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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第8章―――
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第34話 やっぱり米が好き

 真夏の日差しが、市街地を覆う黒いアスファルトに色濃く降り注いでいる。この辺りは湿度が低く、都心などに比べるとだいぶ過ごしやすいと言われているのだが、それでもやはり日本の夏はクソ暑いし、蝉がやたらうるさい。それに比べると、グローディウス帝国やアルフォンテ王国はとても過ごしやすい気候だったものだ。


 照り返す光に目を細めながら長野駅周辺を散策する修馬。新しいTシャツでも買おうかと思い幾つかの服屋を見て回っているのだが、適当な値段で気にいるデザインのものがなかなか見つからなかった。


「夏場は体力の消耗が激しいな。もう疲れてきた」

 横断歩道の前の赤信号で足を止めた修馬の手が、自然と左足の膝の辺りに伸びる。異世界で折れてしまった足のうずきが、不思議とこちらの世界でも感じるような気がする。しかしあの時の治療は想像を絶する痛みだった。またあの世界に戻らないといけないのかと考えると、今から憂鬱な気分になる。


 まあ、骨折がこちらの世界に引き継がれなかっただけ良かったと思うことにしよう。

 何となく自己解決して視線を前に向けると、信号が丁度青に変わった。アスファルト上の白いボーダーに向かっていざ歩きだす。すると丁度その時、修馬の左肩にハンドボールサイズのタケミナカタがぽんっと姿を現した。


「疲れておるようじゃな。しっかりと飯を食わぬから体力も落ちるのじゃ」

「いや、食ったよ。言っとくけど、俺は朝からがっつり食べるタイプの人間だから」

 大したことではないのだが、修馬はそのことを誇らしく伝えた。


「むむ。だがそうは言っても、食後の菓子は食べておらぬであろう?」

 何故か負けじと勝ち誇った顔でそう言い返してくるタケミナカタ。こちら以上に、その表情の意味がわからない。


「朝からデザートなんてそんな食べないだろ。フルーツとかヨーグルトくらいだったら食べてもいいけど」

「糖分は重要じゃぞ。最重要じゃ。儂は甘い菓子があればそれだけでも生きていける。神棚に供えるなら、ぼたもちがありがたいな」

 そう言って、何かを思い出すように目を瞑るタケミナカタ。その姿は大きなぼたもちに見えなくもない。


「ぼたもち供えるって、仏壇みたいじゃない? 神棚にもありなの?」

「神棚からぼたもちみたいな言葉があったじゃろ?」

「みたいな言葉はあるけど、それ全然関係ないよ。あとあんまり町中で出てくるなよ。人に見つかったらややこしいことになるだろ」


 無理やり肩の中に押し込めようと、タケミナカタの頭を掴む修馬。しかしどれだけ押しても、タケミナカタがびくともしなかった。

「安心せえ。儂の姿は周りには見えぬ」


 そう、タケミナカタの姿は俺以外には鈴木友梨那しか見えていないということだった。つまり俺は今周りの人間から、自分の左肩の上に右の手のひらを掲げ、何やら肩こりを治す念力でも送っているかのように見えているのだ。


 その恥ずかしさに感づいた修馬は、誤魔化すように己の首元をトントンと叩き、横断歩道を渡りきった。

「お前と力比べしたせいで、変な奴に見られそうだよ」


「儂と力で勝負しようとは愚かなり。愚劣の極み。甘い物を食べてから出直してくるがいい」

「滅茶苦茶だな。こういう時は甘い物じゃなくて、鰻を食べるといいんだよ」

 視線の先に鰻屋が見えたのでそう言ってみる修馬。特に好物ではないのだが、時々食べたくなる。それが鰻という食べ物だ。


「笑止。鰻は晩秋から初冬にかけてが最も美味なる季節。しかし夏バテの予防に消化が良く栄養素を多く含んだ鰻を食べるというのは、浅知恵ながら理に適っておるのかもしれぬなぁ」

「ごちゃごちゃうるせーな。浅知恵とかじゃなくて、単純に日本人は夏になると鰻が食べたくなるんだよ」

 面倒くさいことはどうでもいい。食べたいものを食べたい時に食べる。旬ばかり気にするより、その方がよほど健全だ。そもそもこの時期の出回っている鰻は100%養殖物だろうから、季節とか多分関係ない。


「そうであったか。しかし儂は鰻など食べぬな。日本人だというなら、そこはやはり白米を食すべきではなかろうか?」

「いや、うな丼だから米も食うけどさぁ。っていうか、タケミナカタはお米が好きなの?」

「無論。日本神話の神じゃからな。白米以外なら餅、それと清酒が好きである」

 好物を列挙するタケミナカタ。けどそれ、全部米だ。


「肉とか魚は食べないのか?」

「儂は農耕の神じゃからな。まあ、狩猟の神でもあったりするのだが……」

「農耕の神なのに狩猟の神? 肩書きまでごちゃごちゃうるさいのな」

「うるさくはないが更に軍神でもあるので、ごちゃごちゃはしておるかもしれん。色んな側面を持っているのは、人も神も同じということじゃ」

 最もらしい言葉でそうしめるタケミナカタ。修馬は鼻歌でも歌うように「ふーん」と口ずさみ、鰻屋の前の香ばしい匂いを嗅ぎながら街角を通り抜けた。


「そういうものか……」

「そういうものじゃ。たとえばそこに昨日の夜、学校におった娘がおるじゃろ」

 タケミナカタの視線の先はスポーツショップに向いている。そこのガラス張りの壁面の向こうに鈴木友梨那と昨日、こっくりさんをやっていた修馬の隣の席の守屋珠緒もりやたまおが並んで立っていた。


 あの2人、何で一緒にいるんだ?

 そっと電柱の陰に隠れ、ドラマの刑事のように中の様子を窺う修馬。

「あいつがどうかしたの?」

 そう小声で聞いたのだが、タケミナカタの返答はない。だがその変わり、荒い呼吸が背後から聞こえてくる。


 それが何ともおかしな気配だったのでゆっくり振り返ると、そこには幼馴染だが今は大して仲の良くない伊集院たすくが汗だくの状態で肩を上下に揺らしていた。

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