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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第9章―――
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第46話 大きな幸福

 あれから修馬とマリアンナの2人は、途中小さな町に宿を設けながら西に向かって3日間歩き続けている。その間、修馬が現実世界に転送されることはなかった。


「今回は長いなぁ」

 岩山の細い道を歩きながら、修馬は独り言葉を漏らす。


「今回というのは何のことだ? それは次の町の話か?」

「いや、そうじゃない。こっちの話……」


 現実世界に転移することがあれば、向こうで友梨那に事情を説明してどこかの町に留まって貰うことも出来るのだが、そういう時に限って異世界から出ることができない。全くもって上手くいかないものだ。


「時にシューマ、腹はすいているか?」

 マリアンナにそう聞かれ、修馬は己の腹の具合を考える。

「そうだな。豆でも食うから大丈夫だよ」

 修馬のポケットの中には、大量の豆が入っていた。先日道の脇に自生していたものを摘んでいたものだ。


「いや、そうではない。次の町が見えてきたんだ。そこを見てみろ」

 マリアンナは足を止め、高台から下を覗きこんだ。崖の下、山の谷間に挟まれた長細い平地に大きな集落が形成されていた。


「本当だ。あそこは何て町?」

「あそこは関所の町ゴルバル。人々の行きかう旅人の町ということだ」

「関所? 一度国境を越えるのか?」

 眼下に見える集落に目を凝らす修馬。確かに谷の間に砦のような壁が築かれている。


「国境の関所ではない。帝都に行くために関所だ。その昔、帝都レイグラードは王族や貴族、そして一部の特権階級の者しか住むことを許されず、旅人や商人などは関所で審査を受けた上でないと通ることが出来なかったという歴史がある」


「何だ、昔の話か。今は普通に通れるの?」

「ああ、こんな所で足止めをされている場合ではない」

「確かにそうだな」


 もうすぐ次の町に着くということだったが、なんとなく口が寂しくなった修馬は豆でもかじろうとズボンのポケットに手を伸ばした。5、6粒手に取りそこから出す。すると小さい豆を手にしていたはずがどこでどう変わったのか、修馬の手には竹の皮でくるまれた柔らかい包みが握られていた。


「うわっ! なんだこれ!?」

 突如現れた小さなお弁当程の竹皮の包み。こんなものどうやってポケットの中に入っていたのか?


「何だその白い物体は?」

 マリアンナもこれに興味を示し、横から覗きこんでいる。確かに竹の皮の隙間から白い物体が見えていた。とりあえず包みを開いてみると、そこには粉を振った餅が2つ収まっていた。


「餅だ。いや、餅じゃなくて大福みたいだな」

 その形、柔らかさ、薄らと透ける中身の存在から、そう推測する修馬。餅は餅でも大福餅ということだ。

「ダイフク? 何だそれは?」

 大福を知らないマリアンナ。まあ、当たり前の話だ。


「お菓子だよ。お菓子」

 何でこんなものが入っていたのはよくはわからず、ポケットの中にもう一度手を突っ込む。まだ大量の豆粒が残っていたはずだが、いつの間にかすっからかんになっていた。これは以前、桃を袋から出した時にピーチタルトに変換されていた時と同じ現象と思われる。これはお菓子な現象だ。


 はっきりとは解決しないが、その甘い誘惑に負け修馬は大福を一口頬張った。

 塩気のある薄い餅を食い千切ると、中に入っている甘さ控えめの粒餡が口の中に押し出され舌の上でじわりと溶けた。疲れている体が欲している全てが、この菓子の中に詰め込まれているかのようだ。


「うまーいっ!!」

 思わず笑顔になり、残っているもう1つの大福をマリアンナに差し出す。

 しかし未知のお菓子に怪訝そうな表情を浮かべる彼女は、恐る恐る口に運びゆっくり咀嚼した。すると険しかったはずの顔が、徐々に徐々に笑顔へと変化していった。


「……なんだこれは? こんな旨い菓子は初めて食べた」

 普段から笑うことの少ないマリアンナをも笑顔にさせてしまう至高のお菓子。大福とはよく名付けたものである。2人は顔を合わせると、何を言われるでもなく近くに転がっている大きな石に腰を下ろした。突然のおやつタイム。


「一口食べただけで、今までの疲れや不安が一気に吹き飛んでしまうかのようだな」

 マリアンナはそう言って天を仰ぐ。数日前に出会ってしまった王宮騎士団のことを思い出しているのだろう。


「確かにここまで色々あったしねぇ……」

 口の周りを粉だらけにしながら、もう一口大福を頬張る修馬。甘いお菓子に舌鼓を打ちながら、その時のことを密かに思い出した。


 天魔族ヴィンフリートに逃げられた後、本来ミルフォードはマリアンナと俺を本国に連行、またはその場で処刑しなければいけなかったはずなのだが、どうしてなのか彼はそれをしなかった。


 ミルフォードの目的はアルフォンテ王国王女、ユリナ・ヴィヴィアンティーヌの偽物である鈴木友梨那、そして逃走の手助けをしていると思われるマリアンナ・グラヴィエを捕縛すること。だが肝心の友梨那がいなかったため、マリアンナの罪自体も不問になったようだ。


「同時期に姿を消したので共に逃げていると思っていたが、私の勘が外れたようだ。しかし王宮騎士団から無断で脱走したことは団の規律違反に当たるため、マリアンナ・グラヴィエは本日をもって退団して貰う」というのはミルフォードの言葉だ。


 修馬の罪が許されたわけはよくわからなかったが、ミルフォードは修馬のことなどは最初から見えていなかったかの如く振る舞い、そして倒れている仲間を起こしそこから去っていった。


 ただ彼は去り際に一度だけ振り返り、こんなことを口にしていた。

「これから世界は大きな戦争に発展していくだろう。どんな運命が待ち構えていようとも、悔いの残らない選択をしたいものだな」


 その言葉の真意はわからなかったが、戦争という言葉が少しだけ気にかかった。知識としては当然知りつつも、あまりリアリティを感じないその言葉。

 戦争というのは時代という波が生んだ大きなうねりだと誰かが言っていた。自分がどう行動しようとそれを回避することは不可能だろう。

 俺に出来ることは友梨那を見つけだし、そして彼女のことを守ってやるだけだ。


「それにしても伊集院のことはどうすればいいかな……」

 修馬は手に付いた大福の粉を叩き落とすと、腰掛けていた石から立ち上がった。合わせてマリアンナも共に立ち上がる。


「イジュウインとは天魔族に仕えていたあの魔法使いの名か?」

「うん。そう」

 この借りは絶対に返すと、あの時伊集院は言っていた。奴とは必ず近いうちに戦うことになるだろう。


「ユリナ様に被害が及ぶのであれば倒さねばならぬだろう。その男も、天魔族も」

「そうだよね……」

 そしてまた麓にある町に向かって歩き出す2人。


 山頂から谷に向かって冷たい風が吹き下ろす。陽の光で温まった空気と入り交じりその場で旋回すると、風は2人の間を撫でるように吹き下ろしていった。

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