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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第11章―――
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第55話 逆賊の襲来

 先程の水属性魔法の影響で、湿り気を帯びる舞踏場。フィルレインの魔法による火柱も、今はすっかり鎮火している。


「この男と一体どんな因縁があるというのだ?」

 フィルレインは濡れた前髪をかき上げる。赤き右目からは湯気が微かに上がった。


「勘が鈍いな赫灼かくしゃくの。こいつは俺と同じ黄昏の世界の住人なんだ。なあ、修馬」

 仮面の男は蝶を模したその仮面を外し、そして高く放り投げた。修馬や他の乗客と同じような正装をしていたので気付かなかったが、その男は何と伊集院祐だった。あまりのしつこさに胃痛すら覚えてくる。


「くそっ。海の上まで追ってくるとは、中々の執念深さだな」

「お前が妙に着飾っていたからな。もしかしたらこの船にでも乗るんじゃないかと、思い至ったわけだ。勘が当たって良かったよ」


 伊集院が下を睨むと彼を中心に床が燃え上がり、円状の炎が作られた。赤き目を持つフィルレインは、その真っ赤な右目を大きく見開きその様子を窺っている。

「この男が黄昏の世界の住人だと……? 道理で不愉快な術を使うわけだな」


「不愉快だというのならさっさと手を引け。こいつの首は俺が貰っていく!」

 伊集院が手にしている漆黒の杖を振ると、囲んでいた円状の炎が外側に広がっていき、そして舞踏場の壁を真っ赤に燃やした。部屋の温度も、じりじりと上がっていく。


「おい、天凛てんぴんの。こんなところで魔法使ってんじゃねえよ!」

 抗議するフィルレイン。だが伊集院は悪びれもせずに、漆黒の杖で床をトントンと叩いている。

「さっきまで火の玉撒き散らしてた奴が、よく人のことを非難できるな」


「お前は加減ってもんを知らないだろうが! この船を沈める気か!?」

「沈んだら沈んだらで諦めるしかないだろ。そもそも俺の魔法程度で沈むような船ではないはず」

 伊集院は杖の頭に炎を宿し、修馬とフィルレインをけん制しだした。


「万が一の可能性を言っているんだ。その脆弱な炎でも枯れ葉を燃やすことくらいはできるだろう?」

 赤い右目から湯気のような煙が溢れ出るフィルレイン。彼もまたサーベルの刀身に炎を纏わせた。2人とも戦闘態勢は万端のようだ。こちらも油断はしていられない。


 修馬は細かい彫刻の施された短い杖を召喚した。これはヴィンフリート・パシュレ・ゲイラーが持っていた笛状の杖だ。修馬はここ数日の旅の間に、この杖に備わる魔法を使いこなせるようになっていたのだ。


「妙な術を使うと思っていたが、一体どういうことだ? 何でお前が師匠の『龍笛りゅうてきの杖』を持っている?」不快に顔を歪める伊集院。


「そうか。この杖は龍笛の杖というのか。召喚するのに名前がわからなくて格好がつかないから、少しだけ困っていたところだよ」

 修馬は杖の先端に炎を灯した。この短く杖には火属性の魔法が備わっている。目には目を。歯には歯を。炎には炎というわけだ。


「俺と魔法で勝負しようってのか。面白い。いくら師匠の武器を持っていても、おつむがまぬけでは勝負にならないな」

「いや、炎の力ならこの赫灼かくしゃくの魔眼を差し置いて語ることは出来ないだろう。この灼熱の炎を存分に味あわせてやる」


 高慢な態度で御託を並べる伊集院とフィルレイン。修馬が龍笛の杖を構えると、その2人もそれぞれの武器を前に掲げた。緊迫する空気が、炎の熱でゆらゆらと揺れ惑う。


 大きな波でも受けたのか、船体が僅かに揺れ動く。

 そしてそれが合図になり、三者三様の炎系魔法が術者たちから真っすぐに伸びた。地から鳴るような重低音がフロアにこだまし、そして炎は中央で激しくぶつかった。真っ赤に炎上する舞踏場。


 暫しの間、三方向から伸びる炎が力比べでもするように、競り合いをしていたのだが、魔力で劣る修馬が少しづつ押され始めてきた。口角を上げる伊集院。


 だが、その魔法はただの囮だ。

 まだ炎の残る龍笛の杖を投げ捨て、涼風の双剣を召喚した修馬は燃え上がる炎の中に跳び込み、それを割って出てくると、回転する剣舞で伊集院とフィルレインの腕を鋭く斬りつけた。真っ赤な鮮血が火の粉のように辺りに舞い散る。


 魔法の手が止まり、舞踏場の中心にたき火程度の炎が残った。

「くっ、奇術使いめ……」

 口を歪ませ血の滲む袖を睨みつけているフィルレイン。そして伊集院はというと、深くひざまずき赤く染まった腕を痛々しく押さえつけていた。

「……絶対に認めない。修馬が俺より強いなんてありえない話だ!」


 般若の如く目を吊りあげる伊集院。たじろいだ修馬は一歩身を引き、己の持つ涼風の双剣に視線を落とした。その2本の短剣には、微かに血が付着している。


 あまりよく考えもせずに手を出てしまったが、俺はこの剣で人の体を傷つけてしまったのか?

 この旅の中で魔物を斬る覚悟は出来ていたのだが、その相手が人になると話が違ってくる。しかもその相手は、かつての友人。修馬は罪悪感と己への嫌悪感、様々な激情が胸の中で渦巻き吐き気を催した。


「うっ!」堪らずに舞踏場の外へ駆けだす修馬。

「逃げる気か!?」

 まだ怪我の浅いフィルレインがその後を追ってくる。だが2人が甲板に躍り出ると、突然空気を振るわせるような大きな爆音が空に鳴り響いた。全長100メートルはある巨大な船体が、ゆっくりと左右に揺れる。走っていた2人も、自然とその足が止まってしまう。


「な、何だ、この爆発は!!」

 後方で叫ぶフィルレイン。ホテルマンのようなドゴール帽を被った船員が、単眼鏡を片手に船後方を確認した。


「小型の軍艦です! 本船はそちらより攻撃を受けている模様です!」

「この船を攻撃だと……? どこの海賊だっ!?」


「いえ、あれは恐らく『虹の反乱軍』の軍艦であります!」

「反乱軍が客船を狙うだとっ!? 奴らめ、この船が何を運んでいるのか知っているのか!?」


 再び爆音が鳴り、船体が大きく揺れ出した。フィルレインは歯を軋ませながら、目だけをきょろきょろと動かした。帝国の人間にせよ、セントルルージュ号の船員にせよ、これは不測の事態のようだ。張り詰めた空気が流れた後、乗客の叫び声があちこちから聞こえる。


「緊急事態だ。反乱軍への迎撃を最優先とする。手の空いている船魔道士は、全て甲板の上に集めろ!」

「はいっ!!」

 フィルレインの命令を聞き、船員たちが慌ただしく船内を駆け回る。


 とんでもない事態に巻き込まれてしまったようだが、俺たちのやることは始めから決まっている。友梨那を発見し、そして守ることだ。


 意識が反れたフィルレインの目を盗み、修馬は再び走り出した。そして混乱する人の波をかきわけて、甲板から再び船の内部へと戻っていった。

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