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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第10章―――
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第48話 美術室の怪

 硬い地べたの上で寝ていたはずの修馬だったが、目が覚めるとそこはとっても柔らかいベッドの上だった。


「うわっ! 久しぶりの現実世界!」

 跳ね起きる修馬。

 しばらくの間、異世界での旅が続いていたが、ようやくこっちの世界で目覚めることができた。やはりこっちの世界は安心感が半端ない。その幸せを噛みしめてもう一度、二度寝したいところだがそうも言ってはいられない。現実世界に戻ってきたのならば、まずは友梨那に会って向こうでの状況を説明しなければならない。


 ベッドから降りた修馬は素早く着替えを済ませる。そして急いで部屋を出たのだが、右手首に刻まれた赤い紋章が目に映り慌てて部屋の中に引き返した。


 危ない危ない。異世界に慣れてすっかり普通になってしまっていたが、傍目から見たらこの手首の紋章は、ほぼタトゥーだ。現実世界では目立ち過ぎてしまう。

 修馬は学習机の引き出しから包帯を取りだすと、右手首に巻きつけ医療用テープで止めた。当面はこれで誤魔化すしかない。


 改めて部屋を出て階段を下りると、台所にいた母親がひょっこりと顔を出してきた。

「何、あんた出掛けるの? ご飯は?」

 台所からは味噌汁と焼いたベーコンの香りがしてくる。幸せな朝食の匂い。だが俺はそんな誘惑にも打ち勝つ強さを異世界で鍛えていたのだ。


「ごめんいらないや。今からちょっと学校に行ってくる」

「えっ、学校? 休みになったら急に行き出すのね。補習か何か?」

「補習……? あー、まあそんなことだよ」

 勉強道具を一切持っていかないのに補習も何もないだろうが、母は納得したように頷いている。この人はいつもどこか抜けているが、それも今は好都合。納得している隙に玄関に移動する。


「あー、そういえばさっき、家の前にたすくくんが来てたわよ」

 そう言われ、靴を履こうとしている修馬の体が中腰の体勢で固まった。そうだ、伊集院のことをすっかり忘れていた。現実世界ではあいつとエンカウントする確率が、飛躍的にアップするではないか。


「そ、それであいつどうしたの?」

「いや、何か変な様子だったのよねぇ。外からあんたの部屋をじっと見てたから何だろうと思って声を掛けたんだけど、私の顔見たら逃げるようにどこかに行っちゃったのよ。あんたたち喧嘩でもしたの?」

 母は呑気な顔でそう語る。喧嘩のレベルならまだよかったのだが、状況は更に深刻だ。


 説明しづらいことなので「まあ喧嘩してるかなぁ」と曖昧に言葉を濁す修馬。

 それにしても伊集院の奴に出くわしたらどうすればいいだろうか? 俺が現実世界でも武器召喚術を使えるのだから、あいつはあいつでこっちの世界でも魔法が使えるのかもしれない。

 聞くところによると、伊集院の奴は四大元素全ての魔法が使える天才魔道士だということだからな。本気の戦いになったら、命の危険すらあるかもしれない。


「とりあえず、あいつが来ても家には絶対に入れないでくれ。命が危ない!」

「何、訳わかんないこと言ってるの? ご飯食べないなら、早く学校に行きなさい!」

 追い出されるように家を出ていくしかない修馬。こちらの本気がまるで伝わらないというのは何とも歯痒いものだ。


 自転車を走らせ、学校へと走る。友梨那の連絡先は知らないが、学校の屋上に行けば大体会うことができると彼女は言っていた。何ゆえに連絡先が教えて貰えないのかはわからないが、今はいち早く彼女に会い、そして異世界での現状を伝えなければならない。


 夏の日差しを浴びながら立ち漕ぎで走る修馬。四方から降り注ぐ蝉の声と、窓を開け放っている民家から聞こえてくる高校野球のサイレンの音。こっちの世界はやたらと暑いけど、とりあえず平和のようだ。


 校門を取り抜けガラガラの駐輪場に自転車を止めた修馬は、早速校舎の中に忍び込み屋上への階段を上った。相変わらず解放されたままになっている扉を開け、陽の光の眩しい屋上に出ていく。

 

「友梨那……?」

 おずおずと声を出す。だがそこには誰もいない。静かな夏の空と、割れたタイル床の間から雑草が生えているだけのいつもの屋上。


 ここに居なければ他に当てがないのだけどもな……。

 人の居ない屋上を闇雲に歩く。すると端の方から水の弾く音が聞こえてきた。手すり越しに覗き込むとその下にはプールがある。友梨那は人がいない時に時々プールに忍び込んでいると言っていたが、今は水泳部が練習しているだけで彼女の姿はなかった。一体何処に行ったのだろう?


 それでも学校の中にいるだろうと思い、校舎の中を隈なく捜していく。屋上、プールにもいない。2年生の教室、図書館、体育館、どこにもいない。そして体育館の先、渡り廊下で繋がれた旧校舎にも捜索の範囲を広げた。


 この中には剣道場や柔道場などがあり、旧校舎とはいえ未だに使用している建物だ。

 軋む廊下を歩いていくと、奥にある美術室の扉が開いていることに気付いた。誰も居ないようだが開いた扉から一応中を覗きこんでみる。


 旧校舎の教室は昼間だというのに何だか薄暗い。

 少し不気味な雰囲気がしたので長居はしたくなかったが、気になることがあり修馬は動きを止めた。普段なら綺麗に並んでいるはずの三脚イーゼルの幾つかが、無造作に倒れていたからだ。


 これは何で倒れているのか?

 不審な思いで美術室の中にこっそり入ると、その倒れているイーゼルの中心に1人の男がうつ伏せで横たわっているのが目に映った。

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