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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第6章―――
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第28話 パーマヘアの軍神

「こんなところで再会とは妙な縁だな」

 修馬は戦鬼いくさおにの持つ巨大な斧を見て身震いがした。自分の武器はLEDライト付き特殊警棒。とても対抗できるとは思えない。


 ならば答えは簡単。とっとと逃げよう。

 修馬はライトで下を照らし、床を確認した。倒れている女生徒が数人。彼女たちを連れて逃げる必要があるが、まさか既に死んでいるなんてことはないよな?


 戦鬼いくさおにを警戒しつつ床にライトを当てていると、1人のおかっぱ頭の女生徒と目が合った。それはクラスメイトで修馬の隣の席に座る守屋珠緒もりやたまお。まずいことに、彼女ははっきりと意識があるようだった。


「広瀬くん……、う、後ろ……」

 守屋のか細い声を聞き、修馬の背中に鳥肌が立った。戦鬼いくさおには右前方にいるのだが、後ろにも何かいるというのか?


「はぁっ!!」

 体を回転させ、修馬は特殊警棒を背後に振り抜く。しかしその攻撃は背後にいた何者かによって受けとめられてしまった。慌てて身を翻し後退しつつ、敵の姿を確認する修馬。


「もう1匹、魔物がいるのか?」

 闇の中に浮かぶ人型の何か。長身、長髪パーマヘアにピッピーバンド。素肌には薄い生地の衣を纏っている。魔物というよりも人に近い姿をしているが、醸し出している雰囲気はこの世の物とは思えない存在感だった。


「むむむ、魔物とは無礼千万ぶれいせんばん。儂は剛毅木訥ごうきぼくとつ金科玉条きんかぎょくじょうの軍神、建御名方神タケミナカタノカミである」

 聞き覚えのあるフレーズが、聞き覚えの無い声で聞こえてくる。これはどういうことだ?


「それがあなたの本当の姿なの、タケミナカタ?」

 こんな状況なのに、友梨那は極めて落ち着いた様子でそう聞く。タケミナカタを名乗るヒッピーバンドの男は、己の手のひらを眺め薄く目を細めた。

「うむ。本来の大きさには程遠いが、僅かに力が復活しておるようじゃ」

 

 薄暗くて正直よくわからないのだが、あれがタケミナカタの真の姿だというのだろうか? 一見するとダンスボーカルグループに居そうな外見ではあるのだが、今現在、修馬の頭の中には玉のように丸かった頃の愛らしいタケミナカタの姿が蘇っていた。このふたつがどうしてもイコールにならない。


「グルルルルルルルッ」

 ふと横から威嚇するような唸り声が鳴り、修馬の顔から一気に血の気が引いた。タケミナカタのせいですっかり戦鬼いくさおにのことを忘れてしまっていた。


 しかし幸いながら、戦鬼いくさおにはどこか怯えるように肩をすくめ身構えてしまっている。この魔物、もしかしてタケミナカタを恐れているのか?


 修馬の目に光が宿る。これはチャンスだ。後は気絶している女生徒を起こして逃げればミッションクリア。いや。むしろ我が守り神であるタケミナカタさんにちょちょいと倒して貰えば話が早いのではないか。


「よし、タケミナカタ。今こそ目の前の敵を蹴散らすんだ!」

「断る」

「断んなっ!!」

 つっこむ修馬に、腕を組んだまま傍観を決め込むタケミナカタ。大人に成長したタケミナカタはとっても気分屋さんのようだ。思春期の女子か!


「お前は俺を守護してる神様じゃないのか!? ここは助ける流れだろ。普通に考えて!」

 修馬の抗議を、タケミナカタは耳をほじりながら聞き、そして指先にふっと息を吹きかけた。


「ここで朗報です。今の儂の力なら異界の武器を召喚出来るかもしれません」

 耳をほじっていた人差し指で上を指し、タケミナカタはそう伝えてくる。異界の武器? マジか?


 それが本当なら実践しない手はないだろう。修馬は身を低く構え、両腕を前に突き出した。

「……出でよ、涼風すずかぜの双剣!」


 手のひらの中にひやりとした感触。暗くてよくわからないが、タケミナカタの言う通り異世界の武器を見事召喚することが出来たようだ。


 2本の短剣の周りを小さな旋風が緩やかに渦巻く。超戦闘態勢の修馬。

 しかしちょっと待てよ。異世界にいた時、タケミナカタは今の実力では戦鬼いくさおにには勝てないとか言ってたような気がする。


 ちらりと視線を横に向けると、大きく首を傾げるタケミナカタと目が合った。

「この狭い空間で、その武器の特性を活かせるとは思えないのだが……」

「えっ?」


 その時、静寂の教室に咆哮ほうこうが響いた。

 やばい!? そう思うと同時に右手に持つ短剣から風が噴き出し、修馬は回転しながら斧を掲げる戦鬼いくさおにに突っ込んでいった。


 つむじ風の如く渦巻きながら、勢いよく敵と交差する。修馬の持つ涼風の双剣が、戦鬼いくさおにの脇腹を深くえぐった。零れ落ちる体液。

 それでも戦意を失わない戦鬼いくさおには、眼光鋭く振り返った。そして当の修馬は武器の操作が思うようにいかず教卓に衝突すると、そのまま前のめりに倒れてしまった。自らかなりのダメージを喰らってしまう。


