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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第1章―――
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第4話 城下町レングラータ

 王宮騎士団への紹介状を受け取り、美魔女とその孫娘の住む山小屋を後にした修馬は、ひたすらに続く長い山道をだらだらと歩いていた。


 もうそろそろ、辿り着いてもよさそうなんだけどなぁ。

 そんなことを思いながら木々に覆われた山道を真っすぐに下っていくと、不意に林から抜け、良く日の当たる小さな丘へと出た。修馬は着なれないワンピースのずれた肩の位置を直しつつ、突き出た高台に移動すると、そこから遠くの景色を見渡した。

 丘の向こうの平野には大きな城壁が築かれており、その中央の高台には城のような建造物が見える。どうやらあの壁の中が城下町のようだ。


 だいぶ歩き疲れていた修馬だったが、目的地を確認すると気持ち足取りも軽くなった。情報を得たいのなら南にある城下町にでも行くといい。と言った金髪の女戦士の言葉を何となく思い出す。果たして元の世界に戻れる情報が、あの町にあるのだろうか?


 山道から続く坂になった街道を真っすぐに歩き、その先にある両端にやぐらを備えた立派な城門通る。そのまま城下町の中に潜入すると、すぐに民家のような建物がぽつぽつと見え始めた。近代的とはいえない古い街並み。


「もしもし、そこの変な人」

 突然民家の軒先のベンチに腰を下ろす、エプロン姿の中年女性に呼び止められる。変な人とは心外だが、現在の自分の格好を再確認しそれも仕方ないと諦めた。


「このワンピースは俺の趣味じゃなくて、旅の途中追いはぎにあってしまった結果、色々あってこうなったんだ」

 修馬は面倒なので端的に説明した。エプロンの女性はいぶかしげに目を細めると、袋の中からビスケットを1枚取り出し、手渡してきた。追いはぎにあったと聞いて恵んでくれたみたいだが、実際今は口の中がパサパサだ。正直飲み物が欲しい。


「ちなみにここは、何ていう町ですか?」

「ここは城北部の町、レングラータだよ、お兄ちゃん」

 ビスケットを咀嚼しながら自信満々にそう答えるエプロンの女性。都会にようこそ田舎の旅人。そんな風に言いたげなふてぶてしさを微かに感じる。


「成程、レングラータ」

 どう反応したら良いのか正解のわからない修馬は、そのまま町の名前をオウム返しにした。

 エプロンの女性は口の中の物を飲み込むと、少しだけ眉を上げ修馬の頭を見上げた。

「しかし、そのような黒髪は非常に珍しい。まるでヴィヴィアンティーヌ家の巫女様のようだわ」


 ヴィヴィアンティーヌ。それを聞いた修馬は、すぐに泉で聞いた言葉だと思い出した。不思議な響きのあるその言葉。恐らく山小屋で聞いた黒髪の巫女というのも、それと同一の人物を指しているのだろう。

「しかし、ビビアンティーヌって舌噛みそうになる名前だな」


「舌は噛まなくても良いけど、下唇は噛んでね。ビビじゃなくて、ヴィヴィよ。ヴィヴィアンティーヌ。この国を治める王族のお名前だからしっかり発音しないとね」

 エプロンの女性はそう言い、またビスケットを頬張る。ザクッという心地よい音が口元で鳴ったのを聞き、修馬もいただいたビスケットを口に入れた。ぼそぼそではあるが、まあまあ旨い。素朴な小麦の味のする懐かしい感じの焼き菓子だ。


「王家に仕える巫女さんか。想像だけどめっちゃ綺麗なんだろうな」

 修馬は白衣はくえ緋袴ひばかまを着た神道の巫女を思い浮かべる。やはりどの世界でも、巫女には黒髪が似合うということか。


「ええ、それはそれは美しい御方でしたよ。ただ、王家に仕えているわけではありません。ヴィヴィアンティーヌ家は王族でありながら神官の家系。その中でも黒髪を持って生まれてきた女児は、特別な力が宿っていると昔から伝えられているのです」


「成程、じゃあその巫女さんは、この国の王女様でもあるのか」

 修馬の言葉に、エプロンの女性はしっとりと頷いた。

「そうです。『黒髪の巫女』、ユリナ・ヴィヴィアンティーヌ様は、この国の第1王女ですよ」


 その時、修馬は後頭部を小突かれた。いや、実際にはされていないのだが、小突かれたような感覚を覚えたのだ。記憶の扉をノックされるかの如く。

「ユリナ……、ヴィヴィアンティーヌ?」


「そうよ、ユリナ・ヴィヴィアンティーヌ様。ただ、町の中ではあまりその名前を出さない方がいいわ」

「何で?」

 そう聞きながら修馬は思い出した。ユリナという名は、泉で出会った金髪の女戦士がタヌキ顔の女を呼ぶ時に言った名前だということに。


「大きな声では言えないけどね……」

 エプロンの女は言葉の通り小声でそう言うと、顔を近づけるようにと小さく手招きをしこう続けた。

「ユリナ様はひと月ほど前に、自らの命を絶たれてしまったんですよ」


「えっ!?」

 修馬の頭の中で考えが錯綜する。自ら命を絶った? 一国の王女が?

