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この異世界はラノベよりも奇なり  作者: 折笠かおる
―――第38章―――
230/239

第229話 忌むべき兵器

 さようなら……。

 そんな言葉と共に修馬は目を覚ました。


 少しだけ涙が滲む目に、何者かの顔が映る。横になっている修馬を覗き込む顔。それは高校のクラスメイトで、クラス委員長を務める米山の顔だった。


「あ……、ひ、広瀬くん。良かった、目を覚ましてくれて……。か、体とか痛くない?」


「あ、うん。えーと、ありがとう。けど、何だろう……?」

 まだ異世界での別れの余韻を引きずってしまっていて、現実世界での記憶があやふやだ。

 ベッドの上で寝ているのだが、ここがどこなのかわからないし、何で委員長が横にいて心配してくれているのかもよくわからない。


 寝っ転がったまま記憶と辿っていく修馬。

 確か昨日は、地元の名士である委員長の祖父に、避難指示を出して貰うようお願いに伺ったはずだ。

 しかし委員長の家の前で緊急事態警報が鳴り、伊集院と共に長野の市街地へと飛んでいった。


 その後のことはぼんやりとしか思い出せないが、恐らく禍蛇まがへびと遭遇し、あっという間に返り討ちにあった気がする。


 修馬はベッドの上で上半身を起こした。

 それにしてもここはどこだろう? 見た感じ病院の中のようだが、それよりももっと無機質な雰囲気も漂っている。


「委員長、ここってどこ?」

「こ、ここは病院だよ。国道沿いの、吉田中央病院」


「吉田中央病院?」

 それは修馬たちの通う高校の近くにある、比較的大きな総合病院の名だ。


 ただ大きな病院にしてはどことなく病室が薄暗く、薬品の匂いもあまりしない。そして、らしからぬ解放感も感じる。何だろうこの感覚は?


 周囲を確認する修馬。

 左に目を向けると、カーテンレールを挟んで並んだベッドの上に伊集院の姿があった。彼はベッドの背上げ機能でソファ形状にして座り、おっさんのように新聞を読んでいる。そしてこちらと目が合うと、「よう」と言って右手を半分だけ上げた。


「よ、よう……。ところで、今はどういう状況なんだ?」

「いや、俺も1時間ほど前に起きたばっかりだから、良くはわからないな。わかるのはライフラインを断たれて、窓ガラスも砕け散った病院で寝かされてたってことくらいだ」


 窓の外に目を向けながら、伊集院は言った。

 確かに彼の言う通り、その窓にはガラスがはめられていなかった。そして天井を見ると、蛍光灯がどれもついていない。外の光が漏れているものの、それだけではやはり薄暗く感じてしまう。これが感じていた違和感の正体か。


「電気も窓ガラスも、禍蛇にやられたってことか……」

 仕切るものの無い窓から、生温い風が流れカーテンを揺らす。

 その奥に見えるのは、澄んだ青空と大きな入道雲。とりあえず禍蛇の姿は確認できない。


「う、うん。渡邉くんが言っていた通り、蛇の化け物が空に現れて……、そいつが放った衝撃波みたいなので、こ、この辺りにある建物のガラスは大体割れちゃったんだ」


 委員長は口ごもりながらそう言うと「君たちのこと、し、信じてあげられなくて、本当にごめん」と深く頭を下げた。


「いや、それはもういいよ。過去のことより、これからのことを話したい。あの後、禍蛇はどうなったの?」


 ここにきて、ようやく記憶がはっきりと蘇ってきた。

 昨晩、修馬と伊集院は禍蛇と対峙し、そして一撃でやられてしまったのだ。暗雲に浮かぶ禍蛇の神々しくも恐ろしい姿、今思い出すだけでも全身に怖気おぞけが走る。


 だが婆ちゃんの神託によると、禍蛇が姿を現すのは日が沈んでからのみ。それが正しいのなら、今の時間帯は安全なはずだ。


「禍蛇が活動するのは夜の間のみだって聞いていたけど、やっぱり今は姿を消しているの?」

 そう尋ねると、委員長はその場で跪いてベッドに寄りかかり、掛布団の中に顔を埋めた。泣いているようだ。


「ごめん。ぼ、僕もよくわからないんだ……。今朝も昨日の朝も、夜が明けると共に姿を消したって話は、き、聞いたけど、実際に消えたところを目撃したわけじゃないし……」


 シクシクと子供のように泣きだす委員長。

 このような未曽有の事態に、頭が混乱しているのかもしれない。無理もないだろう。


 委員長を慰めるように、修馬は彼の肩に手を当てる。

「もしかして、委員長も疲れてるでしょ? 今のうちに少し寝た方が良いよ」


 最初、委員長は横になることを拒否したが、伊集院が半ば強引に空いているベッドに寝かして掛布団を被せると、あっという間に寝息を立て始めた。やはり色んなことがあって、疲れていたようだ。


