表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第38章―――
236/239

第235話 命運尽きる

 日没から一時間が過ぎ、深い夜の闇に覆われる長野市内。

 白く発光する禍蛇まがへびの姿は、一段と鮮やかに夜の空に浮かび上がっていた。


「次に向かってるのは二の星……だな」

 伊集院の背中の上の乗り、独り言ちる修馬。


 一の星から出発し、四、五、三、六の星を辿ってきていた。次に向かう二の星の術者は、恐らく友理那だろう。彼女の使用する光術は強力だが、光の外皮に覆われた禍蛇にその術はあまり有効でないと思われる。友理那のところにはなるべく近づけさせたくないところだが、禍蛇はそちらに向かって真っすぐに進んでいた。


「二の星があるのは確か、城西中学校だったか……。暗くて良くわからないが、もしかすると禍蛇はもうその辺りに辿り着いてるかもしれないな」


 深刻そうな口調で伊集院が呟いた丁度その時、北西に向かって飛んでいた禍蛇がその場でぐるりと輪を描きそして動きを止めた。地上の様子でも伺うように首をもたげ、怪しげに口を大きく開けている。


 攻撃を始めるつもりだろうか?

 警戒したのも束の間、突然無数の破壊音が辺りに鳴り響いた。闇に紛れてよく見えないが口の動きから察するに、細い黒芒こくぼうを連続で吐き出しているようだ。


「くそっ!! アグネアの槍『ねじれ黒線』!」

 距離にして100メートルほど離れた位置から、修馬は2本の黒線を放つ。

 その2本の黒線は螺旋を描くように捻じれながら飛んでいき、そして禍蛇の横っ面に見事着弾した。頭部の外皮が六割ほど崩れ、漆黒の顔が露わになる。今までの攻撃に比べれば多少力が増しているようだが、それでも黒芒ほどの威力はまるでない。


 だが次は、倍の4本で放つ。

 そう思い手の中に力を込めると、伊集院が体を震わせ「まずい!!!」と声を上げた。 


 何が起こったのかはすぐにわかった。禍蛇がこちらに向かって黒芒を吐き出したのだ。禍々しく巨大な闇が正面から襲い掛かってくる。


 急速に右に反れる伊集院。しかしその背に乗った修馬の左腕に、闇の帯が僅かにかすった。

「うぐっ!!」


「大丈夫か!?」

 伊集院にそう聞かれるも、焼けつくような痛みと尋常でない怖気おぞけが体中に走り、まるで言葉が出てこない。


 そしてそんな状態だとしても、当然禍蛇は攻撃の手を休めてはくれない。再び地上に顔を向けると、全てを呑み込むかのように大きく口を開いた。


「させるかよっ!!」

 弧を描き滑空する伊集院は、そのまま加速し禍蛇の頭部目掛けて突っ込んでいく。


 まさか体当たりでもする気か?

 ようやく声が出せるようになった修馬が「どうする気だ!?」と枯れた声で尋ねると、伊集院は覚悟を決めたようにこう叫んだ。

「一か八か、俺が止める!!」


 風を切って飛ぶ伊集院が、禍蛇に急接近していく。間近で見るその姿は本当に光そのもので、実体があるようには思えなかった。正に神の如き存在。


 近づくにつれ、熱気と寒気を同時に浴びるかるような極限の感覚が全身に襲い掛かる。

 体への負荷に耐えつつも至近距離を捉えた伊集院は、禍蛇の鼻先に向かって腕を長く伸ばした。


「喰らえ、魔封じの巨岩アンチスペルロック!!」


 大きく開いた禍蛇の口の中に、直径5メートルはあろうかという巨大な白い岩が出現する。

 今まさに吐き出されようとしていた黒芒は、その魔法の岩にぶつかり口の中で暴発するように弾けた。


 ゴブッッ!!