 てっきり修馬は泉で会ったタヌキ顔の女がその黒髪の巫女なのかと想像していたのだが、それはどうも誤った認識だったようだ。確かに思い出してみると、あのタヌキ顔の女は黒髪ではなく明るい栗色の髪をしていた。


「噂によると、ユリナ様はアルコの大滝に身を投じてしまったんだそうです。御遺体は未だ見つかっていませんが、あそこから落ちて生きているとは思えないからねぇ」

 独り言のように小さく呟いていたエプロンの女は、突然肩を揺らすと首をゆっくりと横に向けた。彼女の視線の方角から白馬が3頭、こちらに向かって歩いてくる。馬上には鋼鉄の甲冑かっちゅうまとった騎士が、それぞれにまたがっていた。


 白馬に気付いた町民たちは皆、通行の邪魔にならぬようにと道の端に移動しはじめた。随分位の高い騎士のようだが、もしかすると彼らが話に聞く王宮騎士団なのではないだろうか?


 白馬に乗った騎士たちは、修馬たちの前までやってくると強く手綱を引き、馬の足を止めた。

「君は……?」

 先頭の馬に乗った男は、糸のように細い目で修馬の顔と服を交互に見ている。顔と着ている服の性別が一致しないので困っているのかもしれない。


「男です。追いはぎに襲われ身ぐるみを剥がされてしまったので、女性物ですがこの服を借りています」

 修馬は極力丁寧にそう答えた。失礼があれば、首をはねられるかもしれないと感じたからだ。


「追いはぎ? 成程、そう言えば先程そちらの御婦人とそう話していましたね」

 糸目の騎士はまるで会話を聞いていたかの如くそう言ってくる。どういうことだろう?


「ミルフォードきょう、申し訳ありません。少しおしゃべりが過ぎてしまいました」

 エプロンの女は顔を青くして立ち上がると、そのまま深く頭を下げた。


「頭を上げてください御婦人。このような黒髪は非常に珍しい。彼を見てユリナ様のことを思い出してしまうのは、この国の民であれば仕方のないことです」

 糸目の騎士は穏やかな笑みを湛えながらそう言うと、ひらりと馬から降り修馬と向き合った。


「私はアルフォンテ王国、王宮騎士団団長ミルフォード・アルタインだ。度を越した地獄耳ゆえ、先程の君たちの会話は全て聞かせていただいた」

 ミルフォードと名乗る糸目の騎士は、ひと際大きい声でそう語った。修馬たちが王宮騎士団の存在に気付いた時かなりの距離が離れていたのだが、本当に全て聞こえていたのだろうか? とてもではないが信じられない。


「我が国は現在、隣国であるグローディウス帝国と戦争になりかけている状況。今回の王女ユリナ様に関する情報は絶対に隣国に漏れてはならないことなのだ」

 背の高いミルフォードが威圧するようにそう語る。嫌な予感しかしない修馬は、エプロンの女に助けを求めようと小さく後ろを振り返った。しかしそこにいたはずの女は、すっかり姿を消してしまっていた。あのババア、さっさと1人で逃げやがった。


「ちょっと待ってくれ! 俺はこう見えて結構口固いし、それに……」

 そこまで言ったところで、修馬は山小屋で美魔女から受け取った王宮騎士団への紹介状を思い出した。


「それに?」ミルフォードは声を低くして言う。

「いや。俺、実は王宮騎士団への紹介状を持ってるんです」

 修馬が懐に仕舞っていた封筒を前に差し出すと、ミルフォードの細い目が少しだけ開いた。

「紹介状?」


 封筒を受け取るミルフォード。中の便箋を取り出し上から目を通していく。

「成程。確かにグラヴィエ家の主から、副長マリアンナ・グラヴィエに宛てた紹介状で間違いないようだ」


 これはもしかして、助かりそうな雰囲気? あそこで紹介状を貰っておいて本当によかった。深く安堵する修馬だったが、次の一言で修馬の心は天国から地獄へと一気に落とされた。


