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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第10章―――
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第49話 オモイノカネ

 うつ伏せに倒れている男が目に映り、修馬の心臓は小動物のそれのように激しく鼓動している。


 何故この男は、こんな人気ひとけのない旧校舎で倒れているのか? まさか、また異世界の魔物が学校内に現れたのではないだろうな?

 部屋の中央に向かって、修馬はゆっくりと近づいていく。美術室の古い床がギッギッと怪しく軋んだ。


「大丈夫ですか?」

 そう呼び掛けてみると、倒れている男はゾンビのようにゆっくりと首だけを回転させ、倒れたままこちらに視線を向けた。


「ん? あー、何だお前か……」

 酷くがっかりとした口調でそう言ってくるのは、何とあの伊集院祐だった。


 特定の瞬間、荒々しく鳴っていた心臓がスイッチが切れたかのように静かになり、顔から血の気がさーっと引いていった。

 よりによって、こんなところでこいつと出くわしてしまうとは思わなかった。すぐに逃げ出せるよう体の方向を扉の方に向けようとするのだが、緊張のせいか体がうまく動いてくれない。


「……な、何でこんなとこで寝てんだよ?」

 気持ちを落ち着かせるための時間稼ぎとしてそう聞いてみたのだが、伊集院はこちらを無視するように首を振ると、気だるそうに起き上がった。頭でも打ったのか、しかめっ面をして後頭部を押さえている。


「ああ、こんな不気味な所で寝泊まりしてる奴がいるとは驚きだよなぁ」

 伊集院は言う。何を言っているのかはわからない。ここで倒れていた己のことを自虐的に言っているわけではないようだ。


 そして首をもたげながら近づいてくると、伊集院は何かを奪い取るかの如く修馬の右腕を素早く掴んできた。反射的に引き離したが、その時巻いていた包帯が解かれてしまい手首に描かれた赤い紋章が露わになってしまう。


「やっぱりそういうことか」

 口の奥で歯ぎしりを鳴らす伊集院。

 修馬が慌てて赤い紋章を手で隠したのとは対照的に、彼は己の左手首に着けていたリストバンドを外し見せつけてきた。そこには刺青のような黒い紋章が描かれている。修馬がココにして貰った、タケミナカタとの繋がりを厚くするための謎の印に酷似した絵柄。


「どういうことだ? お前もココにやって貰ったのか?」

「ココ? 違う。この『神紋しんもん』は師匠であるヴィンフリートにやって貰ったんだ」

「しんもん?」

 聞き慣れない言葉に頭を捻る修馬。


「そう、神の紋章で神紋だ。これのおかげで俺と守護神であるオモイノカネの関わりが深くなるんだ」

 伊集院がそう言うと、彼の肩の後ろからハンドボールサイズの白い物体がゆらりと出現した。それは完全にタケミナカタの色違い。


「はいはいはい。我こそは数多の思慮を修める智神、『八意思兼神ヤゴコロオモイカネノカミ』ですよ!」

 ハンドボールサイズの白い物体は、軽快に口を動かしそう自己紹介する。やはりタケミナカタと同じ、神様の類。伊集院が魔法を使いこなせるのは、この智神のおかげということなのか。


「オモイノカネ……。知恵という概念を司るけったいな神だな。良く知っておる」

 いつの間にか肩の上に出現した黒く丸い物体。これは勿論、修馬の守護神であるタケミナカタだ。


「むっ、何ですかあなたは? その汚らしい色合いは、もしや土着神ですね!」

 オモイノカネとかいう白い物体は、目を細め伊集院の頭の陰に身を隠した。


「汚らしいとは聞き捨てならぬが、土着神というのは間違っておらん。儂は諏訪の軍神、建御名方神タケミナカタノカミである」

 そう言って楽しげに笑うタケミナカタ。


「タケミナカタッ!? 成程かつての軍神が随分と小さくまとまりましたな。これではまるで少し大きなあんころ餅ではないですか!」

 伊集院の後頭部に隠れつつ、オモイノカネは悪言を吐く。


「あんころ餅は確かに旨い。しかし貴殿のような大福餅も儂は嫌いではないぞ」

「口の減らない軍神ですね。我も大福餅は好物の1つですよ。テケテケテケッ!」

 奇妙な笑い声を上げるオモイノカネ。一方その宿主である伊集院は一歩身を退き、修馬を睨んでいる。


「軍神? 修馬の守護神は軍神なのか?」

「ああ、良くは知らないけどな……」

 修馬は静かに息を呑みこむ。

 四大元素の全てを使いこなす魔道士という噂を聞き伊集院のことを恐れていたが、奴は奴で師匠と呼んでいた天魔族ヴィンフリートを倒した俺のことを警戒しているのかもしれない。


