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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第9章―――
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第39話 何とかの国

「お兄さん! 黒い髪のお兄さん!」

 何者かに揺さぶられ、修馬は目を覚ました。


 恐る恐る横になった体を起こし、周りを確認する。

 幾つかのベッドが並ぶ大きな部屋。そして修馬の寝るベッドの脇には、白衣の人物が2人。1人は、白髪頭で鼻がやたらと大きいまるでお茶の水博士のコスプレでもしているかのような初老の男性。それとその傍らに若い女が1人。


 ここは異世界だったかと頭で理解する前に、その若い女の顔を見た瞬間、修馬の左足に冷たい鈍痛が走った。そこにいたのは、昨日足の怪我の治療をしてくれた白衣の女だった。


「おはようございます。あなたの折れた骨は昨日私が完璧に処置しましたが、一応先生にも確認のため診察して貰います。ということで、折れている方の足を出してください」

 語気を強めそう言ってくる白衣の女。修馬は昨日の痛みを思い出し、額に薄らと脂汗が滲んできた。


「うわー、やだなぁ。ぽっきり折れてるんだよねぇ。痛いんだろうなぁ。痛いんだろうなぁ……」

 先生と呼ばれたお茶の水は、目を反らしながら左足の包帯を極めてゆっくりと解いていく。この人は本当に医者なのか?


「先生、そんなペースでは日が暮れてしまいます。ここは迅速に進めましょう」

 お茶の水とはうって変わり、白衣の女は包帯の巻かれた左足を乱暴に掴み取ると、ぐるぐると包帯を巻き取り始めた。ちょっと待ってくれ、お前は手を触れてくれるな!


「わかりました! わかりましたから、乱雑に扱うのはやめてください!」

 と懇願しているのはお茶の水だ。彼はこちらの気持ちを察して丁寧に言葉を代弁してくれている。なんという立派な医者だろうか? いや。俺の中では、もはや聖人と言っても過言ではない。


「そうおっしゃるのでしたら、可及的速やかに作業を行ってください」

 白衣の女が吐き捨てるように言うと、お茶の水は静かにため息をつき包帯を解いていった。


「しっかりと固定されてるし、わざわざ取らない方が良かったんじゃないかなぁ……」

 お茶の水は独り言のようにそう呟き、そして足に固定されてた添え木を外した。昨日の痛みをありありと思い出している修馬は、微動だにすることができない。


「あれっ?」

 膝の横を軽くノックしながら首を捻るお茶の水。そしてあろうことか「足ちょっと曲げて貰える?」などという恐ろしいことを言ってきた。いや、それは無理。


 先程まで完全に及び腰だったお茶の水だが、今は殊の外強引に足を曲げようと前に乗りだしてきている。ちょっと待て。お前、そんな鬼畜キャラじゃなかったじゃないか。


 遂に根負けしてしまい左膝がゆっくり曲がっていく。修馬の喉からは、声にならない声が細く漏れた。

 そして徐々に弱々しくなる声を出しながらも、修馬はとある異変に気付いた。何故かはわからないのだが、左足に痛みを全く感じないのだ。


「おやー? 折れてはいないようだねぇ。自分で動かせる?」お茶の水は言う。

 折れてないだと? 修馬はおっかなびっくり膝を曲げてみるが、これが全く痛くない。骨折は白衣の女の誤診? いや、骨折が誤診だとしても、あれだけ痛かった足が一晩で治るとは考えにくい。


「あー、これはもしかするとアレだね」

「これはもしかするとアレですね」

 お茶の水と白衣の女がそう言うと、続けて「奇跡の人だっ!」と声を合わせた。


「き、奇跡の人……?」

 その大袈裟な呼称に、戸惑いを覚える修馬。

 聞けば、つい5日程前にも怪我をした旅人の青年がこの病院に運ばれてきたのだが、その青年の怪我は一晩経つと痕も残らないほど綺麗さっぱり完治していたそうなのだ。


「その方は魔物に襲われたようで、足は複雑骨折、右腕はぐちゃぐちゃに潰され、肋骨は内臓に突き刺さり、口からは血反吐も出ないという、正に瀕死の状態でした」

 痛々しい旅人の姿をリアルに描写する白衣の女。隣に立つお茶の水は大きな鼻をくしゃくしゃにしてしかめっ面を表現している。


「すぐに死んでしまうだろうと思い何の処置も施さなかったその青年だったですが、何と朝になると怪我が回復し完全に息を吹き返していたのです。これこそが神が与えた奇跡っ!!」