 そしてベッドに戻り立ち上げた背もたれに寄りかかる伊集院。修馬も真似をしてハンドルを回し、リクライニングを起こした。これで快適だ。


 委員長の寝息と蝉の声しか聞こえない病室で、修馬と伊集院は仏頂面で座る。そんな時間が10分くらい続いた。緊急事態とは思えない無駄な時間。


「あれ? 俺らって今、何してるの?」

「何もしてない。ただ飯が来るのを待っているだけだ」

 修馬の問いに、伊集院が答える。


「飯? 待ってると、飯が来るのか?」

「ああ。渡邉が朝飯の調達に行ってくれてるんだ。勿論、修馬の分もあるぞ」

「そうか。それはありがたい」


 腹が減っては戦はできぬ。

 寝れる時に寝て、食べる時に食べなければ、戦いに勝つことはできないだろう。それはとても大事なことだ。


「俺ら35時間くらい眠ったままだったらしいから、そりゃ腹も減るよなぁ」

 みぞおちの下を押さえて空腹アピールする伊集院。


 一瞬スルーしそうになったが、彼の言う言葉は流石に聞き逃せなかった。

 35時間。それ丸一日と半分に相当する時間だ。


「えっ!? 禍蛇はもう降臨してしまってるっていうのに、俺らは35時間も寝てたの?」

「らしいぞ。ほれ、昨日の朝刊」


 伊集院は先程読んでいた新聞を、投げて寄越した。

 広げて見てみると、一面の大きい見出しに『長野上空に巨大発光生物』、小さい見出しには『長野駅周辺は壊滅的 緊急事態宣言発令も』と書かれていた。


「昨日と一昨日と、2日間も禍蛇が野放しだったのか……。大丈夫だったの?」

「まあ、結局委員長のじいちゃんが役所や警察に働きかけてくれたから、避難は無事に済んだって話だよ」


 その言葉に、ほっと肩をなで下す修馬。

 そして伊集院によると、被害が市の中心部だけで済んでるのは、友理那や珠緒を始めとする守屋家の人たちなどが市街地に巨大な結界を造り守ってくれているからなのだそうだ。

 今のところ、禍蛇はそこから出ることができないようだが、破られるのは時間の問題らしい。


「夜通し術を使い続けていた伊織さんたちも、今はこの病院の他の部屋で休んでるんだって。疲労度が尋常じゃないみたいだから、これ以上の長期戦は不利だ。皆のためにも、必ず今夜、禍蛇を討ち倒すぞ」


 伊集院が言い終えたその時、病室の扉が乱暴に開けられクラスメイトの渡邉が入ってきた。


「渡邉、お帰り。随分遅かったな」

 伊集院の言葉に対し、渡邉は「いや、それどころじゃない。これ読んでみろ」と言って、持っていた新聞を渡した。


「これは、今日の朝刊か……。それどころじゃないって何だよ」

 ぶつぶつ言いながら新聞を広げる伊集院。

 渡邉は不安そうな顔をしていたが、修馬の存在に気づくと、どこかほっとしたように表情が明るくなった。


「広瀬、目を覚ましたのか。良かった。起きなかったら、どうしようかと思ったよ」

「うん。丁度今起きたところ。それで何があったの? 良くないこと?」

「ああ、それなんだけど……」


 渡邉が言いかけたその時、伊集院は読んでいた新聞を修馬のベッドに向かって投げてきた。バサッと大きな音が病室に響く。


「マジかよ、ふざけやがって、クソ野郎!!」

 乱暴な言葉で怒声を上げる伊集院。怒っているのだろうが、その声はどこか恐怖心のようなものも滲ませている。一体、新聞に何が書いてあるのか?


 くしゃくしゃになってしまった新聞を手に取り、目を通す修馬。

 その一面の見出しには『米大統領、核を示唆』と書かれていた。それを見た修馬は思わず「はぁ!?」と素っ頓狂な声を上げる。


 記事を読んでみると、アメリカの大統領が会見で、日本政府との合意が取れれば、長野市上空に現れた発光生命体に対し核兵器使用の可能性もあると発言したという内容だった。


 震える指先。新聞の端がふやけてしまうくらいに、手のひらから汗が滲み出た。

「か、核爆弾を落とす気なのか? この町に……」


「落とされてたまるかよ、そんなもん!! 俺と修馬が何のために異世界まで行って、禍蛇を討つための武器を手に入れたと思ってんだ!!」


 更に憤怒した様子で、ベッドから下りる伊集院。

 渡邉が「流石に日本政府がそれに同意はしないだろう。国連や他の国も、核の使用に関しては今のところ反対してるみたいだし」と諫めたが、彼の怒りは収まらない。


「絶対に今夜、禍蛇の首を取ってやる!! そうと決まったらまずは飯だ! 渡邉、飯はどこだ!?」


 数秒顔を見合わせる伊集院と渡邉。

 しばし怪訝な顔をしていた渡邉だったが、徐々にその表情が崩れ、口を大きく開いた。


「……悪い。飯買ってくるの忘れた」

「嘘だろっ!? 何で飯を調達しに行ったのに、飯を忘れるんだよ!!」


「新聞が衝撃的過ぎたからさぁ……。今からもう一回行くから、もうちょっと待っててくれ」

「待ってられんから、俺も一緒に行く! 修馬も行くか?」

 靴を履いて行く気満々の伊集院。だがもう少し体を休めたい修馬は、それを丁重に断った。


「そうか。じゃあ、俺ががっつり飯を調達してきてやる。楽しみにしてろっ!!」


 伊集院は35時間の寝起きとは思えないテンションで、渡邉と共に病室を出ていった。

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