていった。やはり船後部では、反乱軍との戦闘が起きているのだろうか?


「おい、お前たち! この先には危険だ。今すぐ引き返せ!」

 その時、修馬の前に白い腕章を着けた帝国憲兵団の兵士が立ち塞がってきた。やはりこの先では戦闘が行われているようだ。


「だから言っただろ、ばあちゃん。そういうわけだから向こうに戻るぞ」

 修馬は背に乗る老婆にそう言うのだが、彼女は目を瞑り首を横に振った。

「この船の中で、危険じゃない場所なんてありゃしないんだよ」


「そんなことはない。船首の近くから救命艇に乗ることが出来るはずだ。向こうで大人しくその順番を……」「『石仮面』!」

 兵士の喋りを遮るように、老婆がとある言葉を口にした。

 するとその兵士は顔を押さえ、そして体を背に反らしたまま仰向けに倒れてしまった。そのまま身動きを取らない兵士。


「よし、先に進むぞ。行け」

 有無を言わせぬ、老婆の命令。一体あの兵士に何をしたのかはわからないが、下手に逆らわない方がよさそうだ。老婆を背負った修馬は、そのまま真っすぐに船内の廊下を走っていった。


 長い通路を通り喫煙スペースを抜けると、修馬は船後方の甲板に出た。船尾から近い位置には反乱軍と思われる小型の軍艦があり、波に揺れている。船が沈もうとしているこの状況で、本当に小競り合いをしているようだ。


「攻撃を撃てっ!!!」

 どこからか聞こえるその声と共に、甲板の端にいる10名程の魔道士が一斉に炎の魔法を放った。反乱軍の軍艦が夜の闇を溶かすように真っ赤に染め上がる。


「あの攻撃してる魔道士みたいのも憲兵団なのか?」

「憲兵団? それは違うね。あの連中は安全に航海するためにいる船魔道士ふなまどうしさ。強風を静めたり、雷を避けたりするためにいる存在。この辺りは本来波風の強い海域だからね。まあ、ちょっとした海の魔物を退治するのもあいつらの役割だが、反乱軍の相手をするのは少々荷が重かろう……」


 背負っている老婆が肩の上から腕を伸ばしてきた。その手の指し示す先には、反乱軍の軍艦がある。


「古より大地に宿る地の精霊よ、その膨大なる力をここに解放し破壊の鳴動を響かせなさい!」

 呪文を詠唱する老婆。そしてそれが終わると同時に、客船と軍艦の間の海面から水流が高く上がった。その水圧で船首が砕ける反乱軍の軍艦。


「おやおや、少し外してしまいましたね。ならばもう一つ……」

 再度腕を伸ばす老婆。だが今度は、呪文を詠唱している途中で「うぐっ!!」と声を上げ、修馬の背から突然天高く飛び上がった。


 甲板の上に残された修馬は、何が起きたのかと思い首を上げた。船の上空その高い位置に、老婆は佇んでいる。その背中には何故か蝶のような翅が生え、そして空中で静止したまま甲板を見下ろしていた。


 あの老婆が、魔物? いや、まさか……。

 混乱する修馬の背後から何者かが忍び寄る。振り返るとそこには、険しい表情のマリアンナが立っていた。


「無事か、シューマ!?」

 そう言ってくるマリアンナの手には、王宮騎士団の剣が握られている。彼女がその剣で老婆を追い払ったのか? この現状から色々なことを察する修馬。


「あのばあさん、もしかして天魔族なのか?」

「ああ、見てみろ」

 マリアンナに言われ再度天を見上げると、空に浮揚している老婆の姿が徐々に形を変化させていった。肌は若返り褐色に染まっていく、そして幾何学的な白い模様が腕や脚に刻まれていくと、最後に触角のような角が頭に生えてきた。彼女は龍の渦と呼ばれる風穴で出会った天魔族、クリスタ・コルベ・フィッシャーマンに違いないようだ。


「ふふふっ、あの時の坊やが本当に生きていたとは驚きね。黄昏の世界の住人は不死身だという伝説は聞いたことがあるけど、あれは意外と真実なのかしら?」

 クリスタは鈍器のように大きな刀身の槍を手にし、上から勢いよく突っ込んできた。咄嗟に出した王宮騎士団の剣が、その槍をがっちりとガードする。


「今一度殺してみたら、その真偽がわかるかもしれないわね」

 互いの武器を重ね、競り合う修馬とクリスタ。だがそこにドレスをなびかせたマリアンナが力強く斬り込んでくる。


「そんなことはさせない!」

 マリアンナの会心の剣撃を受け、クリスタは甲板の上を吹き飛んだ。


「シューマ。この者たちを倒し、反乱軍の船に逃げ込むぞ!」

 前に剣を向け敵を威嚇するマリアンナが、修馬の横に立ちそう言ってくる。だが、果たして反乱軍が俺たちを受け入れてくれるのだろうか?


「けど、友梨那は!?」

「それならもう大丈夫だ」

 マリアンナが振り返り少し見上げると、2階のデッキ部分に強い風を受け立っている鈴木友梨那の姿があった。


「果てなき虚空を燦然さんぜんと照らす光の精霊よ、その青白き閃光で殲滅せんめつの裁きを下したまえ」

 友梨那の手の中に現れた発行体が、暗い夜空を明け方のように白く染めあげた。

「行けっ、光芒こうぼうの矢!!」


 その細長く伸びる一筋の光が、甲板の上で横たわるクリスタの体を真っすぐに貫く。

「あああああああああっ!!」


 海上に響くクリスタの断末魔。彼女の体はそのまま石化していくと、その貫かれた部分からひびが入り、そして音を立てて崩れた。

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