 白衣の女の言う、嘘のようなお話。しかし実際の所、自分自身にもそれに似た現象が起きているため、信じないわけにもいかない状態なのである。


「そしてその奇跡の青年は、高度な魔法を繰り出し我々の目を楽しませてくれたりもした。もしかするとあなたも、奇跡的な能力をお持ちなのではないですか?」

 能天気な顔で、無茶な振りをしてくるお茶の水。ちょっとだけいらっとしたが、まあいいだろう。折角だから俺の能力を見せてやろう。


「そこまで言うのなら、少しだけ離れてください」

 修馬はそう前置きすると、手の中に早速『流水の剣』を召喚させた。地味に上がる2人の歓声。


 ただ召喚してはみたものの、この武器は非常にデリケートで操作が難しいときてる。現に今も、切っ先から溢れた水を制御することに必死だ。


「うああああああああぁ!」

「あべべべべべべべべ!」

 その剣の先端から吹き出した水が、お茶の水の顔に止めどなくぶっかかっている。剣を左右に振っているのだが、どういうわけかその水流はお茶の水の顔に一直線に飛んでいってしまう。

 お茶の水が必死の形相を浮かべる一方で、それを見ている白衣の女は手を叩いて大笑いしている。超ドSナース。


 剣を捨てれば良いのだと気付きようやく水が治まると、ずぶ濡れのお茶の水は「何の恨みが……」とぼやき、びしょ濡れの状態で病室から出ていってしまった。


「何とも素晴らしい、破天荒な魔法能力。流石は奇跡の人。そういえば、あの時来た奇跡の青年は聞いたことのない国の出身でしたが、もしかするとあなたもその国の生まれなのでは?」

 そう白衣の女に尋ねられたその時、修馬の脳内にはとある仮説が思い浮かんでいた。


 もしかするとロールプレイングゲームで宿屋に泊れば体力が全回復してくれるように、現実世界から来た人間は異世界で瀕死の重傷を負っても一晩寝れば回復するシステムになっているのではないだろうか? もしもそうだとするならばその奇跡の青年も、俺と同じ現実世界の人間。つまりこちらの世界で言うところの、『黄昏の住人』というやつではないだろうか?


「お、俺は日本という国から来たんだが、その奇跡の青年は何ていう国から来たんだ?」

 修馬がそう答えると、病室に少しだけ沈黙が落ちた。


「ニホン? では違いますね。奇跡の青年は何とかの国というところから来たと言っておりました」

 そう言って頷く白衣の女。何とかでは全くわからないのだが、何となく脳のどこかに引っかかりを覚えるそのワード。

 そうだ。金髪の少女アシュリーの住む山小屋でも、俺はその言葉を耳にしていたのだ。追いはぎにあったという、天才的な魔法の才能を持ついけすかない奴。そいつの出身地が何とかの国と言っていた。果たして地球上にそんな国名が存在するのだろうか? それともやはり、奇跡の青年は現実世界の人間ではないのだろうか?


「……何とかの国とは、もしかすると『シナノの国』ではないですか?」

 横のベッドに寝ている女性が、不意にそんなことを口にした。


 今、信濃の国って言ったよな?

 驚いて振り返る修馬。そのベッドの上には、頬のこけた金髪ロングヘアーの女が寝ている。信濃の国という言葉が出てきたのでまさかの日本人との遭遇かと思ったが、どう見ても日本人じゃない。西洋人的な容姿。


 だが、何故信濃の国のという言葉を知っていたのか?

 それを訪ねようと息を呑みこんだ丁度その時、その金髪の女が見覚えのある人物だということに気付いた。


 少し痩せてしまっているが、彼女は友梨那と共に帝都レイグラードを目指しているはずのアルフォンテ王国、王宮騎士団副長、マリアンナに違いなかった。

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