「ひっ捕えろ」

 ミルフォードに言われると、他の馬にまたがっていた2人が降りてきて修馬の腕を掴んだ。一瞬、目の前が真っ暗になる感じがする。


「何で? その副長の何とかって人に会わせてよっ!!」

 修馬が大きく声を上げる。一方、ミルフォードは眉をひそめると小さく鼻を鳴らした。

「残念ながらその願いは叶えられぬ。何故なら、副長マリアンナ・グラヴィエは昨晩、罪人を連れてここから脱走してしまったのだ」


「脱走!? はあっ?」

 必死に抵抗する修馬の足元で、ピチャピチャと小さな音が鳴った。最初は水たまりにでも入ってしまったのだろうと、気にもしていなかったのだが、しばらくすると目の届く町中全てが浅い水の膜で覆われてしまっていることに気付いた。


「な、何だこれはっ!?」

 と言ったのは修馬ではない。目の前にいるミルフォードがそう言ったのだ。彼もこの水の膜が何なのか理解できていないようだ。


「水をさすようで申し訳ありません」

 エプロンの女が座っていた場所から、何者かの声がする。

 ゆっくりと振り向くと、そこにはベルベットのマントを羽織った銀髪の男が優雅なたたずまいで腰かけていた。


「この水は貴様の仕業か?」

 腰に帯びた長い剣を抜くミルフォード。一方、銀髪の男は、不敵に笑みを浮かべると挑発的な態度でそこから立ち上がった。

「水を操るのが唯一の特技でして……」

 言葉の通りその銀髪の男は手のひらをかざすと、そこから水の渦が現れぐるぐると回りだした。


「妖術使いめ! 何が目的だ!!」

 修馬を捕らえていた2人の騎士は、その手を放し青銅の剣を抜いた。しかし、銀髪の男の手のひらの上で渦巻いていた水が巨大刃のように変化すると、修馬の横にいた騎士は2人とも剣を弾き飛ばされてしまった。


「お前たちは下がっていなさい。ここは私が相手しましょう」

 ミルフォードは部下の安全を確保しつつ大剣を構え、銀髪の男をけん制した。団長というだけあって、他の2人とは威圧感が圧倒的に違う。


「それでは遊び相手になってください」

 銀髪の男の手の中に流れる水が垂直の線を描き、まるで剣のような形状になった。


「剣で勝負を挑んでくるとは、私が誰か知らないようですな」

 ミルフォードの剣撃が銀髪の男に襲いかかる。疾風はやてのように目にも止まらぬ攻撃だったが、銀髪の男はその水で出来た剣の刀身で、それを確実に防いでいた。


「勿論存じておりますよ、ミルフォード卿。ただ、私は剣術だけで戦うつもりはありませんのでご注意を……」

 銀髪の男はそう言って剣を弾くと、己の水の剣を足もとの水膜に突き刺した。するとミルフォードの目の前で間欠泉のような巨大な水柱が一気に噴出する。


「くっ、子供騙しだ!」

 ミルフォードが大剣を縦に振ると、その水柱はモーゼの十戒のように割れた。しかし、その割れた水柱に突っ込み、襲いかかる銀髪の男。2人の剣がぶつかると、激しく水しぶきが散った。力は拮抗しているようだ。


 成す術もなく立ち尽くす修馬。自分のために戦ってくれているこの銀髪の人に、何か手助けになることはできないだろうか?

 そんなことを考えていたその時、修馬は突然手ひらに水が流れる感触を覚えた。


 違和感と共に手元に目を移す。するとどうだろう? 修馬はいつの間にか銀髪の男と同じ、水の剣を手に握っていたのだ。

「わっ! 何だ、これは!!」

 軽く握る手の中に水が流れているような感覚がある。これは一体、どういう状況だ?


「へぇ、一目見ただけで私の『流水の剣』を真似るとは、型破りなセンスをしてますねぇ」

 銀髪の男は感心したように言うが、修馬はそれをうまく操ることができない。


「何なんだよ、これ剣なのか!?」

 先端を摘まんで出したホースの水が、手のひらの中で暴れているようなイメージ。制御することのできない水の剣は、切っ先の部分から大量の水が溢れ出ると、そのまま球体状に広がり遂には修馬の体を丸ごと包み込んでしまった。


「ゴボ、ゴボ、ゴボッ!!」

 地上にいながら溺れるという珍現象。息のできない修馬は必死に手足を動かすが、球状の水からはどうしても脱出することができない。


 酸素の供給が滞り意識が遠のいていく修馬。そして遂には膝が崩れ地面に転倒してしまった。しかしそれでも水泡は修馬の体を包み込んだままだ。

 死の間際、時間がスローモーションになるというは本当なんだなぁ。そんなことを考えながら修馬は天を見上げた。


 水面みなもの向こうに太陽の明かりが白く揺れている。鼻から出てきた小さな空気の泡が、コポコポと音を立て浮かんでいき、光の中に消えていった。


  ―――第2章に続く。

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