「タケミナカタさんは軍神だから強いですよ。しかしながら強いとはいえ、それは諏訪の中だけのお話。土着神の中では最強序列ですが、我が負ける相手ではありません」


「カカカカカッ。この軍神に喧嘩を売るとは何と愚かな。よかろう。儂に変わって、この小僧が相手になってやろうではないか」

 オモイノカネの売り言葉を、簡単に買ってしまうタケミナカタ。まあ、異世界ですでに喧嘩は売られてるので、状況はあまり変わらないのだがちょっと待ってくれ。


「いや、ここはタケミナカタが戦う流れじゃないのか?」

「ふむ。前にも言ったかも知れんが、基本的に儂は戦わぬぞ。まあ、今回は神話の延長戦ということで戦ってやってもよかったが、生憎この姿であるからな」

 丸い体を上下に動かし、その小ささをアピールするタケミナカタ。そしてそれには、オモイノカネも同意してきた。


「確かにそれは言えますね。お互いに守護する人間で勝負を着けようじゃないですか。先程は油断して若い娘さんに負けてしまいましたが、今回はそうはいきません」

 そのオモイノカネの言葉を聞くと、修馬の腕に鳥肌が立った。

 その若い娘というのは誰のことだ? それってもしかすると友梨那のことか?


「オモイノカネ、それを言うなよ!」声を荒げる伊集院。

「テケテケテケテケッ! あの娘さんの守護神は恐ろしい強さを秘めています。今の内に始末しておかないと、中津国なかつくにの均衡が崩れてしまうでしょう」

 意味深に笑うオモイノカネ。タケミナカタ以上に気味の悪い神様だ。


「お前……、友梨那に何かしたのか?」

 怒りを押し殺し、くぐもった声を出す修馬。対する伊集院は怪訝な表情で眉をひそめた後、何かに気付いたように目を大きくした。


「そうか。お前はアルフォンテ王国側についたんだったな。さぞかし黒髪の巫女、ユリナ・ヴィヴィアンティーヌのことが心配だろう?」

 伊集院のからかうような言葉づかいに、修馬は激昂した。

「ユリナ・ヴィヴィアンティーヌじゃねえ! 鈴木友梨那だっ!!」


「……すずきゆりな?」

「ああ」

 近づき胸倉を掴んだ修馬は、少し背の高い伊集院の顔を柄にもなく強く睨みつける。


「おいおいおい、何やってるんだお前たち!」

 その時、美術室の前の扉から突然一人の男が顔を覗かせた。学年主任の大河内博信だ。気持ちがエキサイトして、大きな声を出し過ぎてしまったようだ。


 伊集院は掴まれている修馬の手を叩き落とすと「何でもないです。少し遊んでただけですから」と冷静に答えた。一瞬だけタケミナカタとオモイノカネの姿が気になったが、大河内には見えていないようで、特に変なリアクションはなかった。


「本当か? 殴り合いは野蛮人のすることだぞ!」

 大河内にそう言われるも、伊集院は我関せずといった顔で美術室から出ていこうとする。


「おい、伊集院。友梨那には手を出すな!」

 後ろの扉に向かう彼に対し、修馬は勇ましく啖呵を切った。


「守ってみろよ」

 小さくそう言い残し、去っていく伊集院。


「おお、良いねえ! イジメや喧嘩は駄目だけど、青春の争いは先生嫌いじゃないぞ! 頑張れ、2人とも!!」

 何かを勘違いした大河内は、1人熱く盛り上がっていた。


 鼻歌交じりに体育館の方に移動していく大河内。だが彼らが去った後も、激しく揺れ動く感情で頭がいっぱいになった修馬は、しばらくその場から動くことが出来なかった。


  ―――第11章に続く。

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