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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第38章―――
232/239

第231話 ブルーモーメント

「もうすぐ日が沈むな」

 赤く染まる空を見上げ伊集院は言った。


「ああ。こっちの準備は万端。いつでも戦える」

 立ち上がり、そううそぶく修馬。実際は足が震えてしまっおり、真っすぐに立っていられているのかどうかも自分ではわからないくらいだ。


 2人がいるのは長野電鉄長野線、市役所前駅からほど近くにある通信会社ビルの屋上。

 16階建ての建物の上から見る夕焼けの景色は紛れもなく美しいものだったが、今は町全体が炎上しているかのようにも見えてしまう。

 この世の終わりを暗示するかのような、黄昏の赤い空。


 一体、どの辺りで禍蛇まがへび待ち構えれば良いだろう?

 結界内のどこかには必ずいるはずなのだが、その結界の範囲はおよそ直径2キロメートル。奴は今もその中のどこかを泳いでいるのだ。


 屋上の端に立った修馬は、強く風を受けながら空を睨みつける。

 昼間は光の加減で薄っすらとその姿が見えていた禍蛇だが、今は、どこにいるのか全くわからない。


「少し移動するか」

 伊集院の言葉に、修馬は静かに頷く。「どの辺りに行く?」


「さてな。禍蛇の出現元は善光寺の上空だったらしいから、とりあえずそこなんてどうだ?」

「わかった。任せる」


 結界は6つの星を結んで造られているのだが、話によると善光寺は確か一番目の星だったはず。明確な行き先が決まっていないのなら、最初の星に向かうのはごく自然な流れだろう。


 伊集院は修馬の両脇を抱え、夕刻の空に飛び上がった。

 人のいなくなった長野大通りに沿って北上し、真っすぐに続く参道から大きな山門を越える。山の稜線に太陽が沈みかけた丁度その頃、修馬と伊集院は善光寺の本堂へと辿り着いた。


 幾つもの篝火かがりびが焚かれ、国宝にも指定されている本堂が赤く染め上がっている。それは美しく、とても荘厳な景色。


 そこには当然、観光客などいないわけだが、本堂の前には大勢の僧侶が横三列に並び、神妙な様子でお経を唱えている。その中央で手を合わせている老僧は、以前も世話になったこの寺の住職だ。


 老僧はこちらの存在に気づいたようだが、そのままお経を読み続けている。

 だがその近くに歩み寄ると、修馬の頭の中にこんな声が聞こえてきた。


「禍蛇を討つ者らよ。この国を救ってくれ。私たちも出来る限りの力を貸します」と。


 その言葉に対し、修馬は無言のまま頷き、そして西の空を見上げた。

 太陽が丁度戸隠連峰の稜線に沈む瞬間だった。黄昏の空の赤みが失せ、空が深く濃い青に染め上がっていく。逢魔おうまが時に僅かに現れる、奇跡のような青い世界。


 もうすぐ禍蛇が出現する。

 修馬が本能的にそう感じたその時、南の空からバタバタバタと存在感のある音が近づいてきた。


 顔をしかめ、そちらに振り返る。

 その音の主は3機のヘリコプターだった。南から飛来するヘリコプターの群れは下から見る限り、かなりの低空で飛行している。


「あれは『アパッチ・ロングボウ』か!?」

 テンションが上がったのか、伊集院はワントーン上がった声で言う。


「アパッチ?」

「ああ。陸上自衛隊の戦闘ヘリだよ。こんな近くで飛んでる姿が見れるとは……」


 ヘリコプターに目を奪われている伊集院。戦闘ヘリだと言うが、どの程度の火力があるのだろう?

 禍蛇を倒すための武器は『天之羽々斬あめのはばきり』と『アグネアの槍』、ただそれだけしかない。

 しかしそれは神話や伝承の話。現代の兵器を使えば、あるいは禍蛇にダメージを与えることができるのだろうか?


