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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第8章―――
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第36話 昼下がりの学校

 暑い。汗でTシャツが背中に貼り着く。

 炎天下の中、急いで自転車を漕いできた修馬は、学校の駐輪場を通り越しそのままプールの横の草むらに乗り付けた。


 金網のフェンス越しに中を窺うと、友梨那と守屋の立ち姿が見えた。2人とも着替えを済ませ待っているようだった。


「ごめん、遅れた!」

 修馬がそう言うと、スポーツショップで見たハイビスカスがデザインされたピンクのビキニを着た友梨那が、エメラルドグリーンの金網にもたれかかってきた。胸元の深い谷間がこの夏空よりも白く眩しい。


「私たちも今来たところ。待ってるから早く来なよ」

「うん。あ、そういえば望月先生は?」

「わかんないけど、まだ来てないよ」


 そう言われ今一度プールを確認する修馬。やはりそこには友梨那と守屋しかいなかった。まあ、先生の許可は一応取ってあるんだし、とりあえずは俺らだけでも大丈夫だよね。そう自分に言い聞かせ、修馬はそそくさと更衣室に移動していく。


 けどもしかすると、望月先生の情報はこちらの方がガセネタなのではないだろうか? まあ、正直それはどちらでもいいのだが、伊集院が騙されている方が何となく心地よい。

 そんなことを考えながら素早く着替えを済ませた修馬は、足洗い槽を通り広いプールに躍り出た。水面に反射する光が目に飛び込んでくる。眩い日の光、青い空に白い入道雲、日本の夏。


 軽く体を捻り準備運動をしていると、プールの中でボール遊びをしている友梨那たちが声をかけてきた。

「入らないのプール? 冷たくて気持ちいいよ」


 ストレッチがてらに振り返り、目を細める修馬。

「うん。日光浴したら入るよ」

 そう言うと、友梨那はただ「へー」と言い、守屋とボール遊びを再開した。


 修馬は何故、すぐにプールに入らなかったのか? そこには1つの理由があった。

 運動の中でも水泳だけは自信のある修馬は、2人がプールから上がった後、ここぞとばかりに飛び込み、華麗な泳ぎを披露して出来る男をアピールしようと企んでいるのだ。俺が輝ける瞬間はここ以外にない。


 じりじりと照りつける太陽の光を全身に受けながら、その時を待つ修馬。すると金網のフェンス越しにとある訪問者が佇んでいることに気付いた。

「いやー、今日は絶好のプール日和だねぇ」

 にこやかにそう語りかける恰幅の良い、白シャツ、眼鏡、白髪七三分けの人物。それはこの高校の校長であった。


「あ、校長先生こんにちは」

 一応、プールの使用に関しては望月先生の許可は取っているはずなのだが、本人も居らず不明確な情報なので少しだけ緊張感が走る。


「使用許可はモッチー……、望月先生に頂いたのですが……」

 こちらに気付いた守屋が、プールの中からおずおずと答える。


「ええ、伺っております。ただ、望月先生が急に体調を崩して早退してしまったので、代わりに私がやってきた次第です」

 校長はポケットから扇子を取り出して開くと、それをパタパタと扇いだ。


「そうなんですか、ありがとうございます。でも校長先生なんだから、誰か若い先生にでも任せればいいのに」

 幾分安心した修馬は、知り合いにでも話しかけるようにそう思いを伝えた。


「まあ、皆さん忙しいようでしたので、結局私が適任だったというわけです。それにアリストテレスは、最大の美徳は他人の役の立てることだと言っていますし、誰かのためになるのならプールの様子を窺うことくらいやぶさかではないのですねぇ」

 校長は古代ギリシャに哲学者、アリストテレスの言葉を使いそう説明する。他の誰かの役に立つことが、人としての最大の美徳であると。

 だが、修馬にはその言葉の意味が半分程しか理解できていなかった。誰かのために生きる人生より、自分のことを最優先に考える方が幸せなのではないだろうか? 美徳で飯は食えないし。


 校長は1つ咳払いすると「まあ、とはいえ、私にも幾らか仕事が残っているので、すぐに戻ります。何かあったら、職員室か校長室に来てください」と言って校舎に戻っていった。


 校長の白髪頭を見送っていると、不意に背中にペッチッと何かがぶつかってきた。ポンポンと地面を転がるビニールボール。あれをぶつけられたようだ。


「あの人が校長先生?」

 そう言ってプールから上がってくる友梨那。彼女は転校して間もないためか、校長の顔を知らないらしい。事前に会わないものなのか?


「びっくりした。けど、やっぱりモッチー先生は来ないんだね。あの先生、か弱そうだからなぁ」

 そしてその後に、か弱そさに関しては人のことを言えない守屋が続いてくる。友梨那が布地少なめのビキニを着ているのに対し、守屋はフレアトップにフリルスカートの白い水着を着用していた。2人はフェンスに掛けていたタオルを手に取り体を拭いた。


「やっぱり私も、珠緒たまおみたいな水着にすればよかった。少し恥ずかしいかも……」

 友梨那はお尻の辺りでめくれた水着を直し、そう口にする。異世界では素っ裸で水浴びしていたのに、そんなことを言うのかとも思ったのだが、それよりもすでに下の名前を呼び捨てにする仲だということに驚いた。2人はいつ親睦を深めたのだろうか?


「随分仲が良いんだね」

 修馬が聞くと、友梨那はすぐに「波長が合うの」と答えた。


「そんなざっくりとした理由?」

「うーん。それと珠緒は少し変わってるの」

 友梨那がそう言うと、守屋は困ったように眉を八の字にした。


「変わってるって、何が?」

「見えるんだって」

「見える?」

「そう」


 友梨那はそう言ってプールの中央を指差したのだが、「あれっ?」と口を濁すとそのまま動きが止まってしまった。何だろうと思い、修馬も視線を向ける。だがそこには煌めく水面があるだけで、他に変わったものは何もなかった。何もないのだが、良く見るとプールの水面が一部ぽっこりと膨れ上がっているのが確認できた。まるで下から水が湧き上がっているかのように。


「……何だこれ?」

 プールに歩み寄る修馬。だが次の瞬間、守屋が修馬に対し強めのタックルを仕掛けてきた。

「駄目っ!!」


 意外な力に吹き飛ばされ修馬と守屋はもつれ合いながら、プールサイドを転がる。そしてそれと同時に盛り上がっていた水面から、突然噴水のように水流が噴き上がった。非現実的な光景。


「魔物っ!?」

 持っていたタオルを投げ捨てた友梨那は、腕を前にかざし、有無を言わさず手のひらから光線を放った。しかしその光は水に反射して空の向こうに飛んでいってしまう。


「この魔物、私の光術が効かないっ!」

 一歩身を引く友梨那。水流は途切れたものの、未だに敵らしき姿は見えない。今のは本当に魔物の仕業なのだろうか? すっかり夏休みモードの修馬だったが、すぐに頭を切り替え戦闘態勢に入った。

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