 不快な音を鳴らし、激しく首を左右に振る禍蛇。口の中で砕かれた魔法の岩は、粉々に粉砕され雨のように地上に零れ落ちていく。


「す、凄いじゃないか!?」

 暫し呆気に取られる修馬。

 もう一発くらい今の術をお見舞いしたいところだが、肝心の伊集院はがたがたと肩を震わせて激しく呼吸を繰り返していた。

 魔王ギーとの戦いで恐怖心をある程度克服した修馬でも身震いするほどなのだから、そもそも蛇が苦手である伊集院の感じる恐怖心は尋常ならざるものがあるのだろう。


 回復を待つように夜空を旋回する禍蛇。

 こちらも体力や魔力の消耗が激いので一度、地上に下りた方が良いかもしれない。それに友理那の様子も心配だ。


 修馬は空中から二の星を担う『長野市立城西中学校』の校庭を見下ろした。

 そこには手助けをしてくれていたであろう数名の男子クラスメイトの姿があり、そしてその中心には結界維持の術者もいる。当然術者は友理那なのだと思っていたのだが、地上に下りていくとそれは全く別の人物だということに気づいた。


「サッシャっ!! 何でここに!?」

 そこにいたのは天魔族で四枷よつかせのサッシャ・ウィケッド・フォルスターだった。


「やあ、シューマ。ギー様の命により、龍神オミノス討伐のお手伝いに来ましたよ」

 両手を天に掲げ結界を維持しつつ、落ち着きのある口調でそう語るサッシャ。結界の維持を天魔族がしているとは思わなかったので、修馬は大いに困惑した。


「あ、ありがとう。二の星には友理那がいるのかと思ってたけど、まさかサッシャが手伝ってくれてるとは……」


「勿論、ユリナさんがここを守ってくれていたのですよ。しかし先程の攻撃で大量の魔力を消費されておられるようだったので、僭越せんえつながら私が代わらせていただきました」

 サッシャはそう言って、小さく視線を動かす。その先にはうな垂れ座り込んでいる友理那と、心配するクラスメイトの女子たちがいた。


「大丈夫か? 友理那!」

 友理那の元に駆け寄る修馬。

 周りの女子にもたれかかっている彼女は声を出すことすらも困難なようで、脂汗をかきながらも小さく首を動かし大丈夫だと示してみせた。


「伊集院くん、広瀬くん……。この子の負担が大きすぎる。次にさっきみたいな攻撃が来たら、このままじゃ……」

 友理那を支えている女子生徒の1人がそう訴える。


 さっきの攻撃とは連続して吐き出された細い黒芒のことだろう。結界を維持しつつ黒芒から皆を守ったため、相当な魔力を消耗しているようだ。二の星はこのままサッシャに任せて、友理那はどこか安全な場所に避難してもらうべきだろうか?


