第35話 ショッピングガール
「シューマイッ! もしかして見つけたのか!?」
ぜぇぜぇと息を切らしながら、古いあだ名で呼んでくる伊集院。彼は額に流れる汗を、左手に着けた黒いリストバンドで拭った。こいつ、この暑い街中でランニングでもしてるのか?
「見つけたって、何をだよ?」
困惑気味に尋ねながら、己の左肩にそっと視線を動かす修馬。タケミナカタはいつの間にか姿を消してしまったようだ。自分と友梨那以外には姿が見えないということだったが、何となくほっとする。
「何をって、そんなの決まってるだろ! モッチーだよ。モッチー!」
「モッチー!?」
声を上げると共に頭に浮かぶ、担任教師の美しい顔。しかし何故、望月先生?
「お前も望月親衛隊グループから、モッチーの目撃情報が回ってきたから捜してたんだろ?」
「何だよ、そのグループ!? そんなの入ってねぇよ!」
そう言ってやると、伊集院は怪訝な表情で舌打ちをした。
「うちのクラスの男で、望月親衛隊グループに入ってない奴なんていたのかよ。じゃあ、こんなとこで何してたんだ?」
ただ買い物をしていただけなので、そう言われても困る。そもそも駅前なのだから、別にうろうろしていてもおかしくはないだろう。
修馬は横目でスポーツショップをちらりと見やる。大きなガラス張りの壁の向こうには、まだ友梨那と守屋が商品棚を眺めているようだった。
そしてその視線に気づいたのか、伊集院の目も自然と同じ方向に動く。
「あれ? あそこにいるのうちのクラスの守屋じゃんか。……あれ? お前、まさかそうなのか?」
「そうなのかって、何だよ!」
「いやいや、皆まで言うな。そう言えばお前ら、席隣同士だもんな。オーケー、イッツオーライ! 俺はモッチーのこと捜しに行くから、シューマイはシューマイで頑張れっ!」
何かを察し、走り去っていく伊集院。くそっ、あいつは一体何なんだ?
盛大に勘違いされたようだが、伊集院のことなど気にしていても仕方がないので、気を取り直しスポーツショップに視線を戻す修馬。しかしその先には最早誰もいなかった。一瞬目を離した隙に、どこかに移動してしまったようだ。
「マジか……」
とりあえず店外には行っていないだろうと、小走りで店内に忍び込み、そして軽く身を屈めながら先程2人がいた棚の前に辿り着く。そこは水着売り場のコーナーだったが、やはりそこに2人の姿はなかった。
他の商品でも見ているのだろうか?
戻ろうとして踵を返すと振り返った瞬間、いないと思われていた友梨那と守屋が目の前に寄りそうようにして立っていた。
「ひ、広瀬くん、何してるの?」
守屋に聞かれ、修馬は慌てて商品棚を指差した。
「お。おお、2人とも偶然だなぁ。いや、俺も海パンを物色してたんだよ」
平然を装いそう言ってはみたものの、修馬の指差す先には哀しいかな花柄の女性用ビキニが飾られていた。
「けどここ、女性用水着のコーナーよ」
至極最もな守屋の意見。ぐうの音も出ない修馬は、ただただ顔を赤面させた。
「修馬もそれを買うの? 見て、私も同じの買ったの。お揃いね」
ショップのビニール袋を掲げ、そう言ってくる友梨那。煽り方が結構えげつない。
「いや、これを買うっていうのは、さすがに冗談だけどさぁ……」
そう言って視線を落とすと、守屋もまた同じショップのビニール袋を持っていた。
その視線に気づいたのか、守屋は何か言い訳でも言うように「学校でたまたま会ってこれから学校のプールに泳ぎに行こうって話になったんだけど、友梨那ちゃん水着持ってないっていうから、2人で一緒に買いにきたの」と、言ってきた。
「学校のプール? 水泳部が使ってるし、そもそも一般生徒には解放してないでしょ」
そう聞くと、友梨那は自信有り気に両手を腰の位置に当てた。
「今日は水泳部の人、大会に出ていないから、忍び込んじゃうの」
「忍び込む!?」
驚く修馬であったが、そういえば以前友梨那は夜中、学校のプールに侵入して泳いでいると言っていたのを思い出した。とんでもない不良生徒だが、それよりも水着を持っていなかったという事実の方が気になる。それまでは裸で泳いでいたのか?
「忍び込むって言うと人聞きが悪いけど、一応先生も来てくれることになったから大丈夫だと思う」
守屋が言うと、隣にいた友梨那が驚いたように「そうなの?」と口にした。
話によると、友梨那的には100%忍び込むつもりだったようなのだが、気が咎めた守屋は一応職員室にいた担任の望月に許可を貰いにいったらしい。しかも何故か向こうも乗り気になって、一緒に泳ごうという流れになったということだ。モッチー自由かよ。
「望月先生、学校にいたの?」
「うん。1学期は色々あったから、残務処理が大変だって言ってたよ」
「ふーん」
ということは、先程伊集院が言っていた駅前での望月先生の目撃情報は何だったのか? ガセネタでも掴まされたか?
伊集院のアホが騙されていることに少しだけ気を良くした修馬がにやにやしていると、不意に友梨那が「修馬も一緒にプール行く?」と誘ってきた。晴天の霹靂。いや、これこそが棚からぼたもちだ。
にやけていると下心を疑われそうなので、無理矢理表情を引き締める修馬。
「一緒に行ってもいいの?」
そう聞くと、守屋は顔を赤らめてこくりと頷いた。イエス! 女子2人と一緒にプールという、思いがけないリア充夏休み。しかもモッチー付き。伊集院、超ざまあ。
「じゃあ、一旦家に帰る。何時頃行けばいい?」
売り場を離れそう尋ねると、友梨那は目を丸くして小首を傾げた。
「1時に行く予定だけど、修馬は水着買わなくていいの?」
「うん。財布忘れた」
国民的アニメの主人公のようなベタなことを言ってしまう修馬。若干白い目で見られているような気がするが、そんなことはもうどうでもいい。
「それじゃあ、1時に学校のプールでっ!」
修馬はスキップでもするような軽やかな足取りで、その場を去っていった。