「いいわ。そのまま戦鬼いくさおにの意識をそっちに反らしてて!」

 声を上げる友梨那に目を向けると、彼女は胸の前で両手を広げ、何かの術を繰り出そうとしていた。


「そいつで戦鬼いくさおにを倒せるのか!」

 教卓の下から起き上がりそう聞いたのだが、答えは返ってこない。術に集中しているようだ。


 友梨那の使用する光術は強力だ。ならば彼女の力に全てを委ねよう。修馬は涼風の双剣を投げ捨て、新たに王宮騎士団の剣を出現させた。自律防御の備わった魔法の剣。


「おい、戦鬼いくさおに! 異世界で追いかけまわしてくれた借りはここで返してやるからなっ!」

 口上を述べると、対する戦鬼いくさおにはぐるりと振り返り、近くにあった椅子を修馬に向かって投げ飛ばしてきた。王宮騎士団の剣が自動でそれを叩き斬る。木製の座面が真っ二つに割れ、椅子は鈍い音を立てながら床を跳ねた。腕がかなり痺れる。椅子だったからまだ良かったが、これが机だったら腕の骨が持たないだろう。


 そう思った矢先、戦鬼いくさおにがひょいと机を持ち上げた。危機感から軽く目眩がする修馬。

「マジで、鬼かぁ!!」

 叫び声が教室内に響くと、同じタイミングで眩い光が突如として溢れ、全員の視界を白く妨げた。


「果てなき虚空を燦然さんぜんと照らす光の精霊よ、閃光の槍と成り悪しき魔物を裁きたまえっ!」


 教室内を覆っていた白い光が薄く晴れると、前に突き出した両手から一筋の光を放つ友梨那の姿を目に映った。その光の槍が胸部に突き刺さると、戦鬼いくさおには徐々に黒い灰を化し、そしてそこから跡形も無く消え去ってしまった。


 教室の中央には術を終え、ゆっくり腕を下ろす友梨那の姿があり、その後方には退屈そうにそれを眺める人型のタケミナカタがいた。


 一先ずは解決したことを喜びたかったが、一言申したいことがある。何もしなかったタケミナカタにだ。


「おい! お前はなんで何も手助けしてくれないんだよ!」

 柄にもなく声を荒げる修馬。するとタケミナカタは、意外そうな顔をして口を開いた。

「手助けはしているであろう。それとも武器召喚術では不服か?」


「そういうことじゃないだろ。タケミナカタは軍神なんだから、お前が戦鬼いくさおに倒してくれたら、手っ取り早い話だったんじゃないの?」

「いや、あれは儂らが退治する類の物の怪ではないし、そもそも最初の契約を反故にすることは出来ぬ」


「契約ぅ?」

 何を訳のわからないことを言っているのだろうと思っていると、突然横から「あのう……」という遠慮がちの声が聞こえてきた。驚いて顔を向ける修馬。見ると、声の主は守屋珠緒。他の女生徒たちは未だ気絶しているように床に倒れているが、守屋だけは戦鬼いくさおにと戦っている時からずっと意識がはっきりしていたのだ。


「広瀬くん、今のって何なの?」

 眉を寄せそう聞いてくる守屋。当然の質問だろう。


「い、今のはあれだよ。鬼だよ、鬼! お前らのこっくりさんのやり方がおかしいから、鬼でも呼び出しちゃったんじゃないのか?」

 そう説明するも、勿論納得した表情はしてくれない。


「じゃあ、その人達は?」

 守屋は友梨那と人型のタケミナカタを手で差す。

「えっと、そのは夏休み前に転校してきたの鈴木友梨那さん」


 倒れている女生徒の傍らで屈んでいた友梨那は、名を呼ばれると皆に聞こえるように「大丈夫。全員、気絶してるだけみたい」と言って、笑顔を見せた。息があるか確認していたみたいだ。



「で、こっちのでかいのが……」

 修馬は続けてそう言ったのだが、途中で言葉が止まってしまう。この神様はどう紹介すればいいのか?


「儂は剛毅木訥ごうきぼくとつ金科玉条きんかぎょくじょうの軍神……」

「いや、お前は自己紹介しなくていい! 用は済んだから、もう帰るぞ!」


 屈んでいた友梨那とタケミナカタの背中を押し、そそくさと教室の後ろの扉を潜る修馬。タケミナカタがぞんざいに扱うなと抗議してくるが、「うるさい!」と一喝して黙らせる。


「とにかく、こんな危ない遊びはこれっきりにしてくれっ!」

 この場に守屋1人を置いていってしまうのは少し可哀そうかなと思いつつも、修馬はそう言って扉を閉めその場を後にした。


  ―――第7章に続く。

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