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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第7章―――
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第29話 朝ぼらけ

「うおー! 朝だぞーっ!!」

 突然の大声に驚き、寝ていたベッドから転がり落ちる修馬。痛いとか言う前に、状況が全く把握できずきょろきょろと部屋の中を確認する。


「おお、やっと起きたかシューマ。朝だぞ!」

 部屋の扉の前に立っているハインは、何とも清々しい表情でそう言ってきた。二日酔いだった昨日とはえらい違いだ。


 ここはエフィンの村の酒場の2階にある簡易宿泊所的なところ。現実世界で眠りについた瞬間、ハインのアホ声で起こされるという訳の分らぬ状況に思考が追いつかなくなりそうだ。


「そんなおっきい声出さなくても、朝なら起きるよ」

 目を擦りながら身を起こし、そう抗議する修馬。実際には寝てないのに、目やには付いてるし体がだるい。そもそも、こんな睡眠で疲れが取れるのかは甚だ疑問である。


「いやいや。何度も何度も100回くらい起こしたのに全然起きなかった奴が良く言うよ、全く」

 腰に手を当ててぷりぷりと怒るハイン。100回はやりすぎだろ。


 立ち上がりベッドに腰掛けた修馬は、まだ眠い目を擦り体を伸ばした。もう少し現実世界の夏休みを満喫したいところではあったが、そうは問屋が卸してくれない。世知辛い世の中と異世界だ。


「折角朝稽古してやろうと思ってたのに、すっかり夜が明けちまったなぁ」

 ハインは開け放たれた窓を指差す。空が白く霞んでいる。まだ夜が明けて間もないくらいの時間のようだ。


「そんな朝から体を酷使したくないよ。お腹空いてるし」

「お! シューマは朝から飯食べれる系か? じゃあ、下の店でニシンでも食うか」

「ニシンかぁ……」

 吐息のような言葉を漏らしたその時、修馬は己の持つ麻袋の中に食べ物が入っていたことを思い出した。サッシャがアルコの村で買っていた田舎パンだ。


 袋の中からそれを取り出すと、早速半分に千切りハインに差し出した。

「パン食べる?」


 ハインは顔をほころばせると、受け取るなりがぶりと頬張った。

「これはアルフォンテ王国のパンだな。さすがに旨い!」

 喜んでパンを食べるハインを見て、彼が以前、この国には旨い物なんてないと言っていたのを思い出す。パンすらまずいのだろうか?


 半分になった田舎パンを一齧ひとかじりする修馬。まあ、確かに旨いのだが、ジャム的な何かがあればなおベター。

 革の水筒に入れた水で硬いパンを胃の中に流し込むと、修馬は何か気合いでも入れるように「よしっ!」と声を上げた。


「どうした?」

 分けたパンを全て口の中に収め、もぐもぐと動かしているハイン。小動物っぽい。


「俺、もうこの村を出るよ。西に行かなくちゃいけないんだ」

「西? またバンフォンに行くのか?」

「いや、とりあえず帝都に行って、そこから船で千年都市とかいうところに向かうつもりだけど」


「帝都レイグラードか、なるほど……」

 そう言うとハインは、口を動かしながら思案するように手であごを押さえた。何か考えているようで、何も考えていないようでもある。


 いち早く友梨那たちと合流したかった修馬は、荷物をまとめ身支度を整えた。

「そういうわけだから短い間だけど世話になったね。パナケアの薬はありがたく頂いていくよ」


「そうか。道中気をつけてな」

 ハインのことだから、最後に熱苦しい別れの言葉と固い握手でも交わすかと思ったが、存外あっさりとした別離だ。ひらひらと手を振るハインに送り出され、部屋を後にする修馬。これはこれで少し寂しいが、今は急いでいるので感傷に浸っている暇は無い。


 まだ目覚めたばかりだと思われる飯屋のマスターに一言礼を言い、建物を出て西に進む。天気は上々。とりあえずは場所の知れたバンフォンに向かい、そこからレイグラードの道筋を考えよう。


 とりあえずこれからのことは決まったのだが、1つだけよくわからないことがある。バンフォンに至る道を歩く修馬のその後を、何故かハインがいつまでもついてきているのだ。


「ハイン、どうしたの?」

「ああ。俺も一度レイグラードに戻ろうと思ってたんだ。折角だから一緒に行こう。1人旅はつまらんからな」

 ケラケラと笑うハイン。一緒に旅をしてくれるのは非常に心強い。だが彼には一点、気になることがあった。それは彼の使命である。


 一昨日、彼は特別な命を受けてとある黒髪の女を追っていると言っていた。修馬にはそれが『黒髪の巫女』のことを言っているような気がしてならないのだ。友梨那はその黒髪の巫女に瓜二つだということだが、このまま合流すると彼女に危害が及ぶ恐れがあるかもしれない。


「どうした暗い顔して? 旅はもっと楽しく行こうぜ!」

 10年来の友人のように肩を組んでくるハイン。


「そうだね。旅は楽しい方がいい」

 まあ、考え過ぎかもしれない。むしろ一緒にいた方が、黒髪の巫女じゃないということを説明しやすいじゃないか。


 修馬とハインは共に肩を組み、よくわからない歌を歌いながら青草の生した広い道を朗らかに歩いて行った。

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