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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第5章―――
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第23話 白桶よろず堂

「はぁ……」

 自然と口から息が漏れてしまう修馬。よろず屋の軒先には白い桶が置いてあるのだが、見るとその中で先程いなくなったタケミナカタがまたも気持ち良さそうに水浴びをしていた。


 溜まった雨水に浸かって何が楽しいというのか?

 何やら良くわからない鼻歌を歌うタケミナカタを無視して、修馬はとりあえずよろず屋の重い扉を開けた。


 すみませんと店内に声をかけようと思ったのだが、ぎょっとして言葉が喉の奥で止まった。扉の目の前に、ネグリジェみたいな薄い生地のワンピースを着た若い女性が、セクシーなポーズをとって立っていたからだ。


「いらっしゃいませ! 白桶よろず堂へようこそ!」

 やたらと眩しい笑顔で薄暗い店内に引きずり込もうとするセクシー女。距離感が近すぎる。まるでいかがわしい店のようだ。


「あのう、ここってよろず屋さんですよね?」

「そうです、ここは白桶よろず堂でございます。何か御用命でしょうか?」

 セクシー女はそう言うと、強く手を握ってきた。先程のツンデレ修道女とは偉い違いだ。ありがたいけど、逆に怖い。


「モケモケ草が欲しいんだけど、ありますか?」

「えっ、モケモケ草っ!? お客様、身なりがしっかりしていると思っていたら、さすがはお目が高い!」

 商品名を口にしただけで何故かこちらを絶賛してくるセクシー女。しかしこんなびしょびしょの格好で身なりがしっかりしているとは、よく言えたもんだ。適当にも程がある。


「おいくらですか?」

「今なら特別価格! いつもの半額の500ベリカで結構ですよ!」

「500ベリカ!?」

 修馬はハインから貰った小さな巾着を逆さにし、中身を手のひらに落とした。出てきたのは、たった1枚の銀貨。確か金貨1枚で100ベリカだったはずだが、銀貨1枚は何ベリカだ?


「えーと、500ベリカですよお客様。金貨なら5枚、銀貨なら10枚でございます」

 そう言って銀貨ごと左手を握りしめてくるセクシー女。そう言われても、ハインからはこれしか貰っていない。


「ごめん。これしか持ってないんだ……」

 ココから貰った金貨3枚も取り出してそう説明する修馬。しかし全部足しても、セクシー女の言う金額には届かない。


「お客様……、支払いができないのであれば商品をお売りすることができないところですが、初めて来てくださったお客様の想いに感謝して、今日は超特別大特価、350ベリカでご提供させていただきます!」

 笑顔で金貨と銀貨を奪い取り、そして後悔するように深くうな垂れるセクシー女。何となく胡散臭いが、お金を奪われて手ぶらでは帰れない。とりあえず商品だけは頂こう。


 セクシー女は首をもたげたまま店の奥に引っ込み、そして商品を持ってきた。

「……それでは、こちらが商品になります」

 手渡されたのは、丸薬が入った小瓶。10粒くらいしか入っていない本当に小さな瓶だ。


「モケモケ草って、葉っぱじゃないんですか?」

「そうです。これは乾燥したモケモケ草を煎じたものを主とし、様々な薬草を調合し練り合わせた『パナケアの薬』という秘薬でございます。帝国広しと言えども、この薬を扱っているのはここだけではないでしょうか。そもそもこの薬はユーレマイス共和国のウィルセントに住む高名な星魔導師が創り出したもので、万病に効くとされている特効薬なんです。中々国外に出回るものではないのですが、たまたま仕入れることができたので是非お役立てください」


 急に元気を取り戻し、商品の説明を語りだすセクシー女。お役立てくださいと言うが、そんな特別な薬なら二日酔いごときに使いたくはない。

 そもそも俺は急いで友梨那たちを追いかけたいのに、一度この薬を持ってエフィンの村に戻らなくてはならないのだ。帝都レイグラードは西あると修道女は言っていた。エフィンがあるのは東の方角。完全に逆方向。いっそのことハインとの約束は反故ほごにして、レイグラードを目指してしまおうか?


 セクシー女の「ありがとうございましたぁ」という甘い声を背中に聞きながら、気もそぞろに店を出ていく修馬。軒先の桶の中で待っていたタケミナカタが、ちらりとこちらに視線を向けた。

「ほほお、モケモケ草とやらを手に入れたようじゃな」

 ぴょんと跳び上がり、頭の上に着地するタケミナカタ。またも頭のてっぺんが濡れてしまうが、今は何故かあまり気にならない。


 水をぽつぽつと滴らせながら路地を抜け出る修馬。元来た見張り台のある門まで辿り着いたのだが、さてここからいかにするか?


「もう修道院の用は済んだのか?」

 こちらに気付いた見張り台の上の兜を被った男が声をかけてくる。修馬は曖昧に「うーん」と答えた。


「これから何処に行くつもりだ。来た道だからわかると思うが、この門から続く道はエフィンの村しかないぞ。後は魔霞まがすみ山と国境があるだけだ」

 兜の男にそう言われると修馬は1つ息をつき、閉められた扉をじっと見つめた。


 友梨那を追いかけるため先の道へ進むか、ハインにモケモケ草を渡すため来た道を戻るか。今ある選択肢は2つ。


 手にしている丸薬が入った小瓶に目を向ける修馬。やはり、約束を守らないというのは気分が良くない。友梨那たちと合流できなくなる恐れはあったが、それは今すぐ追い掛けてもさほど状況は変わらないだろう。


 修馬は決意を込めた目で、見張り台を見上げた。

「俺はエフィンに戻るよ」

「そうか、ならこの門から行くといいが、それはさておき、お前は『龍の渦』が閉鎖されている理由を知っているか?」

 龍の渦の閉鎖の理由? それがどうしたというのだろうか?


 聞けばその龍の渦と呼ばれる風穴ふうけつから、どういうわけか最近魔物が出てくるようになったのだという。聖地と呼ばれ観光名所でもあったのだが、町の住人たちは不本意ながらそこを封鎖することにしたのだそうだ。


「それで大抵の魔物は町の皆で退治したんだが、1匹だけでかい戦鬼いくさおにが東の方角に逃げていってしまったんだ。まあ、エフィンに戻るなら戦鬼には気をつけてくれや」

 何故か笑い話のように朗らかに話す兜の男。成程、あの戦鬼はここから出てきた魔物だったのか。というか、こっちはそのせいで死にかけたというのに、能天気な男だ。


 がっくりと肩を落とし、大きな門扉もんぴに手をかける修馬。

「戦鬼かぁ……。やっぱりどうしようかなぁ……」

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