「皆さん、次なる攻撃が来るようですよ。私の後ろに隠れてください!」

 突然大きな声でサッシャが言う。夜空を見上げると、禍蛇が口をあけ、黒芒を吐き出そうとしていた。


 身を伏せる修馬たち。

 そして天空から放たれる一筋の黒い厄災。サッシャは右手を禍蛇に向けると、頭上に水面のような障壁を大きく展開させた。


「流水の剣『大水鏡おおみかがみ』」


 黒芒が大水鏡にぶつかった瞬間、辺りに鈍い金属音のような音が鳴り響く。

 その攻撃に耐えつつサッシャは、続けざまに流水の剣で『黒線』に似た技を禍蛇の額にぶち込んだ。


 キーンッと、耳障りな音が空に広がる。

 禍蛇は一度空を上昇すると、そこから旋回し東北東の方角へ飛んでいってしまった。


「……逃げましたか。追いましょう、シューマ、タスク!」

 禍蛇を睨み、飛び上がろうとするサッシャ。


「ちょっと待って、サッシャも来てくれるの?」

「当たり前じゃないですか。私はそのために、黄昏の世界にをしてきたのですよ」


 禍蛇討伐の手助けをしてくれると言うサッシャ。しかし彼がいなくなれば、二の星を守護する者もいなくなってしまう。


「こちらの守護はお任せても大丈夫ですか? ユリナ・ヴィヴィアンティーヌ」

 その場で小さく振り返るサッシャ。


 だが友理那の周りの女子生徒たちは、不安げに顔をしかめ首をふるふると横に振った。

「も、もう、これ以上は無理。この人が死んじゃうよ」


 それは当然の反応なのだと思う。恐らく友理那はもう立つことすらままならない状態なのだろう。


 空を泳ぐ禍蛇がキーンッと耳鳴りのような音を立てる。すると友理那は、朦朧とする意識でそこからゆっくりと立ち上がった。

「……二の星は私が守る。修馬たちは禍蛇を追いかけて」


 自立することも困難な友理那を、周りの女子生徒たちが皆で支える。そして両手を天に掲げると、サッシャから二の星守護の術を代わった。


「本当に大丈夫なのか……?」

 修馬の質問に、友理那は青白い顔で頷く。


「修馬たちは、向こうの世界で死ななかったでしょ。それと同じで、私もこっちの世界で死ぬことはないから……。だから私には構わず、禍蛇を討って!」


 どうにか絞り出された友理那の言葉。

 そうだ。彼女は以前、学校の屋上から飛び降りても死ぬことはなかった。修馬たちが異世界では決して死なないように。


 それを聞いた修馬は黙って頷き、そして伊集院の背に乗り空に飛びあがった。


 星を守る術者の皆、もう少しだけ俺に時間をくれ……。

 修馬は心の中で、そう呟く。


 次の攻撃で必ず禍蛇を仕留める。

 残った力を振り絞るように、伊集院は禍蛇の後を追っていく。そしてその横を並走するように、魔族化した姿のサッシャも共に滑空していた。


「この辺りで勝負を着けましょう。シューマ、禍蛇にアグネアの槍を放ってください。闇属性の魔法であるなら、私も微力ながら力をお貸しできます」


 隣を飛びながら、サッシャは修馬の手を握ってくる。修馬だけではどうしても力不足が否めなかったが、サッシャと共に放てばあるいは禍蛇を討つことができるのだろうか?


 禍蛇が次に向かっているのは一の星である『善光寺』上空。絶対にそこを、あいつの墓場にしてやるのだ。


 夜の涼し気な風が、体をまとい通り過ぎていく。

 禍蛇と修馬たちとの距離は、およそ50メートルにまで近づいていた。そろそろ頃合いかと感じた修馬がちらりと横に視線を動かすと、サッシャもそれと息を合わせるようにこくりと頷いた。それでは行こう。これが最後の攻撃だ。


 蛇行して空を飛ぶ禍蛇が、丁度善光寺の上空に差し掛かった。

 サッシャの手を強く握った修馬は、目を見開き大きく声を上げた。


「出でよ、アグネアの槍『黒線』!!!」


 修馬とサッシャの手から巨大な黒いエネルギー体が発射される。それは黒芒にも劣らぬほどの強靭な太い帯。

 その黒い帯が禍蛇の体を全て飲み込むと、光の外皮はドミノが崩れるように美しく弾け飛んだ。光る鱗がキラキラと夜空を舞い散る。


「今です!! アメノハバキリで止めを刺してください!!」

 常に冷静なサッシャが、いつになく声を荒げる。

 闇の体がむき出しになってしまった禍蛇は、のたうち回るように体を旋回させ、修馬たちの前を横切った。


 ここで決める……。

 修馬は両手を掲げ、天之羽々斬あめのはばきりを召喚した。その剣身からは、眩い光が天高く伸びていく。


「いざ、参るっ!!」

 目の前を横切るどす黒い胴体に向けて、修馬は光る刃を真っすぐに振り下ろした。


 ガゴーンッッッ!!!

 寺の鐘が地面に落ちたかのような激しい音が空に鳴り響く。

 修馬が振り下ろした光の刃は禍蛇の闇の体を断ち斬ることなく、弾かれるように跳ね返されてしまった。

 

「何でだ!? 何で、刃が通らないっ!?」


 嘆く修馬と、その場から脱兎の如く逃げていく禍蛇。


 王手に手をかけたはずなのだが、まだ決定打が足りない。伊織さんが鍛造してくれた天之羽々斬あめのはばきりは完璧な剣なのに、どうして禍蛇を斬ることができないのか?


 闇の体がむき出しになった禍蛇は、尾先から光の外皮を修復させそのまま南下していく。修馬を乗せる伊集院は、喰らいつくようにそれを追いかけた。


「諦めるな、修馬!! 叩き斬るまで何度でも立ち向かうぞ!!」

 発破をかけてくる伊集院。

 しかし並走して飛ぶサッシャの表情は重く沈んでしまっていた。彼にとってもこれは想定外の出来事だったのかもしれない。


「一体どうすれば、天之羽々斬あめのはばきりの刃が通るっていうんだ……?」

 剣を下す修馬。剣先から伸びていた光は消えてしまい、辺りに夜の闇が戻った。


 はずだった。

 深い闇の中から、再び光が近づいてくる。それは鞭のようにしなり襲い掛かってくる禍蛇の尾だ。


「あっっっ!!!」

 真っ先にそれに気づいたサッシャが修馬と伊集院に覆いかぶさるも、高速で振り下ろされた尾に弾かれた3人はそのまま何の抵抗もできずに空から叩き落されてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