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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第7章―――
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第30話 ハイン様に任せなさい

 ハインは両手に持った涼風すずかぜの双剣から風を噴き出し、荒れた道を真っすぐに駆けている。本来ならもっと速く走れるのだろうが、今は修馬に合わせ自転車程度の速度を保っている。


 慣れないせいか、だいぶ腕がしんどくなってきた。必死で後を追っている修馬だったが、少しづつ距離が離されてしまっている。


 一度休憩したいなぁ。

 そんなことを思いながら駆けていると、前を走っていたハインが速度を緩め大きな湖の湖畔で静かに足を止めた。後ろの修馬も双剣の切っ先を前に向けブレーキをかける。


「見えてきたぞ!」

 ハインの指し示す先には防壁で囲われた町があった。バンフォンの町だ。


「この双剣便利だけど、結構疲れるねぇ」

 腕を下ろし、その場にへたり込む修馬。止まった瞬間に疲労が膝にきた。


「まあ、慣れだな。その辺は。とりあえずバンフォンはすぐそこだし歩いて行こう。あそこには『龍の渦』って呼ばれてる超有名な風穴ふうけつがあるんだよ。魔霞まがすみ山の封印を守る4つの聖地の1つだから、絶対行こうな!」

 元気いっぱいのハインが嬉しそうに語る。修馬的には町に着いたら休憩したかったのだが、そんなことを言わせない空気感だ。


 足取り重くバンフォンに向かう修馬。一方のハインはうっきうきで、スキップでもしているように縦に揺れ歩いている。観光地でここまでテンションが上がる大人も珍しい。


「おー、旅の方。エフィンに行ったんじゃないのか?」

 防壁の見張り台にいる兜を被った男がそう言って、こちらを見下ろしてくる。バンフォンとエフィンでは結構な距離があるので、昨日の今日で戻って来たのでは驚きもするだろう。


「エフィンには行ったんですけど、用があってすぐに戻ってきました」

 修馬の答えに、更に口を大きく開く兜の男。

「行ってすぐに戻って来れる距離じゃないだろ。それこそハイン・ウェーデルスくんでもなければ……」

 と話していたところで、兜の男は修馬の後ろにいたハインと目が合った。


「うわっ! ハインくん、噂をすれば何とやら!」

「どーもどーも、ハイン・ウェーデルスです。久しぶりに来ちゃいましたよ!」

 軽い感じで挨拶を交わすハイン。この男、龍の渦にあれだけテンションが上がっていたのに、この町に来るのは初めてじゃないのか?


「あー、ハインくんの知り合いだったら、足が速いのも納得だ」

 うんうんと頷きながら、何やら手元を操作する兜の男。それに合わせて防壁の門扉もんぴがゆっくりと開く。


「いやー。近くまでくると、ついつい立ち寄っちゃうんですよねぇ」

 嬉しげに語るハインと共に、大きな門を潜る修馬。少し見上げると、兜の男が異常なまでに顔をしかめさせていた。


「どうかしたんですか?」

「あのー、お前さんには昨日言ったと思うが、今、龍の渦が閉鎖されてしまっているんだよ」

 それを聞き足の止まるハイン。

「龍の渦が閉鎖? 何で何で!?」


 兜の男は非常に申し訳なさそうに説明をする。

 最近、風穴から魔物が湧くようになったので現在封鎖しているとのこと。すっかり忘れていたが、確かに昨日それは聞いていた気がする。


「龍の渦から魔物? 嘘だよ!」

「我々も驚いているんだよ。こんなことは初めてだからねぇ」

 修馬とハインが町の中に入ると、兜の男はそう言って門の扉を閉めた。ハインはそのまま怪訝そうな表情をしている。


「出来ることなら少し調べたいことがあるんだが、何とかならないのか?」

「ええ。これが帝都から来た役人が頑丈に閉鎖してしまったので、我々の力ではどうにもならないのですよ」


「ほう。役人がレイグラードからわざわざ来るとは、これは大事なのかな? 何が起きたのか興味はあるが、今は止めておこう。色々教えてくれてありがとう」

 そう礼を言い、その場を後にするハイン。あれだけ期待していた場所なのに、意外とあっさりしているのだなと思いつつ、修馬も兜の男に頭を下げその後に続いた。兜の男は、見張り台の上から大きく手を振っている。


「良かったの? 龍の渦に行けなくて」

「まあな。それよりシューマ、もう少し歩けそうか?」

 ハインにそう言われ、修馬は己の疲労度を脳内で数値化してみる。75%だ。


「95%だな」

「何が?」

「疲労度が」

「ぎりぎりじゃねぇか。茶屋にでも入って少し休むか」

 町の外れを歩いていた2人だったが、ハインは角を曲がり大きな建物が立ち並ぶ町の中心地を思われる方に歩いて行った。疲労度を少し盛って伝えたため、見事休憩を得ることに成功した。修馬の顔が自然とほころぶ。


 そして辿り着いたのは大通りの角地に建つ、大きな飲食店。外観もお洒落で中も大層賑わっていた。しかし、テーブルに着き食べ物と向き合っている修馬の表情は何故か凍っているかのように硬い。


「食わないのか、シューマ?」

 ハインに聞かれ、ようやく修馬に表情が戻る。

「何だい、これは?」

「見ればわかるだろ。ニシンのサンドイッチさ」

「だろうね……」

 修馬の目の前にある皿の上にはサンドイッチがあるのだが、そのパンの間には何やら青い背の残る魚の切り身が見えていた。何故、ニシンをパンで挟んでしまったのか?


 意を決して一口頬張る。絶対まずいと思ったので鼻を摘まんで食べたかったが、味のよくわからないものを胃の中に入れるのも抵抗があり、むしろ良く味わいながらゆっくり咀嚼する。硬いパンと塩辛いニシンと大量のオニオンスライス。


 結果から説明しよう。これ意外と旨く感じる。ほんのり塩辛いニシンとパンの相性が思ったより良い。鼻に抜けるお酢の香りが、失われていた食欲を復活させてくれる。


「これ美味しいね」

「そうか? まあ、グローディウス帝国東沿岸部の伝統料理だからな」

 ハインは対して興味もなさそうにパクパクと食べてる。俺はエフィンで食べた塩辛いニシンのせいで舌がおかしくなっているのかもしれない。


「ここで少し休憩したら、龍の渦の中を探索しに行こう」

 サンドイッチを食べ終わったハインは、そう言って服に付いたパンのかすを払った。


「え、結局行くの? 魔物が出るんでしょ?」

「まあ、魔物は俺が何とかするから」

「けど、帝国の役人が封鎖してるっていうのは?」

 そう聞くと、ハインは己の胸を叩き、得意気に口角を上げた。


「まあ、そこは大丈夫。このハイン様に全て任せなさい!」

「えーっ」

 自信満々のハインをよそに、不安な気持ちが大きく募る修馬なのであった。

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