第40話 あの薬
「お、お前、マリアンナじゃないか!? 何でこんなところで寝てるんだ? どこか具合でも悪いのか? 友梨那は一緒じゃないのか?」
ベッドの上のマリアンナに、幾つかの質問を繰り返す修馬。しかし彼女はこちらを見ると苦々しく眉を寄せ、そして苦しげに喉の奥から息を吐いた。
「……誰かと思えばお前か。意外と早かったな。不甲斐ない私を笑うがいい」
「別に笑わねぇよ。けど、不甲斐ないって何のことだ? 戦闘に負けて怪我でもしたのか? それとも……」
マリアンナと共にいるはずの友梨那の身を案じた修馬だったが、それ以上は聞くことが恐ろしくなり、出かかった言葉を静かに呑み込んだ。
「戦闘での怪我など勲章のようなものだが、私がここにいる理由はもっと不名誉なことだ……」
そう言うとマリアンナは寝返りをうち、こちらに背中を向けてしまった。
その不名誉なことについては教えてくれそうにもなかったので、横にいた白衣の女にそのことを尋ねる。すると、割と深刻な回答が返ってきた。
マリアンナは『紅斑瘡』と呼ばれる疫病に侵されているのだという。この病に罹患した者は、初期症状として皮膚に赤い水ぶくれができるのだが、数日すると今度はそれが肺などの内臓にまで浸食していき、やがて呼吸困難を引き起こし死に至ってしまうのだそうだ。
「紅斑瘡については研究中で詳しいことはわかっておりませんが、人から人への感染は確認されておりません。一説には、魔物から人へ感染するのではないかと言われています」
白衣の女はため息混じりにそう語ると急に目力を強め、修馬の鼻先に顔を近づけてきた。
「一時期は不治の病と恐れられたこの病気。もしや『奇跡の人』ならこれが治せるのではないですか?」
奇跡の人と呼ばれるが、俺に出来るのは生憎武器を召喚することくらい。勿論、俺が治せるのならば治してやりたい気持ちは当然あるのだが。
「ちょっと待って。その紅斑瘡とかいう病気は、治療法がないの?」
そう聞くと、顔を近づけていた白衣の女は表情を消し、そこから静かに後ろに下がった。
「そうですね。一昔前は治療法がありませんでしたが、今は一つだけ有効な薬があります。しかしその薬は非常に希少な物で、ウィルセントのような大都市にでも行かなければ手に入らないというのが実情です。先日、彼女の付き添い人がそれを求めウィルセントに向かわれましたが、手に入るかどうかは正直わかりません」
「付添い人? 友梨那がか……」
思わずその名を呟くと、枕に顔をうずめていたマリアンナが険しい表情でこちらを睨みつけた。
「私がお守りしなくてはいけないはずなのに、このようなことになってしまうなんて……。お前に願いを頼める立場ではないのかもしれないが、どうか私に代わってユリナ様をお守りしてはくれないか?」
涙交じりに懇願してくるマリアンナ。勝気な女戦士の意外な一面を垣間見る。
「そりゃあ、友梨那のことは守るよ」
修馬がそう言うと、マリアンナはどこかに哀しさを感じる笑顔を薄らと浮かべた。
「ありがとう。こんなことを頼めるのはお前しかいないんだ。私のことは、この町の病院で死んだとでも伝えておいてくれ」
何てことを言うのだと思い、マリアンナの顔に目を向ける。しかし彼女は表情を変えず、真っすぐに修馬の顔を見つめ返した。
私たちは王国から追われている身。ユリナ様がここに戻ってくることなどあってはならない。お前はどうかユリナ様を連れて、どこか遠くの国に逃げきってくれ……。
声こそないものの、その表情からそんなことを言われたような気がした。
「馬鹿なこというなよ。友梨那のことは守るけど、お前のことだって心配だ。2人で一緒にその薬を持って帰ってきてやる! だからその薬の名前を今すぐ教えろっ!!」
マリアンナの想いなど軽く無視した修馬は、力強くそう叫んだ。するとすぐに横にいた白衣の女が「パナケアの薬です」と答えてくれた。この女、最初は冷酷な奴だったが、奇跡の人と認識されてからはだいぶ対応の仕方が優しくなってきた。奇跡の人という扱いも案外悪くない。
「良し、パナケアの薬だな。わかった!」
パナケアの薬。実に覚えやすい名前だ。いや違う。覚えやすいのではない。俺はこの薬の名前を、すでにどこかで聞いたことがあるのだ。
「おい、ちょっと待ってくれ。パナケアの薬なら俺持ってるぞ」
肩に掛けていた麻袋の中から、丸薬の入った小瓶を取り出す修馬。バンフォンの町のよろず屋で買ったこの薬。確かパナケアの薬とかいう名前だったよな?
「こ、この黄金色の瓶は間違いなくパナケアの薬の正規品、星屑堂の品物! 何ていうことでしょう。流石は奇跡の人です。マリアンナさん、良かったですね。パナケアの薬ですよ。病気が治ります!」
何時にない高いテンションの白衣の女。確かに貴重な薬だとは聞かされていたが、そんなにも凄い薬なのかと今更ながらに驚きを覚える。
「パナケアの薬……? 本当に?」
よろよろと体を起こしたマリアンナは、丸薬の入った小瓶を手にすると顔を伏せながら肩を震わせた。
「簡単に手に入る薬ではないはず……。本当に私が貰っても良いのか?」
「当たり前だろ。さっさと飲んで病気を治せ!」
そもそもこれは偶々持っていただけで大事な物でもないし、病人のために作られた薬を、病人に飲ませない道理もない。
白衣の女から金属のコップに入った水を受け取ると、マリアンナは「ありがたく、頂戴する」と言って、水と共に丸薬を飲み込んだ。
そしてベッドに横になると、彼女は安らかな表情を浮かべ天井を見つめた。早く回復してくれよ。正直なところを言うと、俺はまだソロプレイできるレベルじゃなかったりするからな。
新たな仲間を得たことで不敵な笑みを浮かべる修馬。これで次のステージまでの命は繋がった。
「そういえば一つ聞きたいんだけど、何でマリアンナは信濃の国なんて言葉を知ってるんだ?」
ふとそのことを思い出しそう聞いたのだが、マリアンナからの反応は何もなかった。見れば目を閉じてすやすやと眠っている。よほど病気で体力を消耗しているのか、それとも薬の効き目が強力過ぎるのか?
「これできっと良くなります。ゆっくり休んでくださいね……」
白衣の女は、眠ってしまったマリアンナに語りかけるようにそう言い、ずれた掛け布団の位置を直した。