 その時、戦闘ヘリの爆音がかき消されるほどの大きな耳鳴りが響いた。これは前々日、委員長の家の前で体感したものと同じ、痛みを伴う耳鳴り。

「……来るか!!」


 頭の中で反響する音に耐えつつ空を見上げると、夕闇と共に発光する大蛇のような生命体が煌びやかに出現した。

 耳元を押さえていた修馬は、そこから手を放し大きく息を吐く。

「出たな、禍蛇」


 うねるように空を旋回する光の如き蟒蛇うわばみ

 いよいよ決戦の時がきた。僧侶たちのお経を唱える声が、一層大きくなる。


 覚悟を決めた修馬が前に踏み出そうとしたその時、先制攻撃とばかりに、自衛隊の戦闘ヘリ3機が禍蛇に向かって一斉に機関砲を掃射した。


 空に響く無数の連射音。

 その弾丸が、禍蛇に当たっているのかどうかはわからない。ただ禍蛇は少しだけ体を膨らませると、戦闘ヘリに向かって口から帯状の闇を勢いよく吐き出した。


 この世の終わりを思わせるような恐ろしい音が空に轟く。

 その闇の攻撃は、先日修馬たちが喰らったものと同様のもの。そしてその直撃を受けた2機の戦闘ヘリは、回転翼を破壊され簡単に墜落してしまった。想像以上の攻撃力に、修馬の首元からつま先にかけて戦慄と悪寒が走る。


 墜落して黒煙を上げる機体をよそに、残った1機の戦闘ヘリは急旋回で進路を変え西の方角に避難していった。それは正しい選択だろう。


「あれは『黒芒こくぼう』と呼ばれる一筋の厄災」

 背後にいた老僧が、修馬たちにそう語りかける。


「一筋の厄災ですか?」

「如何にも。あの一撃が地震や台風などに匹敵するほどの災いなのです」


「何か防ぐ方法……、禍蛇を倒す方法はないんですか?」

 修馬は以前にも聞いた質問を老僧に投げかけた。しかし、答えは前回と同様に首を横に振るものだった。


「あれから私は古い書物を読み漁り、禍蛇に関することを調べましたが、詳しいことは何もわかりませんでした。ただひとつわかったのは、禍蛇を討つには天之羽々斬あめのはばきりの他に、あの黒芒に似た武器が必要なのだということ」


 黒芒に似た武器……。

 どこが似ているのかはわからないが、天之羽々斬あめのはばきりともう一つということなのだから、恐らくそれはアグネアの槍のこと指しているのだろう。やはり異世界同様、こちらの世界でも禍蛇を倒すにはそれしかないのだ。


「ありがとうございます、住職。何となくですが、自分たちの出した答えに確証を持つことができました」

「そうですか。一の星の結界は私たちに任せてください。お2人の御加護も共に祈っております」


 老僧がそう言うと、本堂の中から太鼓や銅鑼どらの音が聞こえてきた。奮い立たせるような鳴り物の音を聞き、修馬と伊集院は顔を見合わせる。


「それじゃあ、行くか」

 伊集院は身を屈め、背中を差し出してくる。

 今までは両脇を抱えられ飛んでいたわけだが、いざ戦うとなればそれよりも背中に乗った方が都合が良いだろう。


 遠慮なく彼の背に乗る修馬。

 するとその時、背後からひと際大きな声でこちらを呼ぶ声が聞こえてきた。

「広瀬っ! 伊集院!!」


 聞き覚えのある声に振り返る修馬と伊集院。そこにいたのは、学年主任の大河内博信その人だった。走ってやって来たようで、激しく息を切らしている。


「はぁ、はぁ。ここはもう危険だ。皆のいる戸隠山に避難しよう!!」

 顔を真っ赤にして懸命にそう訴える大河内。だがその言葉に同意するつもりは当然ない。


「ごめんなさい。けど、俺たち、行かなくちゃ」

「渡邉たちから話聞いてるでしょ、先生。俺たちはあの化け物と戦わなければいけないんだ」

 続けて伊集院がそう言うも、大河内は土下座でもする勢いで地面にひれ伏した。


「どうしてだ!? 今、ヘリコプターがやられたの見ただろ? 人間の力ではどうにもできないことだってあるんだ!!」


 境内に虚しく響く大河内の声。

 だがいくら教師に言われてことでも、これだけは引くことができないのだ。


「それなら大丈夫。俺たちは人知を超えた力を手に入れたから」

 伊集院は背中から光の翼を生やしてみせた。それは彼の手にした神の力。


「けど、死んだらお終いだ。本当にあれと命を賭けて戦うっていうのか?」


 そう。人はいつか必ず死ぬ。

 けどそれは禍蛇だって同じこと。森羅万象、この世のものは諸行無常なのだ。


「生き物は全ていずれ滅する定めなのに、禍蛇はそれを知らないんだ。俺たちがあの化け物に、この世のことわりってものを教えてやる!」

 

 修馬の言葉の後、本堂内から鳴る太鼓の音が一瞬途切れた。そしてひと際大きい銅鑼の音が、山彦のように辺りに反響する。


「……待ってくれ、広瀬、伊集院!!」


 呼び止める大河内の言葉を捨て置き、修馬と伊集院は空を漂う禍蛇に向かって一直線に飛んでいった。

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