第27話 月灯りの鬼人
「夜に来いって言ってたけど、絶対閉まってるよなぁ……」
日が暮れるのを待った後、恨み事を吐きながら学校の校門前まで戻って来た修馬。薄雲に霞む満月から放たれた仄かな光が、灰色の校舎をしっとりと照らしている。
「意外と早かったわね」
急に耳元から声が聞こえ、肩が縦に大きく揺れた。ゆっくり振り返ると、横に居たのは他でもない鈴木友梨那だった。心臓に悪いから止めてほしい。
「怖いゲームって、もしかして今のこと?」
「何を言ってるの? 怖いゲームをやってるのはこっちだから」
そう言って、閉まっている校門にひらりと片足をかける友梨那。よじ登る際にスカートの中身が少し見えたのは秘密の話だ。暗いためよく確認できなかったが、白い何かが見えた気がする。夜の学校も悪いことばかりではないらしい。
「もしかして、校舎の中に入るつもり?」
正面玄関を開けようとする友梨那の姿が目に映ったのでそう聞いたのだが、彼女は至極当然のように「うん」と軽く答えた。
友梨那が手をかけると、カラカラカラと音を立て素直に開いてしまう引き戸。この学校の防犯対策は一体どうなっているのだろう?
校門を跳び越えた修馬は、彼女に続いて校舎の中へと侵入した。明かりの落とされた校内に、血の色をした消火栓のランプがぼんやりと浮かんでいる。寒くも無いのに鳥肌が立ちそうな光景。
「怖いゲームは、2年3組の教室でやってるの」
友梨那の説明を聞き、修馬は彼女の顔を見据えた。
「2年3組? それ俺のクラスだよ」
「そうなんだ。じゃあ、先に行って」
「ええっ!?」
嫌そうな顔こそしたものの、こんな状況で女子を先に行かせるわけにもいかないので、渋々先頭に立ち歩きだす修馬。夜の学校と言われたのだから、懐中電灯くらい持ってくるべきだった。
「真っ暗で歩きづらくない?」
「私は夜目が利くから平気」
「そう」
修馬は小さく溜息をつく。何か光の魔法が宿った武器でも召喚出来れば便利なのだが、異世界の武器は召喚出来ないし、そもそも光の魔法が宿った武器など見たこともない。そう思いかけたが、ふと光る武器に関して思い出すことがあった。
そうだ。確か護身用具でLEDライトがついた特殊警棒みたいな商品があったのをネットで見たような気がする。あれなら召喚出来るのではないだろうか?
早速召喚を試みる修馬。
出でよ、ライト付き特殊警棒。そう頭の中で念じると、手の中に何か棒状の物が出現した。暗くてよくわからないが、多分召喚には成功したのだろう。
「光術でも使う?」
立ち止まりまごついている修馬に、友梨那が声をかける。しかしそれは不要な心配だ。
「いや、大丈夫。俺に任せろ」
スイッチを思われるものを探り当てた修馬はかっこよくそう言いきると、そのボタンを押した。柄の先端から光が放出され、帯状に伸びていく白い線。それを目の当たりにした友梨那は、酷く驚いたように表情が固まった。
「どう、俺の技は?」
修馬が得意気に聞くと、友梨那は1つ息を呑み少し考えてから「……劇的ね」と呟いた。
ライト付き特殊警棒って、言うほど劇的か? まあ光術を使えない俺に対して、皮肉を込めて言っているだけだろう。
そしてライトを頼りに2階に歩を進める2人。階段を上りきると、右の奥に薄明かりの漏れた教室がある。それこそが我がクラス、2年3組であった。
修馬は特殊警棒のライトを消し、教室後方の扉に近づいた。中からは若い女のひそひそ声が微かに聞こえてくる。扉についた窓を慎重に覗き込むと、1つの机を囲むように4人の女生徒が椅子に座っていた。
「あれよ、怖いゲームは」
背後にいる友梨那はそう言う。机の上には火の灯った蝋燭と何か書かれた白い紙が置かれ、4人はそれに手をかざしぼそぼそと話をしている。見たところあれはコックリさんを行っているようだ。
「わざわざ夜中の学校に忍び込んで、コックリさんやってるのか? 大した奴らだな」
感心しているのか呆れている感情なのかよくわからないが、目を丸くしてしまう修馬。今の感情はその両方なのかもしれない。
「ほら出るよ」
いつの間にか横に移動し、同じく窓を覗きこんでいる友梨那。彼女は教室の中央を指差している。薄明かりの灯る教室の中央にどす黒い渦のような物が発生していた。中の女生徒たちはそれに気付いていない。
「やばい、やばい。何あれ? 狐? 狐?」
「狐なわけないでしょ。あれは恐らく『異界の扉』。今はまだ小さいけど、こう繰り返し儀式をやられたら、いつか魔物が出てきてしまうかも」
「それどういうこと?」
疑問が浮かぶ修馬。コックリさんといえば狐だかの低級霊だった気がする。異界の扉ってどういうことだ?
すると突然、机の上の蝋燭がはたりと消えた。甲高い叫び声が静かな校舎に響き渡る。
「まずいっ!」
友梨那は乱暴に扉を開けると修馬を押しのけ、教室に飛び込んでいった。慌てて後に続く修馬。しかし中にいるはずの女子たちの叫び声はすでに消えていて、不気味で生臭い臭気が全体に立ち込めていた。
「何だ……? 何かいるのか?」
ジャラリという金属音が静かに鳴る。明かりは落ちてしまったが、月明かりが届く教室は廊下よりも幾分明度が高い。そして雲が流れ満月が完全に姿を現すと。教室の中央にひと際大きいシルエットが映し出された。巨大な武器を持った、人型のモンスター。
「厄介な魔物が転移されてきたみたいね……」
前傾姿勢になり大きなシルエットを睨む友梨那。教室の中央から牛のように大きな鼻息がシュー、シューと音を立てる。
絶望的な既視感を覚え、修馬の足は凍りついたように動かなくなった。あの魔物ってまさか……。
「も、もしかして、戦鬼か?」
それに対し、友梨那は小さく頷く。
「そう。戦鬼の中でも人間を好んで食べる、通称『人喰い』と呼ばれ恐れられている種族よ」
教室の中央から、戦鬼の体に巻かれているのであろう太い鎖がジャラリと音を鳴らした。