第43話 岩石砂漠の戦闘
「ほほう、お前が天魔族か。私は以前、天魔族を思われる者と戦ったことがあるが、その者に比べて貴様は随分と魔物に近い形状をしている」
こちらに近づいてきた3騎の騎馬の中央にいる男が、細い目を少しだけ開きヴィンフリートの全身を隈なく観察している。
「お前はアルフォンテ王国のミルフォード・アルタイン。何故我が天魔族であると気付いたのだ? 随分遠くにいたようだが、まさか我らの会話が聞こえていたわけではあるまい」
ヴィンフリートは言う。確かに奴の言う通り、先程の会話をしていた時点では王宮騎士団の姿は捉えることができなかった。
「失礼。度を越した地獄耳ゆえ、君たちの会話は全て聞かせていただいた。逃げている我が部下を追っていただけなのだが、思わぬ収穫があった。帝国が魔の力を軍事利用しているという噂は聞いたことがあるが、まさかその陰に天魔族がいたとは驚きだ」
「けけけっ。我がこの国にいるだけで、帝国に力を貸している理由にはならぬ。それよりも敵国であるアルフォンテ王国の騎士団長がここにいることの方がよほど問題だと思うが……」
「その問題はない。僅かに生き残った天魔族の末裔らしいが、貴様にはここで消えて貰う。そしてマリアンナ副長。ここで大人しくしなければ、お前も命はないものと思え!」
ミルフォードが細い目でこちらを睨む。その様子を見ていたヴィンフリートは「けけけけけっ」と首を動かして笑った。
「仲間が助けに来たのかと少々肝を冷やしたが、それはこちらの早合点だったようだな。アルフォンテ王国の王宮騎士団とは、実にまとまりの無いで連中である」
ヴィンフリートの体に薄い炎の膜が覆っていく。その炎が負傷した左の翼に達すると、逆再生するかのように綺麗に傷穴が修復されていき元の翼に戻った。
「最早その女は仲間などではない。そして横にいる従者、貴様も無事では帰れないと思え」
馬上から刺さるミルフォードの眼光。あまりの迫力に、膝ががくがくと揺れだしてしまう。
「そ、そんなに簡単に仲間だった人間の命を奪うなよ! それがお前らの騎士道なのかっ!?」
「面白いことを言う。お前は騎士道が何たるかを知っているのか? 本来粗暴な戦士である我々が生涯をかけて遵守すべき精神的規範。貴様のような者が軽々しく口にしていい言葉では断じてないっ!」
ミルフォードは白い刀身の剣を抜くと、それを大きく横に振りそして前に掲げた。
「待ってください団長! 今回の件にシューマは関係ないはずです!」叫ぶマリアンナ。
「いや、関係はある。この者は以前、マリアンナ副長宛ての手紙を持って訪ねてきた者に間違いない。そしてその時共にいた男こそ、私が天魔族ではないかと疑っている者だ」
「それはサッシャ・ウィケッド・フォルスターのことだな。奴も貴様と本気で戦えなかったことを悔やんでいたようだよ」
天魔族特有の邪号というミドルネーム付きのその名を口にするヴィンフリート。それは修馬の旅を最初に助けてくれた天魔族の名前だ。
「シューマが天魔族と……、どういうことだ?」
マリアンナは混乱したように、きょろきょろと視線を動かした。ミルフォードが来たせいで、話が少しややこしくなってきてしまった。彼女も誰が敵なのかわからないといった状況かもしれない。
「つまりそいつも魔族に近しい者だということだ。ここで首を落としていくのが道理っ!」
ミルフォードの振るう白刃が修馬の喉元を狙う。しかし手にした王宮騎士団の剣が、修馬の身を守った。辺りに響く強烈な金属音。
「けけけけけっ、人間の敵は常に人間だ。違うかね?」
続けてヴィンフリートの杖から放たれた炎が、目の前に迫ってきた。修馬は無意識に剣を投げだすと、瞬時に涼風の双剣を召喚し、そして風の勢いで上空に飛び上がった。その炎は背後にいたミルフォードに直撃してしまう。彼は苦々しい顔で剣を振り、纏わりつく炎を払い消した。
「この程度の炎でやられる私ではない。死にたいと言うのなら、先に始末してくれよう!」
ミルフォードの矛先がヴィンフリートに変わった。王宮騎士団とは話し合いで解決した方が理がありそうなので、こちらも天魔族から先に倒させて貰う。
目の前ではミルフォードとマリアンナがヴィンフリートに攻撃を仕掛けている。ゆっくりと地面に着地した修馬は、涼風の双剣を捨てそして再び王宮騎士団の剣を召喚した。涼風の双剣での回転攻撃は非常に強力だが、無差別に攻撃してしまうというリスクもはらんでいる。多数対1のこの状況では、あまり使用しない方がよいだろう。
身を構えタイミングを狙っていると両手が勝手に動きだし、剣を振り被るような形で背中を守った。背後で2回、剣のぶつかる音がする。驚いて反転すると、そこにはミルフォード以外の王宮騎士団員の2人が攻撃を仕掛けていた。
くそっ、ここは一時協力して、天魔族を倒す流れだろ。現実世界でも異世界でも、空気の読めない奴は本当に嫌いだ。
目の前にいるのは、眼帯の男と髭面の男。いずれも頭の固そうな顔をしている。
「どうせお前ら、上司の言う通りにしか動けない社畜だろ? 言ってもわからない奴らは、時間の無駄だから瞬殺にしてやるよっ!!」
やけくそで斬りかかる修馬。王宮騎士団の剣と眼帯の騎士の持つ青銅の剣が火花を散らす。奴らの武器は、こちらの物より幾分劣るようだ。力のない修馬でも互角に打ち合いができるし、何より向こうの剣には自律防御の魔法も備わっていない。多分。
2人による左右からの攻撃を華麗に捌き返す修馬。自律防御のおかげで俺、まじで剣の達人。けど腕が凄く疲れる。そろそろ反撃しないと肩がやばそう。
修馬は眼帯の騎士の目が塞がれている側、つまり死角に回り込むと剣の腹で兜の側面を力の限り殴りつけた。想像以上にクリーンヒットし、手が滅茶苦茶痺れる。思わず剣は放してしまったが、眼帯の騎士は脳震盪でも起こしたように地面に崩れた。とりあえずこれで、1人撃破。
しかしもう1人の騎士も、その状況を黙って見ているわけではない。気が付くと、修馬の背後で髭面の騎士が青銅の剣を天に掲げていた。
これはまずいと反射的に身を伏せると、突然天から大きな炸裂音と共に掲げていた青銅の剣の先端に小さな稲妻が落ちた。卒倒する髭面の騎士。
何もせず2人目撃破? いや、違う。よく見ると、修馬は稲妻の魔法が備わっている振鼓の杖を手にしていた。いつの間にかにこれを召喚し、そしていつの間にかに魔法を使用していたようだ。
倒れる王宮騎士団員を静かに見下ろし、そして修馬は力強く地面を踏みしめる。
残す敵は、天魔族ヴィンフリートと王宮騎士団団長ミルフォードの2人。ヴィンフリートを倒した後にミルフォードと交渉したかったが、2人仲間がやられた状況で果たして彼はその交渉に乗ってくれるであろうか?